時は来た。さよなら上海。

あっけなく最後の日は訪れてしまった。いつもと何も変らない朝。
何も変らないのに、私の荷物だけが片付いている。閑散とした我が部屋。
身繕いを終えて荷物を引きずり出し、出入口の用務員さんに一応ごあいさつ。
部屋の設備を点検するから一緒に来いと言われたので、荷物は預けて引返した。
設備が壊れていないのを見るや、布団を室外に出せという。そういえば来た時はなかった。
いよいよ部屋から私の気配がなくなった所で「よし、終わり」。
正門の脇の用務員さんに鍵を返すと、保証金の五百元が返ってきた。
まだちょっとだけ時間があるので、荷物をそこに預けて片時だけ名残を惜しむ。
どうしても心残りがあったので、迷惑を承知でさる人を訪ねた。
無理を言って起きてもらい、一枚だけ一緒に写真を撮ってもらう。
それ以上は何も言う訳にも行かなかったので、ぼちぼち出発することにした。
高架路の入口が少し混んだものの、空港には一時間とかからず着いてしまった。
国際便なのにまだ搭乗手続きさえ始まっていない。何だか勿体無いことをした気分。
今更うじうじしても仕方ないので、とっとと空港税を払って入ってしまった。
農林局で言われた通り、ここの税関は何も見せろと言ってこなかったので素通り。
出国カードとやらを書いて出し、増えた荷物の手回り品料金を払う。
残った人民元を日本円に換えてもらい、暇に任せて待合室の辺りをうろついた。
もう来る機会がないやもしれぬ上海虹橋国際空港なんだから、見てやろうじゃないの。
じき上海浦東国際空港なるものができてしまうので、上海に来るとしてここに来るとは限らない。
確かにヤな思い出もある空港ではあっても、見納めと思うと目が変ってしまう。
なけなしの元で教科書を一冊とカップアイスを一つ買い、呆然と搭乗を待つ。
偶然うちの大学に留学している中国人と出会ってしまい、嬉しいやら悔しいやら。
私の乗る便が北京発上海経由だから一度ここで下ろされたのだそうである。
しばし喋っているうちに、呼び出しが入った。早々と並ぶ。もう振り向かない。
離陸までの滑走時間すら短く感じられた。すごい勢いで眼下の上海が遠のいていく。
走馬灯のようにとはよく言ったもので、色々な記憶が浮んでは消え、また出てきた。
日本の領空に入った所で腕時計を日本時間に戻す。さよなら上海。
これにて私の「異郷日記」は終わりです。おつきあいありがとうございました。

最後の授業。でも感慨も何もなし。

色々なことがありすぎて混乱気味のところで授業も最後の二回とあいなった。
先生達はドライに試験対策を少々と普通の授業をやっただけ。慣れてはるわ。
かく言う私も何を感じ取った訳ではない。気がついたら二科目とも終っていた感じ。
ただ試験日程を詰めている時そこに参加できない自分がちょっと淋しかっただけ。
午後になっても安穏と感傷に浸っている暇はない。退去手続が済んでいないのだ。
財務室で来週分の家賃を返金してもらうには、一度また別の部署に行かねばならない。
帰国便の時間やら出発の予定やらあれこれ喋らされてそれだけでも疲れた。
また部屋で荷物のつめ直しやら掃除やらをしているところに電話があった。
用件がすんで「晩飯は?」と聞かれ、ふと気づいてみると日が沈んでいる。
忘れてた、とそのまま答えたら、一緒にどうかと誘ってくれた。着いていく。
私の他に二人いたので、寒いこともあり鍋をとることになった。
お品書きには書いてあるのだが三~四人分あるとのことで見たこともなかったのだ。
いわゆる鍋物は「火鍋」というらしく、文字どおりコンロの火にかけながら出してくれる。
つなぎがてら野菜天をとり、ビールを少し飲みながら牛肉鍋の登場を待つ。
山の幸のおでん?つくね状の牛肉にきのこが二種類と野菜が二種類。
薄味ながら結構だしが効いていてよく暖まれた。満足。
もう帰っちゃうんだね、と言われても何故か未だに実感がない。
何で私だけここから消えてしまうんだろう?という疑問が頭を回り続ける。
みんなみんなここにいるのに、何で私だけここにいられないの?

私の歓送会?中国で初めて北京ダックを食べる。

本当は大学グッズも買いたかったのだが、寒さの余りまっすぐ部屋に戻る。
旅行の始末やら退去の準備やらをしているところに電話が入った。
待ち合せは会客室(みんなは小売部と呼んでいるが)で五時半。
何人か集まって北京ダックを食べに行こうという算段があったのだ。
来たのは顔見知りの男の子が五人とこれまた知っている中国人の女の子が一人。
大人数なので「北京飯店」への移動にはタクシー二台に分乗とあいなった。
夜ということもあり道がどうだったのかは全く判らない。でも遠かった気はする。
足代は出してもらえたので実は余り考えなかったのだが(苦笑)。
二台ほぼ一緒に出たはずなのに、何故か我々だけが早く着いたらしい。
予約してあるという二階席の一角に陣取り、まずお茶をすする。
注文は来た経験のある人がやってくれてしまったのでよく覚えていない。
残りの三人が来たか否かのうちに、早速あひる登場。つやつやで実に旨そう。
とりあえずグラスを合わせ、経験者の実演を見てから食べ始めた。
厚切りなのか肉部分もかなりついていて食べ応えがある。意外にあっさり味だった。
味噌だれや葱と一緒に胡瓜も包んで食べるせいかもしれない。
この甘さがいいんだろうに、韓国の子はやはり唐辛子をいっぱいに振って食べていた。
他に注文してあった料理は辛い豆腐もの一つと魚の甘酢あんかけ。
実はどちらも苦手なので、一人ひたすらあひるを食す。飽きもしなかった。
たれを包まずに食べると味がないので少しびっくり。飴色なのは色だけ?
総額二百八十元のところ、一人が気前良く二百元あまり出してくれた。
二人分とのことで、残り五人は各人二十五元の清算でいいという。
そんなことしてくれちゃって、懐から風邪ひきゃしないんだろうか。

旅の疲れを癒す間もなく再び農林局へ。

朝っぱらから学校中の事務所をあちこち回っていて疲れはむしろ倍加している。
でも農林局には今日を逃すと行っている暇がないので午後イチで出かけることに。
歩きとバス二本を足すとやはり二時間はかかってしまう。荷物を抱えての長旅だ。
前回も何やら工事はしていたのだが、農林局本体がなくなっていたのにはやはり驚く。
でも問題の「野生動物保護処」はプレハブのせいかちゃんと残っていた。
がんがん焚かれたストーブで室内は暑い。おばさん達はお茶を飲んでいた。
今回は日本語のできる人が来ていなかったらしく、みんな中国語のまんま。
でも気を遣ってくれているのか、ゆっくりと喋ってくれたので手続に支障はなかった。
時々「弾いてみせてよ」と言われたが、来て半年だからまだ無理だというと苦笑された。
それでも半年ぐらいでここまで喋れれば偉い方だとかなんだとか機嫌を取ってくれる。
そして書類の手続費なんと二百元なり。なかなかな大金だが、大丈夫なんだろか。
曰く、中国側は何も見ないから日本で税関に何か聞かれたら出すように。
おいおい、日本はそもそも持込み禁止なのに堂々とひけらかしてどうするのってば!
書面によるとシールで封印されたもののみ持ち出しが許されたことになっている。
でも中国側の税関が見ないんだったら持ち出しの許可なんて要らないんじゃ…..?
ってことは何だ、私の授業を休んでまで来た足労と二百元は全くの無駄?
しかも「持ち出し許可」はあっても「持込み許可」がないんじゃねぇ…..。

上海市内の名所「玉仏寺」見物。笑える。

明日も旅行なのだが市内見物もしておきたいと思い、午後から出かけた。
押し合いで内出血しそうなほど混んだバスを乗り継いで一時間半。
ビルマ伝来とかいう白玉製の仏像で有名な「玉仏寺」は幹線道路沿いにあった。
線香をいらんほど束ねて売っている婆さんに「一把一塊、ありゃんと」と言われる。
一見で日本人と判ったから「ありがとう」と言いたかったらしい。でも買わず。
こっちの風習に倣って礼拝するだけの知識がないから避けて通ってしまった。
白玉製の涅槃像は艶めかしい光沢があり、隣の人が「女か、これ」と言っていた。
言われてみると確かに、仏様にしておくのが惜しいほど色っぽい。腰が(笑)。
そのお堂の向いが売店になっている辺り何とも中国らしいと言おうか、上海だなぁと云おうか。
ホログラム光輪つきのブラックライト阿弥陀座像(しかも二体一組)には笑うしかなかった。
本堂らしき所には妙に肉桂のつんつんした阿弥陀座像がやはり二体ましましていた。
信者が座布団に額をすりすりしながら憑かれたように何度も何度も拝んでいる。
真摯な姿を見て馬鹿にする気にはなれないが、でもここの仏様に御利益はないんじゃ…..。
顔が異常に人間(しかも中国人)くさいのだ。極彩色にも関らずまるで神々しくない。
堂内の両脇に陳列された諸神将しかり。しかも頭部がでかいので面白いとしか思えない。
建物もよく見ると面白い。鬼瓦が龍なのはいいが、瓦を咥えてかつ笑っている。
壁にも龍が浮彫りされていたが、これまた笑顔。かつだらしなくとぐろを巻いている。
不思議だったのは何体もある狛犬の全てが石の玉(つつくと動く)を咥えていたこと。
燃え盛る線香の煙でむせそうなので長くはいられなかったが、写真は撮った。

起きられず。授業まる無視で休養。

睡眠時間が圧倒的に不足してしまい、疲れも取れないまま朝になった。
授業に出る準備はしてあるものの、立ち上って三歩と動くことができない。
眠いだけでなく、体もどこか壊れているようだ。頑張って目覚ましだけ止める。
すぐ前後不覚に陥ったかと思ったら、午後まで寝続けてしまったらしい。
よく寝た感覚はあるのだが疲労感がぬぐえないためそのまま残りの授業も無視。
というより出たくても出られない。足がふらついて階段を降りることもできないからだ。
呆然と意義なく時間を過し、やっと回復した頃には夕方になっていた。

昨日の今日で切符と宿を手配。円高と季節外れに感謝!

流石に二人分の往復券を買うほどの現金は持っていなかったので、昨日は予約だけだった。
宿を決めてからでないと路銀が算出できないので三軒だけ候補を提案してみる。
私の一存でいいと言われたが、それは則ち「手配しといで」というお使い指令でもあった。
たまには(最初で最後だろうが)自分で働くのも悪くないので、あっさり承諾する。
だいたいの予算は見えたので少しそれより多めに円を換え、まず切符を買いに向かう。
今年できたユーロ(中国語では”欧元”)とやらのおかげか、嬉しいほどの円高。
裏では一万円が八百元前後という未曾有の美味しい相場である。
更に北京西路の国際旅行社を訪ね、宿が今いくらになるか聞いてみた。
ここの六階には日本語のうまい社員さんがいるので交渉に困ることがないからだ。
ものの本によると、季節によって観光地の宿泊費は大きく変動するという。
しかも、三つ星以上のホテルは旅行社を通して予約する方が個人で頼むより安いらしい。
結果。五つ星「桂林帝苑酒店」一泊が何と四十八ドル!朝食を付けても六十六。
定価は百三十で朝食なし。思わず「本当にここですか?」と聞き返して笑われた。
でも十一月の三つ星より安いなんて驚かずにはいられないのが田舎者である。
ともあれ二重の好運で懐にはかなり余裕ができた。お土産を買い漁るのもいいかもしれない。
ただ心配なのは、オフなだけに漓江下りの船が出ないかもしれないということである。
人出と水嵩の両方が十分であってくれないと…..まぁ週末に出ないことはないと思うが。

瓢箪から独楽。旅行することに。

例の商社マン(十一月参照)は私と同様、今学期いっぱいで当学院を去るらしい。
名残り惜しいやら遊び足りない気がするやらですね、と声をかけてみると旅行の算段があると言う。
冗談半分で一口のせて欲しいと言ったら「そういや君もだな」と旅行の本を出してくれた。
北の西安に行こうか、南の桂林にしようかと乗気な様子。どっちも魅力的なので迷う。
いろいろご馳走になりながら何時間うだうだ考えていただろう。結論は「両方!」
もし私の帰国便を十七日に遅らせることができたら、先に北へ後で南へ行こうということになった。
日程を書きだしてもらい、いける場合と無理な場合を考える。来週が無理なら桂林が優先。
善は急げとばかり航空会社の代理店へ行ってみたが日曜は座席が最早ないとのこと。
話しておいた通り桂林への往復航空券を予約して報告に戻った。
場所が決まった以上は勉強するように、と何冊も本を渡される。面白いが重い。
むこうに着いてからの日程うんぬんを考えるのが私の「宿題」ということになった。
どこに宿を取ってどういう順で回るか。更に「何でも質問には答えられるように」とのお達し。
まぁ学校の勉強じゃないんだから頭がついていけないことはないでせう(笑)。

授業再開。意外に出席率がいい。

たかが十回、されど十回。今日から二週間だけまた授業がある。
いつも月曜は教室が空いているので、ほぼ全員が現れたのを見てやや驚いた。
先生も一言目は「新年好」。気分が新鮮だからまぁいい休み明けなのかなといった感じ。
教科書の本文がなまじ挨拶状なものだからか、まず年越しの話をせよということになった。
旅行に出た人やら国に帰っていた人から、全くの寝正月まで色々なものが出てくる。
が、私を初め日本人学生は開口一番「何もなかった」で顔を伏せてしまう。
「なかった。けど、大晦日だけ…..」と言うと先生、「それだけありゃ十分よ。」
いわく、日本人は自分のことを話すのに遠慮しすぎるんだそうな。遠慮かいなぁ。
で、先生本人が仕事づけで面白くも何ともなかったというのを実は言いたかったらしい。
そりゃ私と大差ない年で徹夜ばっかりしてたら機嫌も悪くなるわな。お疲れさま。

昨日の今日で時計を買う。高いか安いか。

小さい目覚し時計ぐらい道端の屋台で買えばいいかと思い、通りに出る。
しかしどうしたことか、昼間だというのに一軒も屋台が出ていない。今日に限って。
相変わらず埃っぽい街でも彼等がいないと何か物足りない感じがする。
ともあれないと仕方ないので、通りに面したスーパーで目覚ましを物色。
電池が別売りで十四元二角という一番ちゃちなのを買った。動くか少し不安。
どうせ校門前のスーパーにもあるだろうからと思い、電池は探しもせず帰った。
そして朝食用のパンを買うついで校門前のスーパーに行くと、…..ない。
普通のマンガン電池はいくら探しても単一と単二しか置いていなかった。
単三のはというと、デュラセルのアルカリ電池しかも二本組しかない。
そんないいの要らんのに、と思いつつ仕方なく買う。これが十三元。
因みに中国では電池の号数が日本と違う。「単三」は「五号」に相当する。
いざ、充填。もしこの五号電池が単三じゃなかったらどうしよう、どきどき。
もしこの目覚ましが不良品で動かなかったらまた交渉に行かねば、どうしよう。
動かない。電池か?本体か?どっちが悪いんだろう?それとも入れ方がまずいか?
だめもとで悪あがきしてやろうとばかり電池を叩くと、果して秒針が動きだした。
ほっとした。電極がちゃんと着いていないせいらしい…..ということは、また止まる?!