異郷日記: 1998年12月アーカイブ
退屈して切手を買いに出たら、立ち寄ったスーパーで見慣れた顔に行き会った。
何故か相手の機嫌がよくジュースを買ってくれたので、会客室でしばらく喋る。
予定がなくてつまらないんだと言ったら「他の連中もいるけど」と飲みに誘ってくれた。
面々が一応みんな知っている人なので二度返事でついていくことにする。
串焼のお店で「蛙の腿」なるものを食す。なかなか旨い。まさに鳥と魚の中間のお味。
ほかに鴨の舌やらマナガツオのような魚から、色々とりながら卓上の炭火であぶって食べた。
そして考えてみればお初だったのだが、飲んでいたのはかの有名な青島ビール。
食べる方が主だったので余り飲まされもしなかったし、酔いもしなかった。
一息おいて個人宅で二次会。年越しそばならぬ年越し素麺をやろうということになった。
そばは日本の食材なので余り見掛けられないが、素麺は中華食材にもあるらしく近所で買える。
形だけでもということで材料を仕入れて行ったはいいが、ガスコンロ故障にて不発。
ともあれ参加者が増えて飲む方が主の年越しパーティーとあいなった。
後から来た三人はビールや酎ハイなんかの軽いものしか飲まなかったが、日本酒が入る。
飲み口がよかったので、つい「乾杯」の時に文字どおりコップを干してしまった。真赤になる。
ほどよく(を通り越して?)酒が回ってきたところでカラオケ大会。四時間ほど続く。
幸い近辺の住人が留守だったらしく苦情は言われずに済んだ。それをいいことにすごいやかましさ。
最初みんなで初日の出を見るはずだったのに、抜ける人や寝込む子が出てきた。
あげく、曇でお日様そのものが見えないという新年。たまにはこんなんもありかな。
そして二日酔で割れそうな頭を抱え、男の子と午前様(これだけ見たらすごい濃さだ)。
午前中は篆刻もどきで遊んでいたのだが、他に何もしなかったせいか疲れた。
昼食を摂ると満腹感も手伝って眠気もひとしお。暇に任せて昼寝してしまう。
妙に冷え込みを感じて目覚めると、もう夕方だった。しかしこの寒さは尋常でない。
しかしここ数日いい感じで温暖な気候が続いていたので忘れていたが、そういえば今は冬か。
寝起きのぼけぼけした頭のまま外へ出て、やっとそれが雨のせいだと気づいた。
でも傘を取りに戻るほどの本降りでもないのでそのまま学食へ。
ここ上海は海岸性気候のくせに放射冷却型の冷え方にならない。晴れるとぬくいのだ。
晴天が続くほど小春日和もついてきて過ごし易くなる。今月中旬あたりからずっとそうだった。
そういえば先月いきなり冷えたのも急に最低気温が零度を割ったのも雨の日かその次の日ぐらいだった。
また明日から寒くなるんだろうか.....「五度から十度」の予報が当りますように。
帰国日程こそ決まったものの、田舎にいつ帰るかまでは考えてもいなかった。
そこに母からのメール。「うちを取り壊して全面改築します」.....うっそぉん!
確か夏に帰省していた時は二階と浴室だけ改築するとかいう話だったのに、全面?
契約内容によると、二月から四月までは業者の借り上げている家で仮住いになるらしい。
ということは、春休みを待って帰ろうとしたら「うち」がない?
それじゃ下宿の荷物はいつどこに運んだらいいんだろう。にわかに困った。
大阪でだらだら遊んでいるどころでなくなってしまったのは確からしい。
この人生最後であろう春休みが引越し作業の手伝いで費えてしまう確率は濃厚。
まぁ家族の一大イベントに参加するのも悪くないか、と思うしかなさそうである。
余りにもすることがないので、久方ぶりに近所の本屋へ足を運んだ。
ゴミ・痰だらけのきちゃない通りに似つかわしくないほど本屋はきれいである。
暇つぶし用の本でも買おうかと思っていたのだが、立ち読みに方向転換した。
安いからといって余り本を買い込んでしまうと帰りの荷物が怖いからである。
一階は地図類や文具、二階は教材類と読物、三階はパソコン関係と実用書の売場だった。
とりあえず上から順にと思い、人気の少ない三階でだらだらと色々な本を見て歩く。
パソコン関係の本が想像以上に多かった。ワープロ指南書から開発言語まで、かなりの品揃えである。
用語辞典を買おうと思ったが我慢する。どうせあっても役に立つまいし、見ないに限る(笑)!
面白かったのは生活方面の売場に医学関連の本が多かったこと。医者の述懐まであった。
按摩の本には眼精疲労から癌まで、笑えるほど幅広い範囲で目的別の小冊子が出ている。
薬効から栽培方法まで載っているアロエの本をつい買ってしまった。解釈がやはり日本と違う。
素材別や地方別の料理本も色々あるが、今ひとつ食材や調理法の固有名詞が解らない。
食材まで図解してある本なんてそうそうある訳ないのだが、暇に任せて探し出してしまった。
流石に覚えるほど長時間は見ていられないので、やっぱり中の一冊を買うことに。.....。
二階へ。重いからという理由だけで、語学留学に来たくせに中国語の辞書は持っていなかった。
しかし考えてみると今ここで買って帰った方が日本で探すよりは経済的にお得である。
知っている本で値段を較べると、関税のせいか軽く三倍は違う。
日本でなら恐らく三千円はするであろう中型辞書が五十五元(八百円前後)!
これは買いだ!とばかり、あっさり節を枉げて買ってしまった。
辞書をぶら下げたまま立ち読み続行という訳にも行かないので、おとなしく帰る。
それにしても中国に来てまで本屋で散財する癖が抜けていなかったとは、うぅむ。
我々ここの留学生にとっては連休中の一日だが、普通の大学生にはただの日曜日である。
いつもと同じように財経の彼女は現れた。が、用があるというので学習開始は四時にずらす。
日本語の上手な彼女には本当に解らないことばかりを聞いているので、所要時間は意外に少ない。
まして今週は授業があったわけでもないので新たな疑問も余り湧いてこなかった。さくっと終わる。
余りに早くお互いの用が済んでしまうと、だいたい雑談をして過ごすのが恒例である。
先週のテストがひどかったの何のと日本語まじりの中国語であれこれ喋ってみる。
冬休みの話題になって、自然と私の帰国日程が出てきた。早いので彼女も唖然。
半年で帰るとは先に言っておいたはずだが、それでも何となくきまりが悪い。
「初めてできた日本人の友達なのに.....」と彼女が言うので、住所を書いてもらった。
手紙ぐらい書こうと元から思ってはいたのだが、連絡先を何故か今まで聞き忘れていたのだ。
彼女は電話番号まで書いてくれたので、私も実家の住所に電話を添えて書いた。
でも電話することなんて多分ないんだろうな.....ただでさえ電話が苦手な私に限って。
そして二人でしんみり。でもオチはちゃんとあった。おとしてしまった(笑)。
「中国語の作文うまくないけど御免ね」「.....あたし日本語できるってば」
例の組織(名前は未確定らしいのでまだ使えない)が某電視台と共同企画をやるらしい。
メーリングリスト上で打ち合せ参加者の公募があったので面白半分それに申し込んでみた。
近所の口コミ情報を我らがメーリングリスト等で取り上げ、更にTV番組にも反映される?
情報媒体としての能力を求められているらしい。説明を聞きがてら昼食会。
四川料理の店に入ってから、私は辛いものが苦手であることを思い出した。
今更ながらぽつりと言って笑われる。でも辛くないものも取ってくれるらしいと聞いて一安心。
まずお茶のサービス。各人の茶碗には予め大葉茶、干し棗、枸杞、銀耳が入っている。
そこにやたら注ぎ口の長いやかん(?)を持ったお兄ちゃん登場。客の後ろから次々と熱湯を注ぐ。
一人に言われて気づいたが、「北の国から」のお兄ちゃんに良く似た人だった。
出るもの一皿に三種類は香辛料が入っている。唐辛子と、山椒と、何だろう?
何となく体にはよさそうなのだが、案の定とてもじゃないが辛くて余り食べられない物ばかり。
明らかに辛くなかったのはスープのほか芋とピーマンの炒めぐらいのものである。
場に七人もいたので喋っていれば別に気まずくもなかったから構わないのだが。
でも結果、苦手だという割には結構たっぷり食べてしまった気がする。
組織の発起人の一人である社会人の方がおごってくれたので値段すら分らなかった。
食後あれやこれやと問題の企画について話が出る。中々みんな乗り気らしいし面白い。
途中どこからかデジタルカメラの話になったと思いきや、その場で記念撮影とあいなった。
私としたことが画面から逃げ損ねる。多分ひどい映りで入ってるんだろな。
今日は予定も約束もないので午前中だらだらと惰眠を貪っていた。我ながらいい御身分だ。
それでも昼食はしっかり摂ったので、午後は流石に何かせねばという気になる。
しかし卒論を書き直す以外とりたててすべきこともない。まぁいいか、ととりかかることにした。
参照画面を見つつ、注や本文を直しては仕様書と見比べてまた書き足す。
ワープロ(ソフト)なるものはこういう時に御利益があるもんなんだなと実感した。
修正も書き足しもほとんど手間が要らない。注の番号に到っては自動で直ってくれてしまう。
あっぱれ、文明の利器!.....だが気づいた時には黄昏時だった。
書き終わって暇になるのもだるいが、一日中うちから離れず過ごしてしまったのもだるい。
何時の間にかくも不健全な学生になってるんだ?私.....。
先日の指示によると私は来月十七日までには帰国しなければいけないことになる。
何となく帰った次の日に提出というのも気が引けるので十六日の便をとることにした。
手持ちの航空券は二十日となっていたが、一年オープンなので無料で日程変更ができる。
問題は、航空会社そのものかその代理店でないと日程変更まで扱ってくれないということだ。
しかも自慢ぢゃないがそんなことはつゆ知らず、調べもせず出て来てしまった。
とりあえず心当りがあるのは公安局に程近い三つ星ホテル「上海大廈」。バスにて向う。
世の中はちゃんと聖誕節前夜の雰囲気らしく、大廈のロビーにも立派な装飾があった。
案内板を見ると航空券の販売業務は二階とある。が、行ってみると中二階というべき位置だった。
中華国際航空の代理業務があるかと尋ねると、愛想のいいおねえちゃん達が出てきた。
帰国便の確認かと聞かれ、十六日に変更したい旨を伝える。と、一人がしゃかしゃか打ち込み出した。
見るに私より若い子ばかりが三人で複雑そうな事務をてきぱきとこなしている。すごいものだ。
便を確認し、印字されて出てきたシールを帰りの切符に貼り付けてできあがり。
ただでやる仕事にも微笑みがついてくるとは、よく教育されたものだ。感心しつつ場を去る。
午後にすべき用事もないことなので、散歩がてら少し足を延ばして友諠商店へ。
絹のハンカチを三枚と、食料品をよく分らないがスーパーの大袋に二つ買い込む。
抱えては歩きがたい量になってしまったのでやむなくタクシーを拾って帰ることに。
それでも仕分けをして見直してみるとまだ足りない気がする。もっぺん行かな。
例の組織の有志で徐家匯のパソコン屋を見てこようという企画があったので参加した。
我々の足で集められるだけの情報をホームページ上にでも公開して、
のち上海でパソコンを買おうという人が出てきたら参考にしてもらおうというものである。
道路の混雑時を避けて九時過ぎに出発したのだが、それでも一時間ほどかかった。
参加したのは私を含め四人。自称初心者が二人と、そうでないのが二人。
二軒ある電脳城のうち、とりあえず「百脳匯」に入ってみることになった。
初めみんなで固まって歩いていたのだが、店の人に話を聞くとなるとどうも二人で足りそう。
はるばる徐家匯くんだりまで来て暇なのも勿体無いので、私は「初心者」のうち一人を誘った。
隣の「太平洋電脳市場」にも似たような情報はあるはずなので別行動で見ようと思ったのだ。
待ち合せ時間を相談し、二人ずつに別れてまた行動開始。我々は隣の建物に移った。
どうも部品屋ばかりで製品化されたパソコンを置いている店はないようである。
完成品のないところで初心者を云々するのも愚かしいので、めぼしいチラシを集めるだけにした。
どのみち完成品の機能は各部品の組み合わせで決まる。その情報だけでもいいだろう、と。
一回り終えて待ち合わせ場所に行ってみると、他の二人が何やら画面を覗いている。
聞くに、「百脳匯」全体で持っているホームページの紹介があったらしい。
しかもそこには各店の相場情報が.....じゃ今までの苦労(?)は無駄足だった訳?
ともあれ時間が正午を回ったので昼食。近くの美食林なるところに行ってみる。
何を食べようとも思い付かずにいる時バイキング専門店らしきところの広告が目についた。
一人は小食らしいので申し訳なかったが、他三人の同意(だと思う)でそこに決定。
流石に和食はなかったが、西洋風と中華風の料理からデザートまで内容は盛りだくさん。
当たり外れはあったものの、これに妖しいダンスの披露もあって一人四十八元は高いか安いか。
主任の先生に事情を話し、どうしたらいいか聞いてみることにした。
先生は少し考えた後、事前試験が要るかどうかと尋ねてきた。当然いらんわ。
いいです、と答えると彼女は確かに「学生課にお行き」と言った。
何でも明日から年末休業になるので今日のうち行っておいた方がいいそうである。
果して学生課に行ってみると、先生は電話中の様子。かつ用件を聞いてくる。
いいのかと疑いつつ退学手続をどうすればいいのかと問うや、向って右を指差した。?
受話器を置くなり一言、「教務課で聞きなさい」。あれ?話が違うぞ??
やむなく教務課へ行き、試験は要らないから退学手続をさせてくれと言ってみる。
それじゃあ簡単だとばかり、おねえちゃんは班名だけ聞いて何やら書類を持ってきた。
必要事項を書き込んで出せと言うのでその場で書きだすと、「書いてから持って来い」。
これだから教務課のおねえちゃんはタチ悪いって評判になるんだよ。
書くのは本国での住所、学籍番号、専攻に申請理由ぐらいのものだった。
ちゃっちゃと書いていたら五分とかからなかった。部屋と教務課の往復より短い(怒)。
見せるや、おねえちゃん眼鏡をちょっと動かして一言。「後で学生課ね」。???
何だかチェックに時間がかかると思いきや、我が老師@大阪からのメールが届いていた。
やっと卒論の提出期限と口頭試問の日程が決まったとの連絡である。
ついては公式の仕様書に基づいて論文を改訂するようにと重い"おまけ"が付いていたのだ。
年末に書き直しても間に合うので、論文そのものには大して問題ないようだった。
問題は提出の日程。一月十八日、本人が提出.....それまでに帰るようにとのこと。
折りもおり、当学院の期末試験初日である。もうちょっとで結業なのに、退学!
まぁ中間試験がつまらなかっただけ、受けずに帰る口実ができたと思うしかないか。
ついに問題のテストの日がやってきた。日本とは違い、朝九時から開始である。
受験票とパスポート(何故か必須)、筆記具以外は持ち込めない。持ち込むとその辺に放られる。
二十分ほど前に受験番号と試験会場の照合を受け、席についてヘッドホンの品質を確かめた。
聴き取り問題はただでさえ最大の難所なので、機材のせいで苦労させられては堪らない。
あれよあれよという間に時間は過ぎてしまい、気がついたら終わっていた。
日本で六月にもらったのが初等C級だから、せめて中等C級ぐらいは欲しいところ。
目標は中等A級だったのだが、はてさてどこまでいったことやら.....。
実は漢語水平考試があるのは明日の朝からである。でも勉強する気になれない。
実力テストの為に試験勉強をするなんて、そもそも主義に合わないのだ。
それに今週はどうせ頭が働いていないので勉強しようにも何も覚えられそうにない。
いつもの通り学校の勉強と「互相」だけは済ませたが、もう何もしたくなくなった。
テストを受ける人達は当然かまってくれないので、もう受ける必要のない人の所へ遊びに行く。
既に最高レベルのお墨付を国家教育委員会からもらってしまっている人は暇なのである。
遊ぶといってもひたすら喋っているだけなのだが、話題の広い人なので全く退屈しない。
街に行きたいと冗談半分で言うと、意外にもすんなりつきあってくれることになった。
上海書城で篆刻用の石を買いに行きたかったのだが、出不精なせいかずっと機を逸していた。
ついでにその向いの外文書店でタロットがあるかないか探そうという目論見である。
先に外文書店へ行ったが、カードは見当らないようだった。ことのついで参考書を見る。
帰国後の勉強に使うため口語の本とテープを選び、語法の本もおすすめのものとやらを買った。
テストが目前だというのに来年の心配をしているとは我ながら悠長なものである。
書城で石を買うのに時間は余り要らなかった。迷わず安い物だけを見ていたからである。
日本の友達とこっちの友達と両方に一つずつハンコを作ってあげることにした。
帰りの道は予想に反して混んでいた。タクシーより徒歩の方が早いのではというほどの渋滞。
上海では「低速料金」なる料金の加算制度があるので渋滞はことのほか神経に障る。
行きの車代を既に出してもらっているので、帰りの分は私が払った。
しかし肯徳基(けんたっきぃ)についていってまんまと一食おごってもらってしまう。
悪いなぁと思うべきなのか、素直に喜んでいいものか.....。
何もなし。平和に過す。
未明四時頃まで人様のパソコンをいじって過ごしていたため、ばちがあたった。
仮眠を取って授業に出たはいいものの、目が碌に見えない。しかも足までふらつく始末。
集中力の限界を感じ、こんな状態で授業に出るのも悪いと思ったので午前中で早退した。
元々が異常なほどに早寝早起きの習慣である私に夜更しは相当な毒であるらしい。
昼食を摂ってすぐ床に就いたら、目が覚めた時には既に五時を回っていた。
この学校でパソコンを持っている人達のグループがあるから行かないか、と誘われた。
何でも上海には日本人のための生活情報が余り出回っていないので先鞭をつけようとの話。
そう大人数での活動でもないと聞き、とりあえず会合に顔を出してみることにした。
会場は近所の料理屋。お昼を食べつつ自己紹介やら活動概要やらの話をしようという。
私に声をかけた某新聞社の記者さん以外は二十歳前後の学生ばかりだった。
初めて顔を出す面々のために以前の議事録が配られ、しばらく説明が入る。
ぽつぽつと人数が増え、十人は越えただろうか。ついに自己紹介の時間になった。
ホームページの作成歴が有るのは私を入れて三人。パソコンを持っていない人すらいる。
少なくとも一人は知っている話なので先週末のことを言うと、一同から歎声?
何故か中身の詳しいことは私に聞くべし、といったような話になってしまった。
そして回ってきたのは「技術サポート担当」などという仰々しい肩書。
やばいぞ、ここのみんな私を誤解してるってば!
自分の愛機すら碌に管理できないのに人のものなんて、と起きた時は気が重かった。
しかし運よく製品版のマニュアルを持っている人がつかまってくれて、愛機は午後に復活。
ドライバの詰め直しと「互相学習」を経て、そろそろ約束の時間ということになった。
外部の人間が学院の敷地に入るには門の隣で登記が必要なので、本来の待ち合せは正門である。
しかし会客室が余りにも人でごった返していたため、私は先日の彼の部屋にお邪魔した。
どこにパソコンを置くつもりでいるのか予め見ておきたい気もあったからである。
日曜の話では、業者は四時半に現れるはずだった(私の語学力ではそう聞こえた)。
しかし電話があったのは五時。しかも今まだ店にいるという。じゃ更に数十分?
平日の五時台では町中が混んでいるはずなので、一時間ぐらいかかるかもしれない。
部屋に戻っていてもいいと云われたが、どうせ他にすることはないのでその場に残っていた。
そして喋りつつ待つことげに八十分、お呼び出し放送が入る。「客人あり、急げ」
客はこっちだろっての(笑)。ともあれ業者に登記手続を促さねばならないので急行。
納品に来たのは先週いたお兄ちゃん二人である。一応それなりの技術はあるらしい。
ちゃっちゃと部屋に運び込んで据え付けから電源の確保まで終えると、二人は私を振り返った。
先日の経緯で、私にしか話が通じないと思っているらしい。そそくさと概要を説明する。
私は買い手の要求を商品が満たしているか確かめねばならないので話は聞き流して電源を入れた。
日本語版95、起動できる。WORD、見たところ問題なし。じゃインターネットは?
ここでひっかかった。ダイヤラーが起動できない。中文版との競合がおきているようだ。
とりあえず「接続できてないみたいだけど、どうしてくれるのよ」と文句だけつける。
二人はしばらく上海語でぼそぼそ言ったのち、中文版の接続環境をいじりだした。
私にも何か云ってくるのだが、訛りがきつくて今いちよく聞き取れない。
しかしやっていることは理に適っているので買い手の心配を余所にしばらく傍観した。
で、ともあれ接続そのものの問題は解決。しかしモジュール不足とやらでIEが機能しない。
「足りないファイルがある!どうしてくれるのさ」私はこればっかり(笑)。
店側は「正式版じゃないから仕方ないんだ、サイトは中文版で見てくれ」との返答。
おいおい、それじゃメールとサイト閲覧は排他使用だっての?
しばらく考えた挙句、まぁ後から解決できる問題だと判断。「じゃ、もういいわ」
正式版の持主からファイルを移入すれば多分どうにかなるだろうから議論しても無駄だろう。
後は私が何とかします、なんてかっこいいことを買い手に言ったぐらいにして任務終了。
さ、問題はこれからぢゃ(笑)。
色々と考えるところあって愛機をいじっていたら、無意識に何かを消してしまった。
気づいてみると、「プログラム開始エラー」だけで何も使えなくなってしまっているではないか!
しかも消したファイルが何なのかも訴えてくれないので、最終手段に出るしかない。
まさかこの異郷でまでシステムの再セットアップが要るだなんて思いも寄らなかった。
本体にバックアップファイルが残っていたから何とか作業は順調に進んだものの、
最後の最後に来て落し穴。再起動直後に入れるべきWINDOWSの製品番号がない!
流石にそんなものまでは控えていないので、万事休す窮状に陥ってしまった。
折りも折り、実家の母がメールチェックする時間である。
何も連絡がなければ心配するだろうしと、思い切って初の国際電話(苦笑)。
しばらくメールが書けないことを伝え、いちかばちか製品版の番号を探してもらう。
あいにく肝心のマニュアルに限って大阪に運んでしまったらしく、ないとの返事。
どうすりゃいいのさ(泣)。
毎週の通り「互相学習」を終え、ふと昨日のことを思い出した。
折角モデムがあってもアカウントがなかったらインターネットはできないではないか。
私もついでに従量制の契約をしてもいいやと思い、昨日の彼に電話してみる。
どうせ登録には三日ほどかかるのだから、今からでも早くはないだろうと提案。
そういえばそんなことも聞いていたとばかり、割とすぐ出かけることになった。
知りあいが一人チラシを持っていたので覚えていたプロバイダの代理店は印刷屋である。
店は小さく、副業で大手一社の窓口業務だけ請け負っているような感じだった。
契約には四種類ある。年定額、月定額、月極従量制、完全従量制の全てが登録料は百元。
私はどのみち向う一月程度しか滞在しないので月極従量制を申し込むことにした。
一ヶ月に二十五時間まで接続できて月会費が百元というものである。
完全従量制は鬱陶しいし定額で使うほどはまりそうにもないということで、彼も同じものにする。
ともあれ二百元ずつ払い、領収書に連絡先電話番号を書いてもらう。
費用の納入もここで扱っているとのことで便利そうだった。開通は水曜日の予定。
昨日の買物で助かったから、と望外にも夕飯をおごってもらえることになった。
遠慮すればいいものを、厚かましくものこのことついて行く。
時間が半端だったので何気にマクドナルドで一服。でも二時間ほどいたような気がする。
よくもまあ色々と喋っていたが、ほとんどパソコンとは関係のない話題ばかりだった。
一方的に底の浅い知識をひけらかすより気分もよかったのでよしとする。
日本料理屋で好きなものをとっていいと云われたので「経済定食」を注文した。
関西の方はご存知だろうが、おそばにかやくご飯がついている例のあれである。
味も良かったし店員の態度も良かった(普通ここでは期待できない)。満足。
午後、パソコンを買いたいという知りあいのお供で電脳城とやらに足を運ぶ。
私は足代の責任がないからいいようなものの、タクシーで三十分以上かかるという遠出だった。
そして、林立する百貨店の隣に「電脳城」なるこれまた似たようなものが二軒。
買う本人、その友人、通訳(?)の中国人、そして私の一行四人はとりあえず手前の建物へ。
通訳に来てくれた女の子は自分でも持っているらしく、おすすめのメーカーを教えてくれた。
とりあえず国産では一番の有名どころで、値段はピンキリ揃っているとのこと。
但し、余り詳しくはないので中身には干渉しないという。交渉だけしてくれるらしい。
つまり私にお鉢が回ってきてしまった。要求すべき条件を次々に列挙せねばならない。
ああだこうだと言っているうち、店員さんが上海語バリバリで話しかけてきた。
彼女に訳してもらうと、難しいことは隣の建物にある支店で聞けとのこと。迷わず移動。
先に行った店が見るからに「パソコン屋」だったのに対し、隣の支店は「部品屋」だった。
中ではマニアがかったお兄ちゃん数人がボードの取りつけ作業らしきことをしている。
既に詰めてあった条件で彼女に声をかけてもらうと、彼等は意外に流暢な標準語で答えてきた。
但し用語がやたら入っているので彼女にも解釈の仕様がないという。
#中国人はいくら日本語ができてもカタカナ語には弱いのがお約束である。
私は書いてさえあれば用語も判るので、やむなく矢面に立った。標準仕様を書いてもらう。
当然ながら、用語も全て漢字である。しかも仮名用法ではなく意訳ばかりなので少々ややこしい。
他の三人が理解しない以上、機能の取捨選択が私の一存において決まってしまう?!
最初の条件は日本語WINDOWS95・WORDが入っていること、かつ中国語入力ソフトがあることだった。
それにモデム類もつけてもらい、できるだけ安く抑えるのが私の使命である。
日本語WIN95は正式版が手に入らないとのことなので、同時に中国語版も入れてもらうことになった。
中国語入力は中文版WORDがあるからいいとして、では費用をどこで抑えるべきか。
買う本人が論文とインターネット少々さえできればいいと言うので、まず型落ちのCPUを選ぶ。
どのみち私のノートを上回る性能になるぐらいでいいのなら、最新型の必要はない。
オプションは内臓モデム以外ほぼ完全に削り倒した。サウンドカードすら抜く。
技術屋のお兄ちゃん達の後ろからお店の偉そうな人も出て来て、苦笑まじりの商談になった。
店「そんなに削ったらつまんないよ?」私「いいんです。無欲ですから」店「......」
流石に海賊版のソフトを店頭には置いておけないのか、組込は工場で行うという。
土日は工場が休みなので更に一日かかって火曜に納品ということになった。
ちゃんと動作することを確認してからしか買えないと当人が言うと、お兄ちゃん困った顔。
運ぶからには納品して代金を得るのだと主張して引っ込まない。しかし買物は高い。
結局、納品の時に試運転してまずいところは即座に直すということで商談は成立した。
しかし当人は機能の説明を聞いても解る自信がないそうなので、私もつきあうことになる。
立会人だなんてエラソーだな、私.....そして火曜に続く、はずである。
今日は何だかよくわからないが「全班活動」の日だったらしい。
担任のおねえちゃん先生が無性に早口でしか説明しなかったので内容は不明。
しかしどうやら午前十時から全員でどこかに出かけることは決定のようである。
八時から二時間の授業はいつも通りだというのに、出席者が少なかった。
動物園に行きたいと言いだした女の子達すら現れていないなんて、何なんだ?
人数が少ないから茶館(中国式の茶道が楽しめる喫茶店)に目的地変更するだしないだ、
話がにわかにややこしくなってきた。行く気が全くおきない。
何故なら、できることなら授業中すら見たくない印尼人がいる活動なんて厭である。
国際交流なんて中国人とだけできればいいのぢゃあ!
了見が狭いといわれようが大人げがないと嘆かれようが関係なし。
授業に出るマナーすらわきまえない連中と誰が茶なんか飲むってんだ!
.....などということを先生に説明して説得してしまった私。
当然おさぼりも堂々たるものである。何だかちょっと先生に悪いけど。
だいぶ前の約束で三国志すごろくを作ろうと云っていたのだが、時が経ちすぎた。
どうせだったら今までの思い出を色々もりこもうということで思い出すごろくに変更。
旅行中のまずかった飲物から先生がしょっちゅう着ている服の柄まで、実にめちゃくちゃ。
見る間に支離滅裂以外の何者でもない絵や字の羅列ができてしまった。
半分を私が書いて半分は師匠におまかせ。題字「抗洪精神」は私が担当した。
本来この言葉は「洪水に負けない心を持とう」という災害復興の合言葉である。
しかしここでの意味は不謹慎にも全く違い、「洪宇宙に抗って元気だ」だったりする。
注):精神という中国語には「元気がいい」という意味も有る。
そしてこれこそ我々のマニアの行きつく先だろう、実は三国志ねたなのだ。
美男子で名高い"周瑜"を演じる俳優は、当然いい男でなければならない。
ところが中央電視台の大河ドラマ「三国演義」で起用されている俳優ときたら.....!
その名は洪宇宙、首から下のスタイルは格好いいが顔はおくびにも美しいとは云えない。
しかも頭がでかいので鎧を着けると立姿すらさまにならない!
これに抗わずして何とすべし、ということで「抗洪精神」。
寒さで目が覚めるほど、今朝はよく冷えていた。指がしばらく動かない。
例の「暖気」は六時から稼動するのだが、御利益に預かれるのは七時以降である。
何気なくTVをつけて納得。零度もないんじゃ寒くて当然か。
日本人はセーターにコート、欧米系はトレーナーにダウンジャケットが多かった。
教室は暖気が効いていたので授業中は上着を脱ぐ学生とそうでないのが半々。
でも休み時間になると愛煙家は廊下に出る為いちいち上着を着直していた。
だというのに先生、三人とも薄着。誰も我々ほど重ね着をしていない。
コートを着ていたのは若いおねえちゃん先生だけだった。じゃ、まさかただのおしゃれ?
暖気の吹き出し口が窓際にあるので外を見ながら指先をあぶっていると、更に驚き。
いつも焼芋屋あたりが来ているあたりに何故か盆栽屋らしき地元住民の姿がある。
植木職人らしい格好といえばそれまでだが、ただの作業着だけで何で平気なんだ?!
買ってどうするのか交渉している白人学生と見比べる。彼の何倍ぬくいんだろう。
昨日は部屋に帰ってすぐ寝たのに、眠気がとれてくれていないので朝から参った。
授業も半分ふにゃふにゃ、互相学習もレンズが濁って字が碌に読めずはかどらない。
用を済ませて戻るなり、倒れるように寝込んでしまった。夢すら見ず爆睡。
師匠からの電話で起きてみると、外は既に暗かった。もう学食もやっていない。
やっちまったなぁとは思いつつ、しかし食欲が湧かないので悔しくもない。異常である。
ここにいては食べることぐらいしか楽しみのない私が全く無気力になっている。
不健全な生活のせいだか気疲れの症状かなどと話しているうち寒気すらしてきた。
話題が愚痴に移ってから判明。心身症に間違いない。起きて布団から出ても寒くないのだ。
だったらさっきのあの悪寒は.....ストレスと一緒になくなってしまったのだろう。
それにしても随分と毒を吐いてしまった。それで楽になったということは、一種の自家中毒?
それでも食欲がわかないあたり、すぐには回復できないのかもしれない。
昨日まで消息を絶って何をしていたかというと、実は朝帰りだった。
とはいえ先日の商社マンのお部屋に大学生連中と行ってひたすら喋っていただけだが。
何もしていなかったとは言え夜通し起きていたのは久々なので何だかだるい。
正門をくぐったのは六時半ちょっと前だった。とりあえず朝風呂と仮眠だけする。
そして我が師匠とその商社マンは何故か仲がよくない。理由はちょっと解釈が難しい。
一つ云えることは、私が商社マンと一緒にいると師匠の機嫌が悪くなるという事実のみである。
解っていて今日それを実験してしまった。当然むちゃくちゃ怒られる。
やむなく釈明がてら師匠の同行を得て再び商社マン宅へ。何故か歓待される。
とりあえず二人は私を仲介(だし?)にして適当に普通の会話を交わせていた。
そして黙々と人様のアイスを貪る私。何やってんだろ。
今朝ニュースを見てびっくり。いきなり最高気温が昨日より五度も低くなっている。
ついに二度目の、そして本物の寒波が到来してしまったようである。
まだコートは出したくないのでセーターを重ね着して登校。でも十分に寒い。
授業が終わって帰ってみると、寮の中がほんわかと暖かい。少し安心する。
ふと向いの四号楼を見ると蒸気が吹き上がっているので、暖房が稼動していると知った。
問題は水圧の低い五階の我が部屋までお湯が届いているかである。
二階、三階と踊場の暖気には全て手をかざしてみたが、問題はなさそうだった。
そして、我が部屋。やっとお湯が流れ始めたところなのか、暖気が余りない。
嫌な予感も覚えつつお茶用の熱湯を汲みに四階と往復するうち、何とか温くなってきた。
アルマイトの管をひたすらお湯が流れて循環するという「集中暖気」。健気なものだ。
作動中にはずっと水流の音がすることは言うまでもない。
-以降この週は消息不明-
朝イチの授業に出ていると、妙に冷えるせいかお茶が多かったせいか厠に行きたくなった。
私は滅多に公共の厠を利用しないので、席を立つと師匠に珍しがられた。
自室が洋式トイレ付きであるため、敢えて教室を出て厠に立つ必要がないのだ。
そして、何ということなく「女厠所」と書かれたところに入ってみると.....。
これぞまさしく、音に聞く中国の厠だ!まさか現存しているとは思いもよらず驚く。
個室がいくつかあって、仕切と各室の扉が一応あるというところまでは普通。
第一の問題は扉。大きさというか高さが一mほどしかない。つまり顔が外から見える。
そしてカンヌキ式の鍵は新しくつけたものらしいが壊れているのか使えない。
他に人が居ないようなので意を決して個室の一つに入る。
第二の問題は厠そのもの。便器というものが存在していると言い難い。
床一面がタイル張りで、一部が低くなっているだけ。溝と云うべきだろうか。
そして溝は各個室を貫通して一本になっているらしい。汚水はどこへ.....?
今回で「女厠所」については判ったが、「男厠所」はどうなっているんだろう.....。
設備を見てみたい気はするが入る勇気はない。
