泣ける仕事

あいにく感涙にむせぶ美談ではない。
文字数と納期だけ提示されて「できるなら原稿を送ります」との打診。
新規取引先なので受託してみたら落とし穴だらけだったという話である。

中国語にはいわゆる簡体字と繁体字があるため、文字コードの問題がある。
大陸・シンガポールではGB2312、香港・台湾・マカオではBIG5が使われている。
たいていはそのいずれか一方のコード(文字)しか使われていない。
ところがBIG5圏の会社が大陸に子会社を持つとしばしばコードが混在する。
コードが混在する文でも人間には読めるが機械には読めないのだ。
※機械には読めない≒情報として処理できない
短い原稿1ファイルなら目視だけでもまあ問題なく訳せる。
しかし複数のファイルで同じテーマを扱っている、内容としてはTrados案件なのだ。
ファイル単位、せめて文単位で同一のコードで書かれていれば変換処理もしやすい。
当該箇所をテキストファイルに切り出して変換処理し、貼り付ければ済む。
とは言えそれだけでも数分の手間はかかる。
まして単語の途中が別コードという原稿は拷問もいいところだ。
そもそも文をテキストファイルとして保存できない。
Unicode保存したのでは意味がないからだ。

加えて本来そのまま編集可能なはずの原稿ファイルに「ナンバリング指示」。
指示書の図に対応する訳文を番号順にWordべた打ちという指示である。
テキストボックス1つずつ中身の文字列をWordに貼り付けてから上記の作業だ。
しかも、「魚の骨」(特性要因図)まである。
その図だけで200個弱のテキストボックスが存在する上、番号に意味がない。
左から右、上から下という順で番号が振られているので図の意味とつながらない。
中骨ごとに身が付いているのに、魚Aの上半身+魚Bの中骨+魚Cの尾びれ......。
せっかく翻訳対象の原語をWordに貼り付けても、原稿として読めたものではない。
いちいち元の図と目を行き来させながらでないと文脈がなくなってしまう。

またコードとは無関係にPCの画面を写真に収めただけの「原稿」もあった。
原文を見ながら打ち込んでも画像加工してOCR処理してもいい勝負だったろう。
これも話の流れに関係なく番号順に訳す指示が出ている。

泣く泣くそうした作業に費やした時間が2日ほど。
翻訳そのものにかかったのも2日ほどで、「魚の骨」も含む。
受諾後に提示された「動かせない」予算とやらは日給換算で約3日分相当。
※単価×文字数÷普段の仕事で期待できる日給相当

以前にも書いたが、飽くまで求められているのはWordべた打ちの訳文のみである。
その訳文までたどりつく経緯は不問なので、すべては無駄な苦労なのかもしれない。
原稿を見ながら訳文を打ち込むだけの作業で済む人も存在するものだろうか。
自分の頭(+簡易な手間)で訳語の統一がきちんとできる人も。
それとも訳語の統一までは求められていなかったのだろうか。

前処理ぐらい翻訳会社でしてくれてもいいのに、という声も聞こえる。
いかんせん上に書いたような処理には一定の知識ないし技能が要るのも事実だ。
文字コードの知識や判別、特性要因図の読み方は誰にでも分かるわけではあるまい。
後者はちょっと考えて配慮してもらいたいものだが。

指定納期はだいぶ余裕があったので、「時間ならくれてやる」つもりだったのか。
しかしもらえる時間は無給なのだ。
予算が動かない以上、時間はかければかけるほど日給/時給が下がっていく。

どういう能力をつければこういう罠を回避できるようになるのだろう。
別の言語の翻訳能力だとしたら軽く10年はかかる。

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このページは、ふるかわともこが2017年5月19日 10:22に書いたブログ記事です。

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