先週の仕事に客先からツッコミが入った。
「おかしい箇所が多々あります」
せめてどこがだか例示してもらえないと、何をもっておかしいと判断されているかが分からないので手の打ちようがない。
客先担当者と直接やりとりができるならば質問したいところだが、本件は翻訳会社(しかも担当者が外国人)を挟んでいるので黙って対応しなければならない。誤解が誤解を呼ぶ伝言ゲームだけは避けないと。
ツッコミの転送されてきたメールには補足情報もあった。
・日本語原稿(=私の訳文)を元に英語、韓国語に訳すので重要性が高い
・客先は前回の訳文を何故かいたく気に入っている模様
こりゃ大変だ。前回の仕事は新聞記事、今回は会議発表資料の和訳である。
難易度の問題でなく、該当する日本語表現がそもそも違う性質のはず。
前回のあれを気に入っていただけたということで一応そちらも見直したが、かなり意訳したものだった。
では今回も意訳しまくればいいかというと、後の翻訳者が待っているのでそうはいかない。
「日本人でなくても文意を誤解しない表現」でかつ「自然な仕上がり」が要求される。
前者、翻訳をしない人には全く当然の要件に見えるだろうが、実はそうでもない。
日本人は行間を読むことができるし、行間を読めるという前提で内容を削りこまないと自然な日本語文にならないのだ。
しかし「日本語のできる人」は必ずしもそうではない。
翻訳はたいてい、自分の母語へ訳すということになっているので、英訳や韓国語訳は日本人がするのではないはず。
ということで、考えられる限りの行間を埋めて体裁を整えなおし提出することにした。
また、「おかしい箇所」は見た目におかしい表現の部分であろうと推察し、意味が同じ別の文に置き換え。
最後に何度か通読して、自分の頭で判断できる限界までは調整した。
あとは他人が見るしかない。翻訳会社の担当者にその旨を依頼。
人事は尽くしたのだが、いまいちすっきりしない。
翻訳には不合格があるだけで、正解はない。
最終的には見る人の好みのようなところで「品質」が評価されてしまう。
常日頃から心がけているつもりではあるのだが、改めて痛感させられた。