独立して仕事をしている以上、繁閑の並があることは覚悟の上のはずだった。
暇すぎてどうしようもない事態は経験があるものの、今回はちょうどその逆である。
今でこそ日記を書ける程度に立ち直れたが、未曾有の多忙に苛まれていた。
文字通りの忙殺。
ことの次第はこうである。
「来月、100枚ほどの案件を3つ出しますので2週目から4週目まで空けておいてください」
というメールが来たのは2月23日。
この時点では退屈もせず鬱屈もせず、調子よく単発業務をこなせていた。
もしかすると3週間のうちに300枚前後を翻訳するという日程自体が非常識かもしれない。
しかし、100枚を3日で片付けてしまった取引実績のある相手だったので、まあいいかと引き受けた。
精度より速度が優先と言い切られると切ないものはあるが、割り切ってしまえばそれまでである。
具体的な作業日程は3月の第1週に確定するとの話だった。そこまではいい。
さて第1週の終わり、4日の晩になって件の担当者から原稿が届いた。
話が違う。
100枚が3件だから引き受けられると判断したのに、1件で200枚あるのだ。
しかも納期が1件100枚として想定していた10日の朝に指定されている。
流石に無理だと回答して交渉に持ち込んだところ、
「7万字を3日でやってもらえたので、あてにしてしまっておりました」とのこと。
平静なら呆れて済ませるところだが、この時ばかりは虚しくなった。
人間扱いされていると思えなかったのだ。
無茶な条件を飲んで取引をしてしまった自分のツケと言えばそれまでだが、それにしても耐え難い。
その無茶な条件だった前回でさえ、普通はありえないと強調してから引き受けたはずだった。
相手は全くそんなことおかまいなしだったということか。
最短3日でできるものを6日と回答することは罪か。
しかもその最短は、他のものをほぼ全て犠牲にして叩き出した記録である。
100mを7秒台で走れてしまったようなものだ。
それを、200mだから14秒台で走れと要求されていることになる。
たとえ私が今より優秀だったとしても、無理なものは無理だ。
交渉は苦手ながら懸命にかけあった末、どうにか延長できた期日が16日の朝。
どうしてそこまでして納期を延ばす必要があったかというと、3月は定期案件が来るからだ。
定期案件とは言え、何日に何枚やってくるのかは決まっていない。
ただ、断れないことは明らかだった。
よりによってその定期案件が、例年の倍の量である。
取引上こちらを優先しなければならない事情があるので、他の案件を最短納期で仕上げるのは無理という判断があった。
しかし災難はそこでは収まらなかった。
7日に件の担当者から「最終納期16日で調整できました」と連絡があったのだが、
その条件として最終章から訳せと言うのだ。
確か最低でも16日を確保すると息巻いていたはずだったのに、はともかくとして、
週末に稼ぎ出した時間が全て水の泡。
持てる全ての時間と精力を注いで頭から訳していたのが愚行だったというのか。
思わず脱力したところに、定期案件がたたみかけてきた。
50枚強、納期は14日。うち3枚ほどは即日納品指示。
これには流石に壊れてしまった。
途方もなく暗い支離滅裂な愚痴をぶつけてしまった方、ごめんなさい。
私でもだめになるときはだめになるんです。
作業中、何度となく気を取り直そうと努力しては挫折した。
状況が状況なので胃が痛くなり、心身ともに衰弱の悪循環にはまること2日。
どうにか日程が読めてきたところで気分も楽になってきた。
どのみち、手元の原稿を訳すほかないのだ。
改めて腹をくくった。
もう大丈夫。