異郷日記: 1998年11月アーカイブ
例年は一月に行われている冬のHSKが何故か今回は十二月二十日に変更された。
標準中国語の実力を測るためのテストなので学期末にやってほしかったが、致し方ない。
国家教育委員会が直接やるものなので学校の都合などは考えてもらえないらしいのだ。
一級から八級まであるが、今回の目標は六級。大学院の留学資格に相当する。
開催側いわく「中国での二年間学習水準」だそうなのだが、半年でどこまで行けるか。
掲示板の貼り出しによると受験申込は今日から来週の金曜あたりまでとある。
原則として会場はここになるはずなのだが、申込が遅くなると別会場に飛ばされるらしい。
不案内な町中で受験させられるのは嫌なので午後の受付開始から教務課に行った。
申請用紙を途中まで書いて提出すると、受験料と名前を書き付けた紙片を渡される。
料金はここではなく、二つ隣の財務室で払えとのこと。二度手間。だるいったらありゃしない。
領収書を教務課に戻って提示すると、窓際のお姉ちゃんがパソコンに何やら打ち込み出した。
そしておもむろに印字。記入漏れでやり直し。次の受験者分と一緒に印字されて受験票が出てきた。
いわく、「あんたのやりなおしてて遅れたの」。当然ごめんねの一言もない。この仕事に二百五十元?
ともあれ会場は構内の施設に落ちついたのでいいとするしかない。古いLL教室なのが癪だが。
試験は二十日の午前九時から。受験票・鉛筆・パスポート持参のこと、とある。
構内で九時ならむしろ寝坊できるぐらいなのでありがたい。問題は勉強だな(笑)。
せめて五級はないと.....それにしても何で大きい数字の方が高級なんだろう。
勉強が終わって手持ちぶさただったので三号楼の知りあいの部屋に喋りに行った。
現地のパソコンを買いに行きたいと言うのだがどこにいつ出かけようかを相談でもしようかと。
折良く彼は出かける寸前で、家電売場の広いスーパーに行こうとしているという。
もう一人と一緒に行くと言うので十分後に待ち合わせということになり、一旦お開き。
先に彼の知りあいの商社マンの所に寄るがいいかと聞かれた。異論はない。
企業から派遣されてきている社会人留学生の暮しとやらも覗いてみたかったし、
実は今クラスが同じなので私も知っている人なのだ。
五階まで階段しかないというのが意外だったが、中はビジネスホテルのようなものだった。
違うのは台所の流し施設がちゃんとついていることぐらいである。
飲物と何故かおでんを出してくれたので一同つつきながら一服。
そろそろ行こうかと言った時には既に数時間が経っていた。
問題のスーパーに着く。日本で言うダイエーぐらいの規模で割と立派なところだ。
二階と三階が家電品売場だというので三階まで登ってみる。妙に広い。
しかし行けども行けどもパソコンはない。売場の人に聞いてみると「ここにはないよ」。
誰だ!三階で扱ってるなんて嘘を教えた店員は!.....しかも二階にもなかった。
止む無く捜索を断念、学校前の通りに戻って夕食。おごってもらえた。
何故か食後から遊ぼうということになって、再び「南苑専家楼」へ移動。
最初いたもう一人が抜けてしまったので代わりに私の知らない顔触れが入った。
四人で「大富豪」。万年貧民。まぁ遊びがてらの雑談が楽しかったからいいとする。
寮に帰りついた時、校門は閉ざされていた。開けてもらって門番に頭を下げる。
何度も続くと警告を受けるそうで、台帳に署名させられた。
日本人の知りあいに私の「互相」を補導要員として紹介する話が出てから十日は経つ。
希望条件を詳しく聞いていなかったので私は二人を引き合わせるだけのつもりだったが、
あいにく依頼側が風邪でつぶれてしまっていたので連れ出す訳にも行かず今日に到っていた。
いつも通り互相学習を終えてから彼女が思い出してくれたので、とりあえず電話してみる。
声を聞いたところ先週よりは回復してそうだと思った瞬間、電話機が壊れた。
「あのう、もしもし.....今ちょうど彼女がね」としか言わないうちにぷつり。
止む無く私が部屋まで足を運んで事情(午前中は中国人入構禁止)を説明する。
待ってくれているから起き出せたらでいいから来て欲しい、とだけ伝え急ぎ戻る。
彼が数分で現れただけほっとした。とりあえず会客室の空席に詰めて座る。
用件は先に話してあるので互いの名前だけを改め、しばらく当事者同士の商談を静観した。
私は単なる紹介者なので言わば高みの見物を決め込もうと思ったのだが、そう世間は甘くない。
彼女は私の癖ある中国語を聞き慣れてしまったので、普通の日本人の発音が判りにくいらしいのだ。
私とて流暢に喋れる訳ではないので二度なり三度なり言葉を変えて口を挟んだだけなのだが。
ともあれ話は円満にまとまった。去り際の彼女に謝謝とだけ言って見送る。
向うしばらくは今までと変わりなく来るだけなので、彼女の最後の一言はいつもの通り、
「ではまた、来週の、火曜日。一時、半」まで日本語で頑張って、再見!
今日は授業もそこそこに点心の有名な上海料理店で昼食を摂った。各種点心のコース五十元。
その店は観光地「豫園」の間近にあるので眺めも面白い。見渡す限り伝統的建築なのだ。
二階席の窓側に通されたので向かいの土産物屋の軒先なんかも見えてしまう。
どうやらご当地のものらしい民間芸術・絵文字の実演販売に人だかりができていた。
しかも列の先頭で買物をしているのは日本人観光客の二人組。何だか親近感を覚えてしまった。
食べているうちに店内が混んできたので追い立てるように勘定をつきつけられ、席を立つ。
どこかのパック旅行らしい団体客がどやどや押しかけてきたのだから致し方ない。
とりあえず窓から見ていた土産物屋で私も絵文字を書いてもらう。額つきで五十元。なかなかよい。
たかが漢字一字、されど吉祥模様で描かれた名前である。伝統美のようなものが感じられた。
珍しい動物のぬいぐるみを売っている店があったので各人それぞれ二つづつ買う。
師匠は犬を二種類、私はジュゴンと獏らしきもの。しかもしっかり値切る。
何とか雨に遭わないで済みそうなので食後の運動がてら「図書城」まで二十分ほど歩くことにした。
途中、不法露天営業者たちが「サツだ、早く逃げろ!」などと四散する姿を目撃。本当に速い。
図書城では折角なので素晴らしくマニアックな本を買った。隷書と篆書の精選作品集。
本当は立読みで名字さえ見ればいいかと思っていたのだが、何故か買ってしまった。
そして階下で印材と彫刻刀を入手。冬休みの暇にでも思い出しつつ篆刻をしよう。
それから道すがら師匠の買物につきあう。カレンダーとクリスマスカードと年賀状。
面白いことに福州路という通りは紙や文具を扱う大小の店が並んでいるのでよりどりみどりなのだ。
軒先に並んで売っている物はやはり色褪せや埃が気になるらしく、結局は本屋に落ちつく。
専用の売場を設けて頑張っている本屋に年末を感じ、やや無常を覚えた。
無難に一日が過ぎたなぁと思いつつ部屋に帰り、鍵を開けようとしたら.....ない!
学食に置き忘れたんだろうか、それとも買物をした店でなくしたんだろうか?
もし外でなくしたなんてことになると部屋が改装される大変な騒ぎになりかねない。
我ながら一瞬で血の気が引くのを感じた。しかし持って歩いた記憶も今一ない。
小雨っぽい中を学食へ走るが、ない。これは管理人のおっちゃんに訴えねば!
しかし、おっちゃんの返事は「合鍵なら購買で二十元」.....手元にはないという。
購買で売っているという意味ではないらしい。購買の隣にいる門番にお金を渡せというのだ。
門番に部屋の鍵がないんだと言うと部屋番号と名前の照合をされた。
それだけで合鍵をくれるんだから怖いと言えないでもないが、背に腹は代えられないのでもらう。
門番いわく、二十元は押金で本鍵を見つけられたら合鍵と引換えに返すという。
しかし本当に見つかるものなのか自信はない.....ともあれ帰って探すのみ!
合鍵で扉を開け、入って明りを点けてみると.....あった。授業に出る時の鞄と一緒に。
学食に行くだけだからと財布だけ抜き出して、鞄ごと封印してしまったことになる。
鍵は鞄に入れたからと安心していたのが間違い。鞄は持たなかったのだから.....。
そもそも鍵がなくても施錠できる扉の作りに納得が行かない、と言っても無駄だろうか。
聞いたところによると、同様の事件は日常茶飯事だそうだ。何てこったい。
今日は朝イチの授業が退屈だったので、私も師匠も関係ない物を書いて過していた。
私は卒論のねたにしていた長い漢詩を全部、彼女は覚えている限りの「三国志」登場人物。
各人つらつらと思い出しながら書いていたが、私の方が早く終わってしまった。
そして休み時間に彼女のノートを見せてもらい、私が思い出した人名を書き加えてもらう。
奇しくもその中には沂水関の将軍・その名も「卞喜(べんき)」が含まれていた.....。
何て可哀相な名前をつけられた人なんだろう、などと云いつつ彼女の部屋で昼食。
そこにあった資料では、百回を越える人形劇の放送中たった一回しか現れなかったという。
そして役柄は、酒をふるまったにも関らず何の苦もなく関羽に斬り捨てられるだけ。
更に可哀相ですね、などと話しながら午後の授業へ向う途中.....。
いつものように用務員のおばさんが作業服で大八車をひいて通りかかった。
ふと見ると洋式便器が山積みになっている?!我々ばかりでなくその場の人みんなが笑った。
何故どこから何のためにどこに、おばさんは便器を引いて行くんだ?!
卞喜は沂水関を守る。便器は水洗の厠にある。そこで命名。お手洗いは「沂水関」だ!
それを聞いた師匠はばかうけ。笑いすぎてまともに階段が登れない。
しまいに彼女が涙を拭こうとハンカチを出したので更にとどめ。
沂水関には青龍刀とハンカチを忘れずに。
今日は珍しく師匠が学食に同行した。彼女はそう簡単には学食を利用しない。
最近どうも栄養が片寄りがちなので我慢して青菜を食べようと決心したとのこと。
確かに学食の冷めたやたら塩辛い野菜炒めは食べるのに我慢が要る。
私は慣れたからまぁ耐えられる程度だが、この季節ご飯が冷たいのはやはり閉口もの。
かれこれ二人でぶつくさ言いながら絶妙にぬるい料理そして白飯を食す。
今日の青菜は最近にない塩辛さで私でも水分が欲しくなった。しかし入手できない。
外で買うならジュースよりアイスを選んでしまう私は、何となく師匠を誘ってみた。
小銭持参でないとのたまうので、とりあえず私が払うことにして引きずり込む。
数件の小さな店を覗くと、一件だけやけに品揃えの豊富なところがあるではないか!
何故か当地のアイスには値段が書いていないし値札もついていない(つけられない)のだが、
この店では畳大の黒板にずらりと価格一覧が書き付けてあった。二十はあるだろうか。
知っているものもあれば知らないものもあり、とりあえず手に取った棒アイスの値段は.....?
何と一元半。二十円ちょっとで買える。二人分でも三元。既にいい買物をした気分。
いざ、試食。類似品は何度か食べたが、これに勝るのは今はなき三元アイスのみと判定。
残り少なかったから多分この調子だと二人で食べ尽くすんだろうな.....。
一時期あまりに寒かったので親にコート代を請求してしまっていた。
当初そこまで重装備は要らないと云ったのは私の方なのでやや心苦しい。
無駄に使わず残りは返すという約束で、親が送金してくれることになった訳である。
先週の金曜に発送してくれたはずだった。
郵便局員の友達にもらった資料によると、国際郵便に現金書留はないらしい。
普通郵便物に書留と保険をつけるよりはEMSの方がいいだろうと思い、親にその旨を話した。
特定の相手国にしか出せない種類の郵便物なのだが、扱いが丁寧でしかも早く着くのだ。
本来は事務書類用の郵便制度らしいので、内定先の社内報も併せて送ってくれるよう頼む。
親いわく一週間から十日かかると局員に云われたそうなのだが、有難い杞憂だった。
日本発の便は上海になら早ければ二日で届くのが普通だろうと後で聞いた。
時間が延びればのびるほど安全性は損われるので早くて感謝というところである。
今日の「互相学習」には一時間しかかからなかった。毎週の恒例ではあるが、暇になる。
昨日の子に「添削するから何か書いて」と言われたのを思い出し、作文を書くこと一時間半。
貸してもらった「青年文摘」なる雑誌を適当に眺めるが、思想がかっていていまいち面白くない。
TVも再放送だらけ。かと云って今から昼寝をしてしまうと夜よく眠れない。
ふと気が向いて「辨公室実用口才」の本を手に取る。安いので買ってみた実用書だ。
弁舌による現代の処世術を説いた本らしいのだが、何故か表紙写真はダウンタウンの顔。
思わずブックカバーを裏返しにかけなおして糊で貼り付けてしまった。
前書きは買った時に読んだのだが、知らない単語が多いので本文は見ていなかった。
いちいち辞書を引くのも気分を害するので後回し、ということにしてしまっていたのだ。
だが改めて見てみると別に難しい単語もないし、文の構造も複雑ではない。
どうやら多少は授業の御利益が現れてきたようである。ちょっと嬉しくなった。
時間は読破できるほどあるのだが、考えながら読んでいるせいか目が妙に疲れる。
とりあえず第一章「耳は口の師である」だけ読み干したので、残りの実践編は後日のお楽しみ。
水曜頃に出された通知では、今日の早朝五時半から夕方六時半まで停電になるらしい。
則ち電熱器のお湯がもらえないことになるので昨日から熱湯は汲み置いて待機していた。
実際のところ何時から停電が始まったのかは判らないが、かなり早かったらしい。
八時に会客室へ行くと受付台には数本ろうそくが立ててあった。何だか不気味。
できるだけ明るい窓辺を選んで座り、今日の「互相学習」にいそしむしかなかった。
十時半に部屋へ戻り、まだメールチェックをしていないことに気づく。
昨日のうちにバッテリーの充電は済ませてあるから停電は関係ないはずだ。
が、いざ接続を試みると「発信音が聞こえません」の表示。とりあえず電話線を確認する。
どう見てもちゃんとつながっている。まさかと思い電話の受話器をとってみると、何の音もしない!
停電は知っていたが、電話まで停まるとは思いもよらなかった。愕然とする。
今日の午前中に書いたメールが送信できたのは午後四時をまわってからだった。
それでも私はまめに電気が来ているか確認していたから四時で済んだのだ。
きっと中には通知を鵜呑みにして六時半まで耐え忍んでいる人もいるに違いない。
稀少動物インドニシキヘビの皮を張った胡弓の持ち出しには農林局の何がしかの証明が要るらしい。
買った時その説明を受けたのだが「まだ喋れないから」とばかり今日まで行っていなかった。
農林局の事務所は日本領事館より更に奥まったところにあるので交通も不便である。
タクシーを拾うと懐が大打撃を受けるのでバスで行こうと思い、しばらく地図とにらめっこ。
バスで行くには市街地を十分ほど歩かねばならない。どうせなら寒くない方が得か?
今日は幸い陽射しがあってぬくいので、寒くならないうちに行かねばと思い立って出かけたはいいが.....。
手持の地図には農林局どころか地区の範囲すらまともに書いていない。
最初はそれが心配だったが、何のことはない。バス停から見えるところに農林局があるではないか。
但し見えるだけで近いとは言えないのが本当のところ。何かの工事中で道なき道を歩くはめに。
こわれものの楽器を抱え、"命の次に"大事なパスポートまで持って、何が哀しくてこんな田舎道を!
しかも当然のことながら目立つ荷物を抱えているのでやたらと通行人の好奇の目を浴びる。
かれこれ出発から二時間ほどで農林局に到着。警備員らしきおっちゃんに呼び止められる。
農林局そのものの正面からは目的地「野生動物保護処」には入れないという。
「この建物の背面に回れ」と教えてもらったので軒下の道を二分ほど歩いてみた。
すると豪華なプレハブよろしい白塗りの小さな部屋がぽつねんと置いてあり、内外に人がいる。
私の姿を認めるなり戸口のおばさんが「どうぞ中へ」と愛想よく勧めてくれた。
いざ、入る。ほぼ全員に「歓迎、歓迎」と言われ不思議な気分。でも感じはいい。
大きな事務机の前のおばさんが「きっと日本からのお客さんね、多いんですよ」と椅子を引いてくれた。
郊外にそぐわず割と綺麗な標準語だったので苦にすることもなく受答えができたが、
ちゃんと日本語要員もいたので更にびっくり。何ていたれりつくせりな役所なんだ!
差し出された書類に指示どおり名前と利用空港を書きこんだところで帰国日を質問される。
来年の一月末だと答えると、おばさんは「じゃあ駄目」と苦笑しながら書類をとりあげた。
理由を聞き出すのにやや暇をかいたが、出国の三日前からしか証明手続は受けつけないとのこと。
寒くなってから来るのは確かに億劫だが、ここにならいいかとおとなしく引き下がる。
当地は食費が安いのでてっきり物価も安いものかと思っていたが、間違いだった。
高い物も存在する(失礼ながらショック)!よりによって服飾品が日本なみに高いのだ。
較べてみよう:うるち米5kg=45元/飾りのないセーター1枚=定価160元。
U-RIGHTなるカジュアル店ですらこれだけ取る。まして百貨店は推して知るべし。
しかも何故か(当地で流行っているものらしいが)特定の型しか売っていない!
聞くところによると中国人は日本人ほど寒がりではないので厚手の服を余り必要としないそうだが、
それにしても綿リブニットのぴったり服なんて春物なんぢゃないのか?!
結局まともな服は買うのを諦め、中に着るものだけを特売場で買う。
ついでに驚き。日本では1~2万するスーツケースが定価300元弱で並んでいる。
何で服一枚よりごつい鞄の方が安いのか、はなはだ不可解に感じた。
安い物はやっぱり安いのだ。しかしどこからこんな差が出てくるもんなんだろう。
今週に入った途端、先週までの穏やかさが嘘のようになくなってしまった。
ニュースで「寒潮急襲」なんて騒いだかと思うと本当に一日で十度も下がったのだ。
ここ三日間の最高気温は日曜の最低気温にも及ばない。何てやくざな天気だ!
しかし流石は中国、上には上が下には下がちゃんとある。天気予報を見て納得。
香港のあたりは二十度を割るのが珍しいぐらいだし、北京より北に行くと零度もない。
ここって暖かい方なのか?そうでもないのか?各地の差がありすぎて逆にぴんと来ない。
寒いと物が腐らないのは有難いが、切る物に困るのはかなり切実な問題である。
今からセーターを重ね着してしまったら更に冷えてから何を着たらいいのか判らないし、
かといって綿ブラウスにカーディガンぐらいでは既にどこにも追いつかない。
これでも寒くないなぞと抜かして暖房をつけない上海の人々って一体.....。
中国語を安く教えてくれる人がほしい、などと知りあいに頼まれて一週間ほどになる。
いわゆる家庭教師のような存在には二種類あって、私の利用している「互相」は無償で教えあうが
お金を払って一方的に勉強を教わる「補導」というのも現地の学生に頼めるのだ。
彼が探しているのは後者であって、あえて日本語を使う気はないから安く済む子を、というのが
条件であることは聞いていた。いわく相場は相手の年齢(学歴?)に比例して釣り上がるらしい。
だから低学年の子を希望するが、逆に共通(一般教養)科目の多い彼等はつかまえにくいと。
幸か不幸か私の「互相」の子がちょうど一年生だったので交渉しようという話なのだ。
果たして今日は約束の日なので彼女がやってきた。会客室が混んでいるため入口の椅子で妥協する。
授業の内容で聞くべきことも特別なかったので冒頭から問題の件をもちかけてみた。
誰か時間に余裕のある知りあいはないか打診してくれと頼んでみたのだが、無理らしい。
その辺で同様に「互相学習」している友達をいちいちつかまえて聞いてくれたのだが駄目だった。
別にそれならそれで私は構わないと言ったのだが、彼女は自分が引き受けてもいいという。
他の子に時間を割くのが私にとって不快でないといいが、などと気を遣ってさえくれた。
それはそれ(彼女にとっては小遣い稼ぎ)、これはこれ(お互いの勉強)だろう。
かくして商談は成立してしまったらしい。両者を引き合わせるのは今度の土曜日。
我々の「互相」にあわせて面会だけすませておこうかということで。
二科目も自信の持てない科目があったので昇段できるかどうか心配だったが、
授業に出てみたら新しい教科書を渡された(というより配られた)。
安心はしたが、誰も落ちていないので幻滅。何だ、甘いテストだったのか。
さらに私をつけあがらせてしまったのは先々週の"総合考試"の成績。
先生が「教卓においておくから勝手にごらん」とばかりクラスの成績一覧を置いていった。
各人が自分の点数を見られるのは問題発見のためにいいだろうが、他人のものは.....。
とりあえずクラスで一番の成績だったが、騒がれて逆に嬉しくなくなった。
余所のクラスの成績が判らない以上どれだけの位置かなんて知れたものではない。
ともあれ二人で昇段できたということで(とこじつけて)、師匠とケーキを買う。
昼から贅沢な物を食べてしまうと一週間が終った気分になってしまうのは何故だろう。
いつも目覚ましより早く六時には起きられる私が、今日は八時までぐっすり寝ていた。
まだ起きたくないとも思いつつ、荷物の片付けやら洗濯やら旅の後始末が残っている。
昨日は始末どころか着替えさえせずに倒れ込んで寝てしまったのだ。
分厚い上着も汚れたので洗わねばならないし、遅くなってはいけない。
乾かないのはもとより、午後にはいつもの通り財経の子が来ることになっている。
用事は午前中に済ませないと.....頭も瞼も重いまま、掃除そして洗濯。
一段落して手持資金を確かめる頃には、もう十一時になりなんとしていた。
午後がんばって「互相学習」。色々と旅の体験談などを話す。でもほとんど日本語。
教科書の内容を説明してもらう時ちょっと中国語が入ったかな程度のものだった。
それだけ財経の彼女は日本語がうまい。こういう時には安心してしまう(苦笑)。
そして帰るなり爆睡、夜まで目覚めず。どっか壊れてんのか?私.....
普通テスト期間中は学外の子を呼ばないものらしいが、私は来るものは拒まない。
相手が今週もやりたいと言うからには、空いている時間ぐらい提供するのが筋だと思っている。
なにぶんお互いの勉強を手助けする約束なのであって、単なる私の為の補習とは違うからだ。
それでも週二回のところを旅行の都合で一回にしてもらっているのでお互い様とも言える。
私はテストも残り一科目だし授業も勿論ないので何も教えてもらう必要はない。
そうなると彼女に初級日本語を少し教えるだけなので余り時間は要るまいと思っていた。
ところが何故か今回に限って持って来ている教材の量が多い。授業がかなり進んだらしい。
彼女いわく、二週間ごとに先生が変わるのでやりかたが一定していないとのこと。
しかも今回の先生が金曜に試験をすると言いだしたから大変らしい。
短い挨拶文を用いて先生と対話するのが今回の課題らしく、説明に困ることしきり。
何故なら中国語には「ただいま」/「おかえり」、「頂きます」/「召し上がれ」に相当する表現がないのだ。
つまり私は概念から説明せねばならない。しかも自分の拙い中国語で.....。
辞書を引きつつ筆談も交えつつ苦戦はしたものの、何とか理解はしてくれたようで一安心。
文の読み方も教えて欲しいというので最初は彼女に読ませてところどころ訂正を入れ、
一段落してから全体を通して私が音読した。神妙な態度で聴き入っていた彼女が一言、
「日本語の時はゆったりとしてて通るいい声ね」。.....。
私のいる五号楼と隣の四号楼は各室に空調が据え付けてあるが、これが暖房の役に立たない。
暖房は専用の管にどこぞから熱湯が流れてくるという全校共通の奇妙な仕組である。
従って涼しくなった以上もう空調を使う人なんぞ流石にいないことは明らか。
しかしわざわざリモコンの電池を住人が抜くなんて.....。
手紙でも来てないかなぁと思い寮の出入口を見に行くと、何やら黒板に書いてある。
大抵ここには「小包あり、郵便局へ急げ」「電話かけすぎ、料金追徴」などが並ぶのだが、
読んでみると空調の誤動作を防ぐ為、リモコンから電池を抜くようにとある。
主電源も切らずに誤動作を防ぐも何もちゃんちゃらおかしいが、それが中国人。
要は公費で入れている電池の消耗が惜しいだけなのだろう。見えみえもいいところだ。
ともあれ開けてもいいならこじ開けてやろうとリモコンを手に取る。
普通リモコンというと背面に蓋があって矢印の方向に引けば開くものと決まっている。
ここでも中国製のTVのそれさえちゃんとそうできている。なのに空調のだけ違う!
恐れ多くもシャープ(ここの"夏普"かもしれないが)製なのに、背面に蓋がない!
前面の蓋はスライド式で、引ききっても外れないようにできている。
細かい設定をするときしか見ない個所なので多分その存在を知らない人もいるだろう。
ともあれ、電池が何処なのか表示がない。こうなったら自分でこじ開けるまでである。
とはいえネジもなければ噛み合わせのずれも見当らない。怪しいのはやはり蓋だ。
プラスチックの柔らかさに任せてうににと左右に引っ張りスライド蓋を外す。
案の定ここにましましていた。錆びた単四電池が二本、ごろっと。
つまみ出してさっさと蓋を直したはいいが、何故か指が臭くなった。
今週は四日連続で「昇段考試」があり、代わりか金曜は休みになる。
言わば中間試験のようなものだが、名前に昇段とついているのが曲者。
合格が前提に作られているが、一科目でも落とすと昇段できないのだ。
そして今学期の後半また同じ教科書を最初から勉強し直しということになる。
下の段の子が上がってくるので、もし落伍したらクラスも変わってしまう。
落とせないとは思うののの、ここまで迫ってしまっては勉強のしようもない。
しかも今日の科目は聴き取りと泛読なので復習のしようもなかった。
だからみんな一緒だろうと自分に言い聞かせ、八時の聴き取り試験に参加。
解答用紙が二枚あって、どっちが先だろうと考えているうちに第一問が終わってしまった。
でも焦る暇はないので第二問から復帰。ともあれ六割さえ取れれば昇段はできる!
ところが杞憂だった。問題文は二度ならず三度も流されたのだ。安心そして退屈。
長い昼休みを挟んで泛読。一見したところ全て選択問題のようだ。
制限時間は一時半から三時までとなっていたが、途中退室は許されるらしい。
お言葉に甘え、二時ちょっと前に提出して席を離れた。背後に歎声を聞きながら。
考えて解る問題は最初から解けるし、考えて解らない問題に時間を割くのは無駄だ。
ただそう思って出てきたのだが、相当でかい態度だと思われてるだろうな。
ここには日曜でも郵便物が届くらしい。しかし一日一便らしく、夕方にしか来ない。
更に部屋番号まで書いてあっても建物の出入口までしか届かないので厄介である。
手紙をくれる人も結構いるので、私は決まって五時半頃に出入口を覗くことにしている。
今日も一通あった。しかも差出人の住所が漢字で書かれていない、ということは.....?
ドイツの住所を控え忘れてしまって私からは連絡していなかった子が思い出してくれたのだ。
私が彼女に住所を教えたのはまだ日本にいるうちだったので、部屋番号など書かれていない。
それでも学校から寮までは届くのだから感心したものである。郵便屋さんも慣れたのかしらん?
旅先の様子だという絵はがきの写真を眺めながら返事を書く。
書き終わったはいいものの、ドイツまで封書はいくらするんだろう?
日本までが五元四角なのは覚えているが、流石に欧州までとなると判らない。
確か航空便は遠くなると高くなるはずだったが.....郵便局に行くしかないか。
歩いて二十分もかかり更に局員がすばらしく訛っているあの局に。
今日は朝八時から本学の子が来てくれる約束である。とりあえず起床は六時。
平日なみに朝の時間を過したつもりが、ゴミ出しをしていて少し遅れてしまった。
果して彼女は時間どおりに来るくちだろうか、それとも無頓着な方だろうか。
こんな時ばかりは相手にもルーズでいてほしいと思ってしまう私。ともあれ門へ急ぐ。
まだ会客室の電気もついていないというのに、彼女は既に来て待っていた。
弁解しつつ謝ると、苦笑どころでなくきゃははと笑われた。珍しく思われたらしい。
ともあれ管理人に電気をつけてもらい、本日の学習開始。まずは彼女から。
基本名詞を覚えるためのものらしいプリントで、読み方の復習をしたいという。
日本間・洋間それぞれに家具も描き込まれており、覚える単語の量が多くて大変そうだ。
「和室」には炬燵や座布団、はては火鉢やら掛軸までの家具類があり、障子も床の間もある。
「洋室」にはテレビからエアコンまで外来語がにぎやかに盛り込まれていた。
いくら何でも火鉢なんて一般家庭には最早ないと思うのだが.....。
私の番になったので口語の教科書を出し、対話課題の練習相手になってもらった。
歳が近いせいかどうも進めるうちに話題がそれて横道に行ってしまう。
それが楽しくもあり、また生の口語に触れるいい機会でもある。でも問題が.....。
日本には普通にあっても中国にはないもの=「ですます調」のような丁寧語。
中国にはあっても日本ではまず見掛けないもの=バスの讐票員(車内で切符を売る人)。
中国のスーパーにしか多分ないもの=荷物の預かり所。やはり万引防止のためらしい。
そんな話から何故か生活費の話まで、よくもまぁ私の語彙でついていけたと思う。
残念ながら来週は出かける用事があるので一回しか来てもらえない。しかも水曜。
元々の約束が火曜と土曜なのに大丈夫かと聞いたら、水曜ならとあっさり承諾してくれた。
ここまでさくっとした人柄も余り見掛けないような気がする。
来週テストの打ち上げに杭州旅行をするため、切符の手配をする段になった。
『地球の歩き方』によると、北京西路の国際旅行社に行くと日本語が通じるとある。
また、切符の手配もやっていると確かに書いてあったので疑いもなく師匠と出かける。
と、日本語のできる人に会えたはいいが「切符はここではとれない、金陵東路に行ってくれ」と言う。
ふに落ちないながらも言われた通りまた行ってみると、今度は「切符は四日後までのものしか売れない」。
すなわち来週また出直せという。売っていないものは仕方がないので引き下がった。
本には一週間前から予約できると書いてあるからわざわざ来ているというのに!
何もせず帰るのも癪なので、師匠につきあってもらって母のお使いをすることにした。
漢方の外用薬を友達に頼まれているので買っておいてほしい、というものだ。
南京東路に医薬の百貨店を名乗る所があるので訪ねてみると一発で買えた。
そして引き返す途中ふと道の対岸を見ると、ここにも国際旅行社がある。
しかも切符を扱っていると看板あるので、だめもとで入ってみた。
聞いてみると、切符だけでは売れないが宿の予約と一緒になら受けつけるという。
何とも理不尽な話だが、二度手間になるよりはましなので両方やってもらった。
そして、この一件のオチ。受け取りは北京西路の店で、だそうな。何てこった。
じゃあ最初の相手に粘って同じ条件を出せば交通費を無駄にすることはなかったのか?!
これって中国人にしてやられたんだろうか。本に騙されたんだろうか。
昨日のテスト疲れのせいか、今日の朝イチは学生が少なかった。
先生も試験監督だったのか妙に同情してくれて、授業の開始を遅らせたほどである。
が、癪に障ることに、昨日の「総合考試」とやらは成績に全く関係ないらしい。
「単なる学力水準の参考」にするだけなんだったら本試験のあとにしてくれっちゅうに(怒)!
やっと教室の席が半分ぐらい埋まったところで、先生がおもむろに来週の予告。
泛読の試験は月曜の午後一時半からで、内容は半分が授業と一緒で半分が新しいもので.....。
木曜の授業はなくなる、ということだった。何だか楽そうで、それはそれでいい。
次の時間には、精読の試験が木曜の朝八時半からだということを聞いた。
また出題の内容から傾向までご丁寧に解説してくれたのだが、ありがたくない。
選択式のが多いってことは、つまり特に勉強の必要がない訳であって、嬉しくない。
何故ならこの本試験は「昇段試験」であって、落伍者をふるい落すためにあるのだ。
見るからにやる気のない連中にはいっそ出ていって欲しいので難しい問題も必要だったりする。
午後にはまた聴き取り試験が月曜の朝八時からで内容は本とは違って.....の解説。
余りにばらばらだらだら説明されるとだるくなってしまう。
何でまとめた日程表を配るって頭がないんだ?中国人。
今日テストがあるらしいということは、先週末の掲示で知った。
但しそこにあった情報は「必須参加朝八時半から第二教学楼にて」のみ。
会場の教室やら席次やらは月曜の授業中に受験票を渡されて下見の余裕もない。
先生も「今更あがいたって意味ないよ」としか云ってくれなかった。
テストが何時までなのか、午後の授業はどうなるのかも知らないまま当日を迎える。
八時ちょっと過ぎに受験票の場所へと移動。見慣れない顔ぶれが多い。
どうやら私のクラスと隣のクラスがごっちゃになって受験するらしい。
そして各人の机の上には怪しげな音のする黄色いヘッドホンが置かれていた。
手にとって見ると、FM某と表示されている。朝っぱらからこんなもん放送するのか?
さながら小学校の運動会BGMのような曲が流れてくるのだ。これは一体.....。
しかも気に入ったのか隣の席のフランス人が適当に歌いながら踊り始めた!
流石に試験監督のお姉ちゃんが踊りは止めたが、音楽は鳴り続けている。
それが忽然と止んだかと思うと、「総合考試へようこそ!」のメッセージが聞こえてきた。
問題数やらマークシートの使い方やらの聞くまでもない説明がとうとうと流れる。
しかも男声と女声の二度、全く同じ説明が.....これってHSKまんまやんけ。
さらにまんまだったことには、説明が切れた途端に聞き取り問題が始まっていた。
そういやそうだったと気づいた頃には既に第三問。むざむざ六点は無駄にしたな、私。
幸い残りの問題が適当に判ったので惨事には到らなかっただろうと思うが、
HSK受けたことない人は相当びびってるな、とほくそ笑んでしまえるのが経験者の強み。
鬱陶しいのは、各分野ごとに回答時間が固定されていることである。
語法の部分がさっさと終わっても読解に手をつけてはいけない規定なのだ。
焦る→時間が余る→眠くなる→次の問題、が三度も繰り返された。
だるだるで会場を後にした。はいいが、しっかり午後の授業はあるらしい。
ただでさえ眠いってのに口語の授業なんて、喋る気も起きやしないのに.....。
二時半に本学の二人と待ち合わせだったので、十分頃に学院の門まで行ってみた。
すると何分か遅れたのはともかくとして現れた中国人が三人いる!一人は誰だ?
どこで勉強しようかと一人に聞くと、実はこれから授業があるので都合が悪いという。
何だか話が違う。一体どうなってるのかと思いきや、代わりの子を紹介するからと言われた。
問題の「三人目」は彼女たちが私に引き合わせようと連れてきた後輩だという。
二人はその子の名前を教えるや否や、すぐ授業なのかそそくさと帰ってしまった。
実は日本語のうまくないのが二人も来てどうしようと案じていたところなので一安心。
しかもよくしたことに、二人よりこっちの子の方がお友達になれそうなタイプの子だった。
一年生だというだけあって使える単語は少ないようだが、聴き取る力が優れている。
遠慮なく普通の速さで日本語を話しても彼女が既に習った単語ならば判るらしい。
まずは初対面だということで、軽く自己紹介と四方山話から始めた。
教科書の内容から話がいきなり漢詩に飛んだりしていたのだが、不思議と苦痛に感じない。
きっと気が合う相手なのだと(多分お互い)どこかで感じたのだろう。
将来は通訳になりたいという彼女の目はいい感じで好奇心に満ちている。
本学の学生だけあって利発さも十分。本当に敬意をも持って仲良くなれそうな気がする。
次回以降いつやろうかという話になって、彼女は週に一度か二度がいいと言う。
本来なら財経大学の子もいるし週に一度でいいかと思っていたのだが、
思いのほか彼女が気に入ったので(笑)火曜と土曜の二度にしようともちかけてみた。
火曜は午後から勉強で、土曜は朝から.....勉強、気が向かなければおでかけ(!)に決定。
今度の土曜が非常に楽しみだ。と思ったが、中国語で表現できなかった。
再発行の学生証をもらいがてら学生課で「Fビザをもらいそこねました」と言ってみた。
すると話した相手がパスポート紛失事件を知っている先生だったので妙に心配してくれて、
それじゃ今どうしているのか、大丈夫なのか、と聞いてくる。しかも深刻そうに。
手元の滞在ビザとやらも十九日まで有効なので私本人の方がむしろ呑気だったほどだ。
私はどうにかあと一回で滞在期限を延長できればいいかなと希望していたのだが、
先生は何かわちゃわちゃ云いながらも公安局外事科(ビザの発行元)に電話してくれた。
あいにく係がいないらしく電話がつながらないそうなので、その場は引きとって授業へ。
放課後にまた学生課を訪ねてみると、何だか解らないが話は既についたという。
でどうなったのかと聞いたら、紹介状を持ってすぐに公安へ行けとのお達し。
中国人は滅多に急ぐということをしないので、どうやら余程の事態らしい。
その紹介状とやらは他の先生が一筆したためて判を押してくれた。
何の変哲もない印刷物に私の名前と用件が少し書き込まれているだけの小さい紙だが、
大学名の判が押されているといわゆる黄門様の印籠ほどの御利益があるのだ。
これと写真と元々のビザ申請用紙を持って公安へ行けば何とかしてもらえるはずだという。
幸い必要なものは手元に揃っていたので、善は急げとばかり校門からタクシーを拾う。
高くついても便宜には代えられない。これが外国人の泣き所!
さて外事科のビザ申請受付で紹介状を出すと、何故か居留証窓口に回された。
こっちの人が電話の相手かしらと思って素直に従ったのだが、違っていたらしい。
おっちゃんは紹介状を見て暫く黙っていたが、ややあって何やら申請書類をくれた。
必要事項を記入したら、ここではなく一番端の窓口に行けという。
何でたらい回しにされるのか不可解でならなかったが、謎は行ってすぐ解けた。
端の窓口のおっちゃんは日本語が解るのだ。ちょっとだけ安心した。
臨時居留証を作っていいのかと聞かれたが、いいか悪いかの判断材料はない。
それで一月末までいられるのか尋ねたら、大丈夫との返事。云ったな?おっちゃん!
もし何処かで引っかかったらこいつのせいにしたる!←これは中国では常識らしい。
ともあれ一週間後と書かれた引換え券をもらい、悠々とバスで帰途に就いた。
昼下がり、今週の「互相学習」も終わり手持ちぶさたになったついで先日の店に行った。
割安感のある「国際網絡」とやらを三十分ほど試してみるつもりで店の人に声をかけてみた。
「上網?」と聞いてきたのでそうだと答えると、一台のデスクトップ機をあてがわれた。
現地製なのかキット制作なのか本体は得体が知れない。でもWIN98が入っていた。
傍らには33600bpsのモデムが無造作に置かれている。外付CD-ROMもあった。
見る間におっちゃんが勝手に接続する。とはいえ単なるダイヤルアップだったが。
一分ほど待って接続できたはいいが、検索エンジンが全てアメリカ版なのに参った。
中国版もいくつかあるのは知っていたので無理に探し出したが、役に立たない。
ものの見事デッドリンクだらけなのだ。何なのだこのつまらなさは!
現地のプロバイダぐらい探し出さないともとは採れないのだが、一時間で諦めた。
これじゃ部屋で高い接続料かかってでも日本経由で探した方が早い!
