2011年9月アーカイブ
小倉あん130円也。
薄皮でない鯛焼きは初挑戦かもしれない。
生地がふかふかしてとてもよい香り。

これでもうちょっと甘かったら言うことなしだった。
あんは小豆の粒がしっかり残っている感じだが甘め。
かなり久々に副業を受注してしまった。
してしまった、というのは、他の予定が詰まっていたためである。
よもや5時に起きて仕事が待っていようとは。
移動中に作業という究極に近いノマド経験になった。
このところ何故か化学がらみの仕事が多い。
高校の頃の得意科目は化学だったのだが、翻訳となると他分野より大変だ。
当然ながら化学物質名も全て漢字なので神経を使う。
何でも屋とは言え、仕事の本質は日本語屋。
「国語」は苦手なのだが言語としての日本語については意識して興味を持つようにしている。
書きたい、書けない、「書く」の壁なる本を読んだ。
錚々たる顔ぶれが日本語についてあれこれ述べていて面白いのだが、看板に偽りあり。
日本語を書くことについて説明された文はほとんどなかった。
これからはじめるプログラミング基礎の基礎読了。
まがりなりにも大学でCとFORTRANを学んだことがあるせいか、何も目新しくは感じなかった。
むしろコードの実例などがないので、本当にプログラミングの本なのか首を傾げたほどだ。
一泊以上の外出になると、その目的に関わらず通信環境が気に掛かる。
近年はビジネスホテルの客室でインターネット接続ができることも珍しくなくなってきた。
接続方法が有線か無線かはほぼ気にならない。
はやぶさカプセル巡回展を見てきた。
博物館や水族館には長居する性分ながら、滞在時間たったの19分。
見ることしかできなかった。
ついったーのちょっとした書き込みを目にして朝からひどく傷ついた。
決して私への中傷ではなく、主義主張でもない。
文字通り一個人の「つぶやき」だったのだが、故に哀しかった。
物心ついた頃から自他共に認める「ぶきっちょ」だ。
手先から人付き合いにいたるまで、思ったように振る舞えることはほとんどない。
しかし不思議と「仕事」だけはむしろ要領がいいと褒められる。
(あるいは厭味に鈍感なだけかもしれないが)
中国語文書なら何でも扱う都合上、浅くとも広く諸事を把握しておく必要性は自覚している。
深く広くが理想的かもしれないが、まずは最初の一歩を踏み出すための足場が大事。
実用書の類は食わず嫌いせず目を通すことにしているが、ある盲点に気づいた。
本よりも実務の近くで生きている文書がある。
妹の結婚式に出た。
全てが美しすぎて、泣けた。
十年前にしなかった、できなかったこと。
がんばったね。おめでとう。
大切な人と会った。
最初は近況や他愛もない話をしていたが、公にできないような話も聞いてくれた。
止めることもなく、流すこともなく、真剣に聞いてくれた。
「ぜ~んぶ吸い取って、向こうに捨ててあげます」
涙は出なかったが、その一言でどれほど救われたことか。
ありがたいやら申し訳ないやらと思いながら別れたが、明るく「また声を掛けてね」と。
こういうひとたちの存在と縁に感謝している。
直前まで逡巡した末、IJET23プレイベントに出てきた。
イベントに出たと言っても黙々とツイートしていただけではあるが。
中小企業庁から「代表取締役殿」宛ての封書が届いた。
すぐ上の行には間違いなく私の名前が記されているので私宛てなのだろう。
開いてみると、「親事業者との取引に関する調査について」と題したアンケートだった。
「下請代金支払遅延等防止法」とやらの状況確認が目的だそうだ。
ちなみに、ここで言う「親事業者」は同法の用語であり、資本関係の有無は不問。
いつの頃からか、小説やドラマといった作り話が苦手だ。
テレビの「ドラえもん」さえ最後まで見ていられない。
偉そうに言えることではないが、文学どころではないのだ。
だというのに、物言いが文学的だと知人に指摘され、当惑している。
この日記も含め、雅語が多いとその人には言われたのだが。
サービス残業ならぬ無償サービスの話題で少し盛り上がっていた。
客先との関係によりけりで、翻訳業務とは少し離れた仕事をおまけでするという話である。
表組みやレイアウトなどの作業は依頼/指示してくる会社とそうでない会社があるのだが、
そもそもどこまでが契約内容に含まれる「翻訳作業」なのかは実は曖昧なのではなかろうか。
中国語と日本語は、漢字を共有しているうえ、互いに語彙を輸入しあっている。
故に、知らないはずの単語でも日本語読みで読めている気分になってしまう危うさがあるのだ。
商品の質を示す中国語は「質量」だと習った。
中国語にも「品質」と綴る単語はあるのだが、意味は違う。
物品ではなく人品の質なのだ。
(1) 人の資質,品性:
*政治~|政治的資質.
(2) 商品の質,品質:
*提高~|質を高める.
出典:デイリーコンサイス中日辞典 (三省堂)
ひょんなことからFacebookに登録してみた。
招待制ではなく登録制だということに気づいてまず怯む。
何の制限もなく誰でも登録できる、ただそれだけのことなのだが。
所謂「個人情報」をここであけすけに公開していいものだろうか?
銀座流売れっ娘ホステスの会話術なる本を読んでみた。
新人ホステス用の教科書といった感じ。
一般人がプロのノウハウから学ぶという目的にはあまり適さない気がする。
そして私にはホステスは務まるまいとも思った。
つきあう必要はあるが親しくもない相手との交流には生かせるのかもしれない。
ただ、本当に親しい/親しくなりたい相手にそんな接し方ができるだろうか。
「お願いがあるんですが」と電話。
前回納品分の訳文を自社スタイルに合わせて返すから参照してほしいとのこと。
「どうか気分を悪くされませんように」と丁重に念を押された。
日本語表現そのものにかなり手を入れているので、気を遣ってくれたのだろう。
誤記の訂正ではなく自分の紡ぎ出した日本語そのものが添削対象なのだ。
先にこう断ってもらえたからこそ心穏やかに受け取れた可能性は否定できない。
ここ三年ほど、「中日友好に関する作文」の和訳を定期的に受注している。
中国のある新聞に公開されている原文ばかりなのだが、訳文は公開できるものか自信がない。
飽くまで個人の作文であって新聞記事ではないので、著作権関係が見えないのだ。
まして訳すために費用を投じてくれている客先の存在もある。
機密情報ではなさそうなので幾分もやもやしたものがあるが致し方ない。
おとちゃんノートで紹介されていた、松山秀太郎 ペーパーモデル展に行ってみた。
私ごときの携帯写真で心苦しいが、この作品達を目にして言葉は要るまい。
ため息やら賛辞やらはいくらでも出せるが、どう評しても失礼な気がする。
この写真では縮尺が分からないかもしれないが、「新聞車ク 3形」とあるほうは新聞紙である。
新聞の文字の大きさに比して見ていただきたい。
他の作品も同様の精密さで創られていた。
開催日時が限られているのが惜しまれてならない。残すは9/11(日)13:00~18:00のみ。
自営業というと小規模の商店や飲食店が思い浮かぶが、フリーランスもその一態様ではある。
私の場合は再委託先パートナーや専従者がいないので人件費や原価はかからないが、
働き方によっては同業でもそうした費用がかかる人もあろう。
フリーランスとして活動するのは独立ではあれ起業ではないような気がする。
反して飲食店を開くとなると、華々しい夢のようなものがあるのではなかろうか。
興味はあるものの、経験者に話を聞く機会はないので時々その手の本を読んでみたりする。
このブログにコメントを頂けることが少ないのは単なる日記だからと思っていたが、
よもや電話で来るとは想像の斜め上どころではなかった。
曲がりなりにも公開しているし名詞にも載せているので誰が見てもおかしくはないはずだが。
「見て励みになりました!」と言われ数秒ぽかんとしてしまった。
人様の励みになるような前向きなことを書けていただろうか?
むしろドロドロとして心配を掛けるような記事ばかりだった気がしてならない。
実際にそういう日々を送っているのだから偽りはないのだが、些か気が咎める。
明るく報告できる/したくなることをもっと経験して、素直に書けるのが一番なのだろう。
漠然としていて難しいが、そういう日々を目指してみたい。
それにしても、迂闊なことはかけないなと思った次第。
標題に反するかもしれないが。
