異郷日記: 1998年9月アーカイブ

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授業が午後まであるのは辛かったが、気を取り直して旅支度。
今週どころか今月の授業がもう終わりなんて、何だかぴんとこない。
ともあれ換えの下着や貴重品類を鞄に移し、天気予報に見入る。
上海は連休中いい天気だそうだが、目的地は大丈夫なんだろうか。
ここの天気予報は日本のそれどころでなくあてにならないので困る。
空を見ると西の方が明るい。蘇州は確か西の方だったはず.....いけるかも。
硬座とやらで南京まで四時間ゆられると思うと早くも疲れを感じる。
要は教室の長椅子みたいな(クッションが一切ない)もんがその指定席らしい。
しかも到着が早くて八時前.....結構すごいことになりそう。

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ぽつねんと一人で夕飯を食べていたら、不意に声をかけられた。
誰かと思って振り返ると、開学典礼より前に知り合った日本人である。
男の人だしクラスも違うので話す機会もなく今日に到っていたのだが、
おかげで話題に困ることなく適当に流すことができた。すると、その知人が登場。
一人は日本人、一人はアメリカ人の女の子である。二人とも面識すらなかった。
彼等もこの連休に旅行するとかで最初は私の頭越しに仲間同士その話をしていたが、
料理を買ってきて私の向かいに座ったので成り行き上あれこれ喋ることになる。
日本人とは身の上話もろもろで盛り上がり、アメリカ人とは例に倣っていんちき英会話。
さらに同席した日本人のうそ通訳までしてしまい、それなりに打ち解ける。
名字とクラスと部屋番号だけ教えてもらった。そのうち名刺ができたら渡そう。

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むちゃくちゃなことになった。頼みにしていた中国人が勝手なことをしたらしい。
三十日の夕方が取れなかったらやめておく、と主張しておいたにも関わらず、
その便が取れなかったからということで一日の昼間しかもノンストップ便を手配したという。
何で中国人の勝手で旅程が変更になるんだぁ(怒)!しかも本来の目的地には行けない!
南京と蘇州に一泊ずつして帰ってくるということになったわけである。
まぁ誘ってくれた側が行きたいと言っていた場所なだけに最悪の結果ではないかもしれない。
でも悔しいものは悔しい。かと言って自力で旅行できる訳でもないので開き直る。
師匠と打ち合わせた結果、今回はただの観光でいいかということになった。
その代わり腹いせ半分マニアック小旅行をいつかの週末にでもやろうということで。

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夕方、師匠から電話を受けて部屋にお邪魔する。
漉し餡の月餅をごちそうになりながら、旅程の再検討。
南京へ行くのはやめて代わりに揚州を観光し、宿は鎮江で連泊ということで。
問題は、電車の切符がまだ取れていないということである。
手配を頼んだ人によると、中国では二日前からしか切符を売らないのだそうだ。
明日の朝イチで取ってくれるそうだが、果たしてその便は鎮江に止まるんだろうか?
もし上海〜南京ノンストップ便だったらホテルも取り直しになってしまう。
行けるものとして大体の予定は立てようか、と蘇州での宿探しの相談。
予約する宿をどこにするかの相談も詰めに入り、条件を並べてうだうだ考える。
駅からバス一本で降りてすぐの所か、それとも駅から歩いて数分の方がいいか。
結局、レンタサイクル屋が近くにあるという方のホテルで決まった。
ただでさえ不案内な地を夜の九時過ぎに女二人で歩くのは怖い。
乗り換えがないならバスを拾う方が賢いだろうということになった。

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今日は午前中ずっと惰眠を貪っていたので、全く何もしていなかった。
その行いが災いして、昼下がり買い物に出た帰り通り雨に遭う。
余りにも強い雨脚だったので止む無くその辺の屋台に首を突っ込むと、意外な顔があった。
以前シャングリラに行った時タクシーが一緒だったデビィ(経済専攻)である。
水曜あたりに奇妙な電話(日本語〜中国語〜ちょっと英語)をかけてきたのは彼女だった。
訳がわからなすぎて「不知道(しらん)」の一言で切ってしまって申し訳ないと謝った。
気に病まずにいてくれたらしく、夕食に誘われる。とはいえどこかに行くだけだが。
学校の通りにあるピザ屋で「上海ピザ」なるものと「サラダサンド」を半分こした。
その間じゅう何かしら喋っていた訳だが、だいたいは英語で時たま中国語。
何で日本人が英語で喋りかけてアメリカ人が中国語で答えるもんだか。

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今学期中にただ一度だけの祝日、そして四連休が来週の木曜からある。
ここの学生みんなが旅行に行くと聞いていたので、師匠に伺いを立ててみた。
鎮江に行ってみないかということになって、何を手配すべきか相談し始める。
当初は我々二人だけで甘露寺とその界隈だけ行けばいいかと言っていたのだが、
昼下がり彼女の旧知(去年の同級生らしい)に会ってしまい、南京旅行に誘われる。
交通機関の手配をしてもらえるなら楽でいいか、ということで話に乗ってみた。
でもその人に切符がとれるかどうかは分からない。失敗したらどうするんだろ。
ともあれ予定では男二人に女二人で三泊四日ということになった。
来週の水曜に出発して、南京・鎮江・蘇州にそれぞれ一泊する。
男性陣はどうでもいいが我々は滅多な宿に泊まれないぞということで、宿だけ別々に。
彼等は多分どこぞの安宿にでも行くんだろうが、目的地はどこも上海より治安が悪いらしい。
出先で暴行に遭っては話にならないので、多少いい宿を手配することにした。
それでも三泊で予算が一万円しないなんて、やっぱり大陸は違う。

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希望者は学生課にて登記のこと、と掲示板にあったので恐る恐る行ってみた。
さぞや頼むのも大変で出す書類も多かろうと思っていたら意表を突かれ、呆気に取られる。
「家庭教師が欲しいんですけど」と言っただけで登記用紙を出してもらえた。
項目は質問するまでもなくただ氏名・部屋番号と希望言語だけ。
しかも何かの印刷物だった紙の裏面という簡単さである。
ここで言う「家庭教師」は日本のそれと少し違い、「互相」なんてものもある。
お金を払って中国語を教えてもらうという場合もあれば、
無償で自国語を教え合う契約なんてもの(これが互相)もあったりしてしまう。
料金を惜しむ訳じゃあないが、互相の方がいいな〜。さっぱり意思が通じなくても困るので。
それにお互い無償の方が友達になれそうな気がする.....って贅沢かしらん。

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どうしたことかここの学校では入学してこのかた学生証をくれなかった。
それが昨日付の掲示で交付が始まったとある。.....掲示板は昨日も見たはずなのに!
とりあえず授業を終えてから学生課に行ってみる。人がたくさんいた。
恐らく掲示に気づいた連中が一挙に来ているんだろう。何度か割り込まれた。
どう言って申請したものか分からなかったので、とりあえず「新入生なんですけど.....」
それでも反応がぱっとしないので「学生証が欲しいんですが」と単刀直入に言ってみた。
私の語学力ではこれが精一杯なので致し方ないが、かなり乱暴な表現のような気がする。
居留証の有無を聞かれ、またしても途惑う。そんなもん持ってないっての。
「半年なんで確か要らないんじゃ.....?」それでも分かってくれない。
「ビザがFなんですよ」でやっと事情を察してもらえた。短期滞在者のつらいところ。
やっと学生証を探し始めてもらえたところ、右足に異様な感覚を覚える。
無性に痒いのだが、まさか人前でスカートをたくしあげて掻く訳にも行かない。
ことが済んでから確かめてみると、どうやら当地の蚊に咬まれたようだった。
しかも僅かな待ち時間の間に三個所も。やっぱり美味しいのか?私。
部屋で全く被害に遭わないせいか油断していたこともあったが、狂いそうに痒い。
免疫がないのか、一度やられると十日は腫れていたりする。前途多難。

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最近ここの学食が出す物を覚えてきたので余り危険な賭けはしないことにして、
大抵いつも肉もの一品と野菜もの一品を盛り合わせてもらって食べている。
そうすると栄養のバランスも取れるし経済的でもあるからだ(笑)。
仕組みとしては、肉ものは一皿三元、野菜ものは一皿二元、御飯が一杯二角。
おかずは盛り合わせにすると半額ずつしか取られない。
どう見ても半人前分以上あるのに、かなりお得な話である。
閑話休題。そんなわけで、今日はお昼に青菜の塩炒めと酢豚を食べようとした。
真っ赤なとろみのある液体を見て、私は酢豚のたれだと思ったのだ。
しかもいい感じで肉片が入っているので、疑いもなくそれを注文してみた。
炒め物は明らかに二元なので、何の気なく二元七角を出すと、
例によって愛想のないおばさんに「四元二角!」と怒鳴られた(忙しいので機嫌が悪い)。
妙な値上げだと思いながら仕方なく要求されただけ払い、席につく。
ふと皿を見ると、どうも酢豚の顔色ではない。ここでやっと間違いに気づいた。
つついてみると牛肉(らしいが不明)、しかも骨つきである。やられた。
何でこんなもんに六元も払わないかんのぢゃ!.....ここは安いのが取り得なのに。

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近所の百貨店で店員に「韓国人かい?」って聞かれたことはあるけど、
何でよりによって日本人に?.....その人いわく、一人だったからだそうで。
確かに日本人は群れる。異郷となると余計なのかもしれないが、とりあえず固まる。
そうされると浮きやすい体質の私なんかは孤独なもんなのよね〜。
でも、そう言えば韓国人だって群れてるぞ。理由になってないやんけ!
要は私って出自が怪しいのか?う〜む.....原因が見当たらない。
スーパーの店員に上海語で話し掛けられたこともあったことはあった。
確か上海人は外地(外国のみならず)の人を見ると標準語で話すんだったんじゃ.....。
いよいよ分からなくなってきたぞ、私。

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予習がひと段落したので気分転換がてら散歩に出てみたが、つまらない。
知りあいは転がってないし、開いてるはずの活動室が閉まってるし。
ちょっとだけ近所に気を遣い、出入り口の戸を閉めて練習開始。
(ここは何故か部屋の出入り口が網戸と普通扉の二重構造になっている。)
やっと音程と音質が両立を目指せるところまで来た。
両立の達成には今月いっぱいでは足りない気がするが、ともあれ目標は今月中に一曲!

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ずっと気づかなかったが、実は台風6号の影響らしいと後で判明。
道理で雨風が異様に強いと思った。.....ニュースが聞き取れない哀しさ。
風しかない間ちょっと窓を開けていたら、部屋の奥の扉がぱくぱく動いていた。
雨が網戸を濡らし始めたので、止む無く硝子窓を閉めて扇風機をつける。
部屋には天井から大きな扇風機が吊るしてあるので、つけると結構しのぎやすい。
休みぐらい電力を使わずに過ごしたかったのに、蒸し暑くて泣き寝入り。
ここの寮では電気料に使用制限があり、50kwを超えたら残りは自己負担なのだ。
ただでさえ前半に空調びたりの生活を送っていたので請求書が怖い(笑)。

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流石の私も余り長くはハイでいられないらしい。慣れのせいもあるかも。
気晴らしに近所の市場を覗く。ここでは南北の通りごとに一個所ずつあるらしい。
かなりの活気と悪臭のるつぼ(笑)だ。きっとここに入れない日本人は多いだろう。
隅っこでは三畳大の鳥篭に烏骨鶏と鳩を飼っていた。捌いて売るらしい。
この辺と魚売場が主な臭いの発生源であろう。でも混沌として分からない。
よく魚売場で蛇を見掛ける。見慣れたが、どうして水に浸して置いてあるんだろう。
野菜売場ではおっちゃんが冬瓜を輪切りにしながら叩き売りしていた。
もう旬は過ぎているらしく、身と種の間がスカスカしている。
見回すに、旬なのは茄子と真菰(太い草。筍のような食感)らしい。
茄子は日本の物より長く、色もピンクがかった薄い紫である。柔らかそう。
隣に積んである大根が茄子より細くか弱いので笑いを誘うが、元々なんだろうか。
そもそも中国語では"大根"と言わないのでどうでもいいのかもしれない。
果物も、訳の分からないものが平気でたくさん並べられている。
柿や梨ぐらいなら亜種なんだと思えば理解できるが、何の類いともおぼつかない物もある。
路上でも売っている人が多い"海棠果"とは何ぞや?
大きさは李ぐらい、色と形は林檎の未熟果を思わせるが.....薄緑ところにより赤。
あいにく多量にまとめ売りしているので、冷蔵庫もない私には買えない。

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宿舎には何故か配達票が入っていただけだったので、取りに行くはめになった。
しかもいつからか知らないが三日以内に受け取らないと保管費が一日で百五十元!
さっさと行かねばとは思うものの局は歩いて二十分強.....。
しかも九月の後半とは思えぬ炎天下、風ひとつない中をである。
受け取り窓口で配達票を見せたら、身分証とサインを要求された。
日本の学生証を出したら何故かその学校名と学籍番号まで書かされた。
でも、そんなもんで受け取れて来られたのは実は幸せな方らしい。
師匠いわく、本当は当地の学生証が必要なはずだとか。
でもまだ発行されてないもんは使いようがない。無理に押し切った感もある。
帰ると日本の文通相手から封書が来ていた。
手紙なら宿舎まで届くのに、何で小包は届かないんだろう。

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とりあえずひととおりの授業を体験したことになる。まぁ何とかできそう。
それにしても入学したての私にすら先生の良し悪しが分かってしまうとは.....。
口語と精読の先生は似たような速さで喋っているのに、分かりやすさが違いすぎる。
目立って口語の授業内容が簡単だという訳でもない以上、きっと先生のせいだ。
訛りの作用も考慮すると、どこ出身の先生かという問題も侮れない。
写作の授業で原稿用紙を買ってくるようにとの指令。
いわく、購買部では売っていないのでどこかで適当に調達すること。相場は二元。
ところが、近くのやや怪しい日用品屋に行ったら何と一冊六角だった。
ちゃっちゃと四冊をそこで買い、二冊を師匠に進呈する。だって安いから。
教訓:店は覗いてなんぼ。

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今日は午前中で授業が終わったので、午後から師匠と買い物に出た。
.....と書くと簡単そうだが、今日の授業はしんどいことこの上なかった。
何がというと、校舎の移動である。朝二時間を本学で、残りを学院でという日程。
本学〜学院の間は1km以上ある(推定)。しかも階段の上り下りつき。
本学二号棟の三階から学院一号棟の四階まで移動するのに与えられた時間は十五分!
ずっと要らないと思っていた自転車がほしくなってしまうひとこまだった。
汗が引くころに授業も終わったので、いざ師匠の部屋へ。
私の持っている扇子と同じ物を買いに行くという。どっちにするのやら。
売り場の案内がてら同行し、一緒に品定めを云々してみた。ちょっといい気分。
そこで友諠商店の楽器売場に行ってしまったので、胡弓を買ってしまったのだ。
馬の毛でできた弓を引き、鉄の弦をこするだけ。原理はいたって簡単である。
でもなかなか音らしい音が出ない。多分いい音が出せるまで一週間はかかるだろう。
しかも材料の蛇皮(ニシキヘビらしい)ワシントン条約に引っかかる為、
そのうちこいつを抱えて遠路はるばる個人使用証明を取りに行かねばならない。
奏法を習うのにも手続きをするのにも、何につけ要るのが会話力(泣)。
せいぜい勉強さしてもらいまひょ。

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先に渡されていた本とは別の教材を使った授業だったので、予習は徒労に終わる。
教科書の本文は至って分かりやすく何の問題もないのだが、指名されると答えられない。
何故なら、頭の中が大阪弁で動いているから.....やばいでこれ。
でも何とか先生の言っていることは聞き取れるので、この学習班に残るべきか迷う。
本は簡単だし、話は聞けば何とかわかるが自分の思っていることを表現できない。
少ない語彙でどうしましょうかと先生に尋ねたら、「慣れりゃ何とかなるさ」とのこと。
教科書は分かるかと聞かれて頷いたら、「じゃ上の級に移る?」って.....逆ぢゃあ(泣)!
在学期間の長い学生ばかりの班らしく、なじみにくさを感じながら帰宅。
ところが、お昼にでもしようかと外に出たら同じ班の人に行き当たった。
なじみにくくてどうしましょう、と問い掛けたところで意気投合。
よくしたことに、彼女は何と三国志関係のライターさんだった!
「こういう話ができる相手いなくって」と喋り出したらかれこれ三時間。
彼女の三国志部屋も見せてもらい、更に友諠商店(外国人御用達百貨店)で買い物する約束までする。
こういう人に出会えてしまうと、必要以上に安心を感じてしまう私である。
名前はちゃんと聞いたが、敢えて"師匠"と呼ばせてもらうことにした(笑)。

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四人で同じ卓についたが、国籍がみんなバラバラ。英語で会話する。
ドイツ、ノルウェー、オーストラリア。それでも通じるものは通じてしまう。
時には中国語、時には英語。いたずら半分に日本語も教えてしまったりした。
点心類をとって軽食といったところだが、お茶で満腹になってしまった。
どうして客一人にポット一杯(約600ml)も出すんだよぅ(泣)!
しかも自分では注いでいないのに、気がつくとカップが満杯になっている。
至れり尽くせりってこういうことなんだろうか。まぁプーアル茶だからいいけど。
点心は文字どおり飲茶のつまみ程度で、お昼として食べている人々にやや譲った。
ホテルの茶園だからか、どれを食べても味つけが薄くて上品に感じる。
が、牛ミノの煮込みだけはコテコテに辛かった。味噌と唐辛子の連続攻撃。
甜点心(デザート類)が甘過ぎないのは有り難くて一同かなりウケていた。
「甘いものは入るところが違う」のは世界中の女の子で共通らしい。ひと安心。
それにしても減肥茶でお腹が一杯なんて、何だか情けない。
私は痩せたいのか?太りたいのか?

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うちの先生は、私が思う以上に私のことを心配してくれているらしい。
何かあったら頼るようにと、大学に残っている同窓生に連絡しておいてくれたのだ。
そのうちの二人には、紹介状まで書いてくれている(内容は知らないが)、
両人とも本学の先生なので私のいる国際文化交流学院に直接の関係はないが、
夜に連れ立ってわざわざ訪ねて来て下さった。勿体無い話である。
当地に不案内な私を歩かせるよりは、とのお気遣いらしい。
一人は日本語が分かるので、私の中国語が不十分でも何とか会話になった。
「こっちには慣れたか」「友達はできたか」と、親がするような心配ぶりだった。
うちの先生もそういうお方なので、類が友を呼んだということなのだろうか。
中国式お友達の作り方と少しの上海語を習う。
お友達の作り方①とりあえず本学の学食に行ってみる。
②何げに中国人学生のそばで食事を始める。
③隣が友好的な子ならばきっと話し掛けてくる(笑)。
④「日本人の留学生です。お友達が欲しいんです」と言う。
何とこれだけ。中国式というよりは復旦大学式と言うべきなのかもしれない。
何故なら前述のように普通の中国人は無愛想だから.....。
復旦大学の学生さん達は好奇心のかたまりで、しかも割と留学生が好きらしい。
これは是非、そのうち試してみねば!

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偉い人(学長と主任)の話には英語翻訳がついた。偉くない人はそのまんま。
でも偉くない人の方が中国語は明快で発音も聞き取りやすかった。
そしていよいよクラス分け。E−1班に決まった。中級の上、らしい。
中級教材の、しかも何故か下巻をもらった。細かいレベル別なんだろうか。
先生のうち一人が私の講座の先生と知り合いらしい。少しほっとする。
だからってわざわざ部屋番号まで聞くかなぁ、先生が。
だが聞いたところによると中国の先生ってそんなもんらしい。
他の先生にしても非常に面倒見がよく(家庭的?)暖かい印象の人が多い。
典礼の講話でも「皆さんを自分の子供のように」云々のたまっていた。
異郷の徒である我々には有り難い話である。
でも中にはいるんだろうな、「鬱陶しいよ、そんなの」なんてほざく輩が。

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学校からの話は先に配られている冊子の概略なので聞くまでもなく
公安の話は短期滞在の私には必要のない手続き関係のものだったが、
必須参加とあるので止む無く午前二時間、午後一時間。
感心なことに、どちらにも英語・日本語・韓国語の通訳(?)がついた。
中国語でも英語でもある程度までは内容が分かるので、
日本語訳を聞いているとどうしてもそのアラが気にかかってしまう。
てにをはがメチャメチャだったり語尾が揃わなかったり。
揚げ句、訳語がなくてとばしている部分まであった。
何て雑な訳し方してるんだ!と最初のうちは思ったが、そのうち慣れた。
冷静に考えなおしてみると、それだけ日本語が難しくややこしいんだろう。
よく言えば繊細かつ優雅、悪く言えば閉鎖的で融通がない。
それを平気で喋っていられる日本人って、実は偉いのかもしれない。

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一輪車あり、軟体芸あり、バック宙なんてざらにありありの公演が一時間半。
席が前の方だったので、紐が独楽をこする音まで聞こえて感動した。
これだけ素直に喜ぶ時間が持てたのは、いつ以来だろう。
やっぱり生は違う。これだけでも中国に来た価値を感じてしまうほどだ。
派手で器用で律義な雑技団の面々に、何となく励まされた気がする。
これだけできるんだから人間ってすごいよ、と思ってしまう。
道を見つけ、舞台に立つってこういうことなんだな、と勝手に納得した。
何でもできると思っていた子供の頃にこれを見たら、人生が違っていただろう。
現実に帰り、上海の道路を横断する。中央分離帯をまたいで乗り越える。
私にできることって何だろう。私の道ってどんなだろう。
今から考えたんじゃ遅いんだろうか。何なら間に合うんだろうか。
そろそろ一つの答えにいきつく時間のような気もするが、まだ焦りたくない。

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楊甫大橋・南甫大橋をバスで通り、友誼商店でお買い物という日程。
往復にお買い物まで入れて三時間半と、やや強行っぽい。
ガイドらしいおっさんがマイクも使わず何やら喚いている。半分しか分からない。
橋は両方とも大きいだけでどうということはなかった。でも新しいらしい。
「瀬戸大橋のがすごいよ」と誰かの声がする。較べるなっちゅうに。
私から見れば、こんなもんを堂々と観光名所に歌い上げる根性の方が感心ものだ。
上海人って広大な井戸の中の蛙だったりして、とうそぶいてみる。
友諠商店に何げにホンダ車。レジェンドとアコード。かっちょええ。
別段ホンダびいきという訳ではないのだが、珍しいので光って見えるのだ。
かと思えば帰途に日産セドリック。オデッセイなんかともすれ違った。
絶対こいつらのがサンタナとかより恰好いいのに、.....高いんだろか、そんなに。
胡弓があったので買いたかったが、どれがいいのか分からないので断念。
今より喋れるようになって、先生に教えてもらって、それから来るぞ(できたらね)。

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五角場(最寄りの繁華街)に一人で出かけ、葉書きを投函しがてら本屋へ。
日中・中日辞典が26元。大きさも手頃だったので、喜んで買う。
流石に日本語の教材なんてものはないので、英語教材を買ってみる。
「大衆英語」なる日本では英検3級前後の難易度の問題集(上・下)。
上巻だけでいいやと思ってレジまで行ったら、下巻も持ち出すまで売ってくれない。
揚げ句、「これ問題集ですけど、テキスト要らないんですか?」なんて云われる始末。
外国人だからナメられたんだろうか。いいんだよ、これで!とばかり、そのまま買う。
部屋には先に買った「ビジネス日本語大全」なるものがあるので、先にそっちを写す。
冷房があるだけで、ちょっとした極楽気分。外はまだ暑いんだろうな。

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上演された四話のうち理解できたのは最後の「鴻門の会」だけ。
王昭君の悲話も知っていたはずなのに、流れがよくわからなかった。
もともと「おっさん好み」と云われる私だが、またしても氾にやられる。
それにしても京劇はキャストの色分けが明確すぎる。項王が真っ白。
真っ赤が二人と、あとは普通(って云うべきなんだろな)。
踊りというか殺陣というか、動きの派手さに圧巻。よく動く人々だ。
冷房に漬かりすぎたせいか少し頭痛。悔しいが洗髪をとりやめる。

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何も書かないのもつまらないので、ここで今まで目にした中国の日本車。
・トヨタエスティマ、ベージュっぽいメタリック。
・トヨタプレビア(初めて見た。エスティマより少し大きい)
・ホンダシビック(多分97年型)、赤。
・ホンダアコード(2000cc)、紺。
・日産アーバン(ホーミーらしい)、白。
・日産ブルーバード、灰色っぽいメタリック。
因みに、八割型はフォルクスワーゲンのサンタナとかいう車種である。
しかも暗い赤と紺ばかりで、白はたまにしか走っていない。不気味。
どうでもいいが、洗車場は結構あるのに洗車してる人を見たことがない。
自転車なら洗ったり磨いたりする人が多いのに.....。

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難易度順に一級(最も簡単)、二級、三級、四級(最も難しい)の四問が出る。
当初「難易度は本人が判断して四問中二問を選べ」と説明があったのに、
何故か私の周辺だけ選択を許されなかった。学習歴が何年あるかで係(先生?)が配布。
おかげで二と三がよかったのに三と四を解くはめに。
当然さっぱり分からない。でもとりあえず書けるだけ書いた。
そしてリスニングの代わりに何と面接試験!
筆記試験の問題番号のせいか、四級の面接とやらをされる。びびる。
どうやら子音の発音はできているが声調(アクセント)がまずいらしいと自覚。
今更ながら慌てて辞書を片手に勉強開始。みんなはもうやってるかも。
結果がいつ発表になるのやら分からない。まぁいいけど。

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普通話のできる日本人女性と一緒に外灘・豫園にでかける。
お姉さんが「地球の歩き方」を持っていたので地図も何も用意せず。
徒歩20分のバス停から冷房のあるバス(2元)に乗り、目的地へ。
「湖水亭」で本式のお茶をした後、名物らしい小龍包で昼食。
帰りは南京路まで4kmぐらい歩いたが、そこでいきなり解散の運びに。
結果として繁華街に一人ぼっちの状態になってしまった。
多くの現地人に声をかけられつつ、逃げるように地下道をくぐる。
来た道を戻ること数分、冷房のないバス(0.5元)に乗れたが大混雑。
カミカゼな運転にびびりつつ、終点(寮の最寄り)まで立ち乗りした。
とにかく足が痛い。靴ずれと筋肉痛が刻々と襲ってくる。
遂に寮が見えてきた時、近くのスーパーで「キリンライチ」を買って飲む。
きっと中国オリジナルなのだが、何故かキリンのロゴは片仮名だった。

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7時に同室の女性と寮を出て、最寄りの三つ星ホテルへ。
後について歩いていたら、彼女には色々と助けてもらえた。
帰りしな、屋台でごま団子を買って朝御飯(食べ歩き)。8角(約16円)。
入学&入寮の手続き。当然ながら中国語しか通じない。苦戦する。
ともあれ一人部屋に移り、生活用品を買い揃えに日本人同志で街へ。
いまだに貨幣価値がよく分かっていない。やばいかもしれない。
夕飯は「日本焼餅」。メニューには「お好み焼き」とあるのにゲテだった。
更に出てくるのが遅い。注文してから1時間は待たされた。
その間じゅう、居合わせた人々と喋っていた。
ドイツ語を話す華僑のお嬢さん&デンマークのお姉さんとも同席。
英語で会話してしまった。中国語で話しきれないのが実に悔しい。

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そもそも、飛行機が離陸した時点でのんびりしている。
関空を日本時間15:35に発つはずが、実際は15:52を回ってから走り出した。
当然、上海空港に着いたのも遅い訳である。現地時間(日本時間-1)16:55に着陸。
しかし荷物を受け取るのに更に1時間かかり、何と銀行が閉店してしまった!
おろおろしていると、日本の留学生一行に会い親切に話を聞いてもらえた。
だが、問題はこれから。
話しているうちに怪しい中国人エージェントに捕まる。
「日本語を喋る現地人には近づくな」が渡航の鉄則のはずだが、日本語だった。
しかも、当然ながらカタコトである。それにカタコトの英語、そして中国標準語。
強引に荷物を持ち去られ、タクシーに乗せられること3時間強。
その間タクシーの運ちゃんとエージェント(自称30歳)は上海語で何やら談笑しっぱなし。
私は大学で習った程度なので簡単な中国標準語しかできない。あとは英語!
あいにく持ち合わせの現金が50米ドルしかないと言うと、全部ごっそり取られた。
何件目かのホテルでやっとT/Cを換金してもらうなり、更にチップ500元。
タクシー代の相場が120元というから、明らかにぼったくりである。
ともあれ、よく生きていたものだ。よくやったぞ、私(笑)。

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