不器用

物心ついた頃から自他共に認める「ぶきっちょ」だ。
手先から人付き合いにいたるまで、思ったように振る舞えることはほとんどない。
しかし不思議と「仕事」だけはむしろ要領がいいと褒められる。
(あるいは厭味に鈍感なだけかもしれないが)


要領よくこなせることもある、という評価が事実であるとして。
まともにこなせることと不器用にしかできないことの違いを考えてみた。
自分の場合、工程が多い作業ほど「要領よく」できる。
例えばアイロンがけより料理、しかも一品より一食分のほうが得意だ。
工程が多いほど、整理したり組み替えたりして自分になじむ流れを作れる気がする。
自分になじむ流れを作れれば、苦手意識が軽減され、それなりに働けるのではなかろうか。
逆に、単純だと思っている作業は工程の細分化が足りないのかもしれない。
細分化すれば浮上してくる要点を何か見落としているのでは、という視点もある。


一方、「ぶきっちょ」という評に甘えて改善の努力を怠ってきたことも否めない。
みんながそう言うのだから、と自分に言い聞かせ、蓋をしてしまっていた。
改めて「ぶきっちょ」と評価される失敗の原因を整理してみると、
・実際に手指などの運びがおぼつかない
・対象の作業に不慣れで苦手意識がある
・自分ができなくとも誰か、何かがどうにかしてくれていた
ざっと思いつく限りでも三つある。
こうして並べて眺めてみると、その共通点は手元(の現実)を直視していないこと。
ある種の丁寧さが欠けていたのではないかと気づいた。


何事も程度問題なので、一概に努力すればよいというものでもなかろう。
ただ、状況の許す限り丁寧に一つ一つことを運ぶ姿勢は身につけば役に立つ気がする。
そこに至るまでが七転八倒で、それこそ「ぶきっちょ」の結晶にしか見えまいが。

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