翻訳: 2010年4月アーカイブ
昔、「お客さんが文句を言ってきたら感謝しなさい」とどこかで教わった記憶がある。
いわく、「本当に製品を嫌いな人なら何も文句は言わずに二度と来ないから」。
いつ誰が教えてくれた話なのかも思い出せないが、「製品」は「サービス」でも「店」でもいいだろう。
そして、そのどれでもない「態度」も該当するのだと思った次第。
翻訳会社の人から私にかかってきた電話なので、サービスの提供者はむしろ私なのだが。
もう二度と利用しない/させない、と心に決めてしまった。
恐らく相手に悪気はなく、ただ音声が聞き取りにくかっただけなのだろうとは思う。
それにしてもあの言い方はない。
電話の前に渡されていた原稿も誤記だらけ。
#客先支給原稿ではなく、翻訳会社側が画像を文字に書き起こしたもの
原稿の件は納品時に指摘しようかと思っていたが、そうする気も一挙に失せた。
電話か原稿か一方の問題であったら受け流していたかもしれない。
だが問題は両方とも、半日以内に起きた。
要はこの人(会社)、翻訳者のことを考えてくれていないのだ。と思ってしまったのだ。
甘えた考えかもしれないが、翻訳者の方を全く向いてくれない会社とはつきあいたくない。
せめて報酬が他社より高いならいざ知らず...
副業の方が元データ待ちで手空きだったところに中文和訳校正の打診。
断るのも面倒だ、ぐらいの気持ちで引き受けた。
分野は経済。ある会社の株主向け四半期報なので、よく出る単語や言い回しは頭にある。
原文を印刷している間に訳文を一瞥したところ、早速おかしな箇所を発見。
たいてい序盤で間違いの見つかる訳文は、全体的に品質が悪い。
「辞書は引きました」と言いたげなぐらい、経済用語そのものには問題がない。
ただ、文書の用途と言い回しが合っていない箇所や、純粋に日本語としておかしい箇所が多かった。
刷り上がった原文と比較してみると、固有名詞に間違いを発見。
単語区切りを間違えたのかもしれない。
「~建設会社との契約」が、「~会社と建設する契約」になっていた。
直感的におかしいと思い百度で検索してみたところ、図星だった。
ちょっと検索するだけで分かるところなのに、経験不足なのか不注意なのか。
先日トライアルで不合格にした訳文の方がよほどよくできていた。
別会社の案件だったのでどうすることもできないが、とても皮肉に感じる。
優秀なのに惜しいところで登録翻訳者になれなかった人と、雑なのになれてしまった人。
あるいは自身も後者なのかもしれないが、どうも後味が悪い仕事だった。
これまで引き受けた仕事の中で最も難易度が高いと感じたのは料理名の翻訳である。
中国の料理名も日本でのそれと同じように、お店の造語だったりしてその文字列から意味が拾えなかったりする。
まあ造語だと分からないのはともかく、全く一般的な名前でもいざ考えると分からないものだ。
例えば有名な中華料理「八宝菜」をおなじみの翻訳エンジンが知っているのか試してみた。
「八宝菜」を日英翻訳
Google:Eight Treasure Vegetables←漢字を一個ずつ訳しましたね。分かります。
Excite:Eight [takarasai]←途中で放棄?
Yahoo:A Chinese dish containing eight kinds of ingredients←正しい説明文。だが文。
ついでに「八宝菜」を中英翻訳すると
Google:Eight dishes←文脈によっては正しそうな気もするが、よほどの低頻度。
ナンダコノチガイハ。
当てにならないことは一目瞭然といったところか。
Web機械翻訳が対応していないとなると、ひたすら検索するしかない。
受注頻度を考えると料理専門辞書を買うのも合理的ではないし......いっそ断るしかないのか?
先日の西日本セミナーとその後の懇親会で話題になっていたのが中国勢の脅威。
・日本語を学ぶ中国人の熱気が凄まじい
・なかなか流暢な日本語を使いこなす中国人も相当数いる
・企業によっては中国語+英日トライリンガルしか採用しないほど
・とにかく安くて優秀な人材が集まる@大連
.....と続いて、「日本人翻訳者の仕事は奪われてしまうのでは?」という話で盛り上がった。
要求品質と料金のバランスによっては十分ありえる話だ。
が、同じ「バランスの問題」で日本人翻訳者の需要もあり続けるだろうと私は思っている。
現に中国語訳のクロスチェック(日本人から見た妥当性の確認)依頼が来るからだ。
日中翻訳は中国人のほうが高品質になるのは当然だろうが、
それでも日本人(日本語ネイティブ)にしか認識しがたい誤訳が発生する。
・日本語には欧米言語のような「分かち書き」がないため、単語の区切りが明示されていない。
→かな部分の単語区切りの誤解による誤訳
・固有名詞の訳出が不自然になる。
→ビル名や商品名などの造語はその語句だけを訳すと死んでしまう。
→→由来や命名意図が考慮されない訳語になる。
いずれも程度問題と言ってしまえばそれまでだし、そういう誤訳をしない人も存在しうる。
中文和訳となると更に「見た目の自然さ」という難関がそびえてはいるが、
本当に「バランスの問題」だけで我々(私だけ?)が生かされているような気がしてならない。
