同じネタなのに

JTF西日本セミナーに出てきた。
質問すらせずひたすら聴講。
内容は昨年末に東京の翻訳環境研究会とほぼ同じだった。
でも講師が東京での感想などを加味して幅を広げてくれたので満足。
統計的手法を利用した機械翻訳の概念や歴史が興味深かった。
そんなことができてしまう電算技術の進歩もすごいが、翻訳に利用するという発想もすごい。
前回?と同様、「お先は真っ暗です」といった内容を満面の笑みで並べる講義だったが、
受講者の表情や反応が何故か東京のときより暗かった。
まぁ翻訳という仕事の性質上、何かに食らいついて這い上がるような性格の人はあまりいまいが。
恐らく、受け身で考えるほど「どうしようもない」気分が昂じて暗くなってしまうのだ。
「そっちがそうするならこっちはこうだ」という反撃の気持ちも意外と大事かなと思った次第。

意外な商品性

現住所に転居して以来ずっと同じパーマ屋を利用していたのだが、ふと近場の店に行ってみた。
地場系チェーンの新店舗が近くにできたので覗いてみようかと思っていたのが一つ。
なじみの店で人事異動があり、私を担当してくれていた店長が出て行ってしまったのが一つ。
どうせ違う人に頼むのなら店を変えてもいいか、と思ったのでその検証を試みたのだが。
検証結果は意外なものだった。


近場の店のほうが安く、予約も要らないのだが、元の店の方がいい。
担当者が変わっても、元の店の方がいい。


我ながら不可思議なことに、パーマ自体にはそれなりに満足しているのだ。
元の店(以降Aとする)と近場の店(同B)とでは料金がかなり違う。
料金はA>1.5Bなのだが、決してAが相場より高いわけではない。
Bはチェーン店らしい合理化で安くしているのだそうだ。
店員の人数はどちらも5人前後だが、店の面積はB>2Aぐらい違う。
Bで何が行われているのかというと
1)担当者制をとっていない
2)予約を受け付けていない
3)パーマの薬液浸透中は客を鏡のない中央席へ移動させる
4)所謂カルテがない
いずれもまあ合理的と言えばそれまでで、特に不快感を覚えるものではない。
が、1)と4)の合わせ技で私は「???」となってしまった。
一人の担当者が一人の客につく必要までは感じていないのだが、
複数人数で対応するのに引き継ぎ用紙がなくていいのか?
仕上がりがおかしくはなかったのでそれで事足りていたのだろうとは思うが。
Aにはカルテがあったし、店長だけでなく2~3人が私の趣向を覚えていてくれた。
しかも注文は毎度「おまかせ」で済んだ。
Bはそうはいかない。長さやらロット径(!)やらも自分で伝えないといけなかった。
恐らくBに通うことになってもそれは変わらないだろう。
今になってAの前店長が言っていた「僕らが作るのは商品ですから」を思い出した。
AにはAの商品性、BにはBのそれがあるということにすぎない。
そして私はAが好みだったのだ、と気づかされた次第。

微妙な収入

ここのところ米ドル建て、しかもPayPal払いの収入が多い。
残高がまとまってきたので出金手数料の心配はなくなったものの、円高が悩ましいところ。
せめて米ドルのまま、銀行口座に移せたら運用のしようもあるのに。
誰か米ドル建てかつPayPalの使える通販を教えてくれないかしらん。
中国茶を輸入するにも在庫の置き場が限られているし。
売り物ではなくても輸入して使えるものがあればそれでよいのだが、
そもそも物欲があまりないので買い物の需要がほとんどない。
唯一いくらでも資金を注ぎ込んできた本とて、本棚の容量が……
痛し痒し。

既定の休日がない

この年にもなって自分で遊びにも行けないとは不甲斐ない。
自由業でありながら日程の自由が利かない。
中国の5月連休が4/30~5/4だと聞いたので早速どこか出かけようかと思ったが遅かった。
日本の人々は既に5月連休の行楽を確定してしまっているらしい。
わざわざ混んで高い日に出かけてどうするの、とダンナが言うのも尤もだ。
「そうじゃない選択」ができてこその自由業冥利なのに。
このところ自分を縛っているのは例の朝刊翻訳なのだが、休みが取れない訳ではない。
一日や二日、休んだところで屋台骨が揺らぐようなものでもない。
ただ、確約している仕事をキャンセルしてまで遊びに行くほどの主体性がないのだ。
それで愚痴を連ねているだけでは何も前に進みはしないことぐらい分かっている。
ただ、受け身になってしまっている今の自分を直視するため書いているのもまた事実。
もっと自分から仕事も私事もしなければ、とはよく思っているのだが。
それにしても翻訳の仕事なんてどうやって取ってくればよいのだろう。

イラスト教室に行ってみた その一

思うところあって、イラスト教室に通ってみることにした。
あまり本格的な専門学校ではついていけそうにないので大阪のカルチャースクールを選択。
受講者層が軒並み親より年上なのはともかく、まあまあ気軽に通えそうだ。


持参品はスケッチブック、4B鉛筆、色鉛筆。
最初にしたことはというと、ひたすら「丸を描く」。
注意事項は、「一筆書きにすること」のみ。
たくさん丸を描いて画用紙をいっぱいにしていくという単純作業なのだが意外と難しい。
描き上がるものが円にならないのだ。
何となく引き始めた線を円にするのはほぼ無理だということに途中で気づいた。
初めに「この位置でこの大きさの円を描く」と意識しないと、後からは鉛筆が制御できない。
何とかたくさんになったかと思ったら「描けばいいってもんじゃない、ありすぎだ」とダメ出しされた。
「色を塗って作品にするんだから、空間とレイアウトを考えないと」なんて後から言われても。
その時は少しむっとしたが、徐々に慣れて同情にも似た理解を示せるようになった。
この教室の講師はイラストレーターなのであり、先生ではないのだ。
「思ったことを後から言う」ことの是非は恐らく彼にとって問題ではないのだろう。
文書作法やビジネス関連のあれこれを教える人々ほど教え方ができていなくても仕方ない。
丸の次は四角、四角の次は三角。
練習中に少しずつ聞こえてきたレイアウトの基本(雑談の狭間に少々)を意識しつつ四角を描く。
描き直した丸たちと新しく描いた四角たちに色を塗ったところで声を掛けられた。
見せると案の定、ダメ出し。
まあいい、聞きたいことだけ聞けばモトは取れるだろう。
問題は講義中のものすごい雑談なのだが……

郷に入っては?

近所の商店街は、割と店舗の入れ替わりが頻繁にある。
昭和の空気が色濃く残っているので潰れっぱなしかと思いきや、意外と新しいお店ができるのだ。
お気に入りの八百屋の向かいでは、ケーキ屋が年末に潰れたが春にまたできた。
去年いたほうの店はついぞ利用しなかったが、気が向いたので新しい店を覗いてみると…。
覗くまでもなく、通路(一応公道)にショーケースからレジまで張り出している。
かつて店舗として利用されていた空間には厨房器具がぎっしりで工場のような有様。
いわゆる生ケーキは扱わず、菓子パンとケーキの中間にありそうなドーナツやらデニッシュやらが主力。
そのせいか商品単価が面白いほど低い。前の店の三割程度だ。
しかも店主と思しき男性が気軽に接客している。
土日680円と書かれたロールケーキが目に入ったので「これって週末だけこの値段なのかしら」と呟くと「あ、それ当面はその値段ですよ」とすかさず返事。
曰く1000個ぐらい売れてから「本来の値段」にするのだそうだ。
そんなことを軽く話してくれる気さくさが、商店街の空気とよくなじんでいる。
「スイーツショップ路面店」ではなく「商店街の洋菓子屋」なのだ。
これは長生きできそうな感じだね、と帰りにダンナと話していたら
「不法占拠ありきなのかな」と。言われてみれば何となくそんな気もする。
商店街の営業時間中は自動車が入れないので、路面占拠は普通に行われていて違和感がない。
杓子定規に法令遵守で店内で売っていたのでは客が付かないのでは…ってそれでいいのか?

明らかに対象外

クレジットカードの「プラチナ」切り換え案内が届いた。
プラチナカードのサービス概要を紹介する冊子と、切り換え申込用紙。
不思議なことに、申込用紙には職業(就業状況)の欄がなかった。
本人確認書類はコピーを添付せよとあるが、どうやって審査するつもりなのだろう。
審査があったら落ちる自信があるのに。
そもそも現住所に引っ越して以来クレジットカードの利用頻度も利用金額も減っている。
敢えて年会費のかかるような変更をしても何もいいことがありそうにない。


そして、冊子を一通り読んでみたが、どのサービスも欲しいとは思わなかった。
コンシェルジュ?何それおいしいの?
海外リゾート?プライベートパーティー?
ここで嫉妬やら憧れやらに火が付けばよいのだがそうでもなく。
純粋に興味が湧かない。その世界を目指す気がまるで起きなかった。
元々それほど物欲がないほうだという自覚はあったが、我ながら少し呆れる。
上の世代から見るとこれも「向上心がない」ということになるのだろうか。

引っ越しきれないかも

FireFoxの動きがとろく感じたのでChromeを普段使いに変更してみた。
確かに動きは速い。ブックマーク(お気に入り)の移行も自動だった。
さしあたっては不便もない。
むしろFireFoxでは開けなかったページも開けるので便利なぐらいだ。
が、一つだけChromeではできない芸当があることを発見。
リンク先を見ずに(手前に表示させずに)開くことができない。
無論そんなことはできなくとも業務に支障が出たりはしないのだが、ちょっとだけ不便だ。
というのは、某懸賞サイトを利用しているとき。
上記の機能があれば、バナー広告をクリックするとポイントがもらえる仕組みで広告本文は見なくて済む。
もちろんサイトをやっている側ではたまったものではないのだろうが。
…というしょうもない事情でFireFoxも消さずに置いている。

やる気がほしい

やる気がなくとも仕事を進めることはできるのだが。
喜んで引き受けたはずの仕事がなかなか進められない。
訳文は思いつくし、手も動くのだが、何故か気が乗らないで今に至る。
用事やら雑音やらで気が散るというのではない。
集中に適した環境を作り込んでも、何故かやる気が出ない。
困ってもよさそうなところだが、納期に余裕があるので困ってもいない。
何となく不健全というか罪悪感に似た何かを感じるのだが、実害はなかったりする。
たまには自分を甘やかしてのんびりしても許されるだろうか(誰に)。