日本翻訳者協会(JAT)主催のセミナー複合イベント、PROJECT Tokyo 2010に参加した。
第一講(9:30-10:30)は、松尾譲治さんの「煙のないところに火を起す」。
前提として
・翻訳会社を介さない直接の取引先があること
・専門分野が確定していること
とあったので、自分が対象外なのは明々白々だったわけだが。
背景は昨今の不況ということで、初めに翻訳者のとれる不況対策を列挙。
・取引先を増やす→需要自体が少ないので即効性は期待できない
・料金の引き下げに応じる→薄利多売になって労働負荷は上がる
・対応分野を広げる→中長期的には有利ながら、やはり即効性はない
上記の手段は、この仕事をしていればほぼ誰でも思いつく処世である。
そうではない一手、需要の開拓をいくつか紹介するというのが本講の主旨だった。
訳文の納品という通常の価値を超え、顧客に利益を提供すること。
翻訳作業そのものの特質から、翻訳者は客先の利益につながる情報を提示できるはず。
と言うのは、
・技術や市場の情報を照会、検索する能力
・他社業務の経験による、競合や業界についての知識
といった言わば翻訳の副産物が、相手によっては貴重な情報になりうるのだ。
市場や競合の情報を提供することで、客先に事業展開の需要が生じうる。
いったんその事業が展開されることになると、情報源として重宝される。
「この件について詳しいこの人に、追加情報の翻訳を頼もうか」
「話の分かっている人に通訳(ないし通信文の翻訳)を任せたい」
「情報を握っている人に、もっと深く(商談の手配など)関わってほしい」
などの需要が喚起できればしめたもの。
当該プロジェクト専任の翻訳者になれるばかりか、そこからもぎ取れる信頼と需要は従来より大きくなるはず。
では、情報提供に至る前段階として、すべきこと、できることは何か。
まずは調べれば分かる事項の予習である。
・業界内における顧客(企業)の立ち位置
・所属業界の動向
・顧客(企業)の組織体制、社内構造
これらを押さえておくだけで、話し相手からかなりの信頼を得られるという。
「事情が分かる第三者」と認識してもらうことが最初の目標となるのだ。
そうすると、社内では言いにくい、下手に口外できない、内々の話を聞けるようになってくる。
愚痴の中に改善できそうな点を見つけたら、低姿勢で改善提案を申し出てみる。
そうしたことを積み重ねていくうち、講師ご本人は二社から「技術顧問」として遇されることになった。
余談として出てきた話に、「社内の組織名は電話で問い合わせてしまえ」という技があった。
ISO認証を取得している会社では、その規定のため組織図が公開用に整備されている。
ホームページなどで組織図まで見られなかった場合、そのISOにかこつけて電話で聞くといいのだそうだ。
固有名詞の英文表記なども、見当を付けて「XYZ Dept.ですか?」などと聞けば「いいえZ of XY Dept.です」といった正解を教えてもらえる。
ついでにそれとなく自分を覚えてもらえる「副作用」を見逃す手はないとのこと。
(インターネットで情報収集していては、こうは行かない)
講師いわく「偽コンサル」で喚起しうる需要は概ね三つ。
・製品関連の規格類+市場情報→説明書、マニュアル類
・技術の理解+業界情報→客先と第三者との提携こもごもに関する通翻
・顧客の内部目標+人脈→第三者の紹介
この「第三者の紹介」が何を指すかというと、人脈があれば、自分にできる以上の仕事も断らず引き受けうるということだ。
例えば自分が得意なのは製造技術なのに、人事のことで相談を受けた場合。
そこまで築いた信頼の上で第三者を紹介しても、客先に角は立たない。
さらに仕事を紹介した先の相手がこちらへ別の仕事を紹介してくれる可能性もある。
講師が「偽コンサル」の業務で重視していることの優先順は、いわゆるリアル>ネットである。
見本市/打ち合わせ/交流の機会>>インターネット
【感想】
ともすると下調べから納品までがインターネットだけで済ませられるのが昨今の翻訳業。
それに慣れてしまって実際に足を運び人と会う機会はなくとも生活が成立してしまう。
ただ、それではせいぜい世間一般の翻訳者として景気に翻弄されるばかりなのも確かだ。
とは言え、外に出るのも億劫だし、人に会うのも怖いのはどうしたものか。
こんばんは。講師の松尾さんとは、某翻訳会社のパーティでお会いしたことがあります。言語明瞭な方で、講座も聞きやすかったのではないでしょうか?松尾さん自身も不況下では厳しいとおっしゃってました。この状況では攻めなければ、生き残っていけないのかも知れませんね。
PROJECT Tokyo 2010の秀逸なまとめ。
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