いつもの人

納期まで余裕があるのでもう少し訳文を練ってほしいという主旨のメールが来た。
続けて「これからもお願いしたいので是非ご覧ください」と校正戻りが添えてある。


どれだけ練られた訳文なのかと開いてみたら、解釈の違いが一部あるだけだった。
不遜な目を注がぬよう気をつけてみても、明らかな誤訳ではなかった箇所だ。
校正者の好みに合わなかったか、と判断するほかない。
これが客先のそれであれば傾向の分析と対策も考えるのだが。
早い=雑、と判断して疑わない人がこの会社にもいたのかと思ってしまった。
納期に余裕と言っても即日納品案件である。
原稿支給から納品まで2時間と言われていて1時間半で出したまでだ。
一方で、それでも引き続き同類案件を依頼したいとメールの送信者は書いている。
前述の練ってくれ云々は校正者からの話だとあり、送信者とは別人らしい。
改善を期待するという意図に受け取って、訳文の見やすさ向上に励むまでではある。
ただ些か気にかかるのは、そこで他人に指名替えしない背景が解らないことだ。
件の校正戻り以降も同類案件は着々と来ている。
「改善が見られた」のか校正者が代わったのかは分からない。
あるいはそれと無関係に、担当(翻訳者)を代える心理的負担が大きいのでは。
「いつもの人だから」多少のことに目を瞑ってでも採用したい可能性は。
(身近な買い物に話を置き換えると容易に想像がつく)
そうしたものの力が大きいとすると、新人の参入する余地はなかなかないだろう。
「いつもの人」が確保できない時だけ代打のお声がかかり、その誰かと比較される。
見えない先人の仕事を超えないと次がないと言っては大げさだろうか。
そして見えないがゆえに先人がどれほど偉大なのかそうでもないのかも見えない。
無形のサービスで「いつもの人」になるのは容易ではないが、なってしまえば有利だ。
信頼は一瞬で覆るものという話もあるが、順当に気をつけるまでのこと。
どこかの面で関係者の心をつかみ、「いつもの人」の座を目指すのが筋か。
良くも悪くも既存の「いつもの人」の座を覆すのは簡単ではあるまい。
それを信頼と呼んでいいのかは分からないが。

“いつもの人” への2件の返信

  1. はじめまして。とつぜんのコメントで申し訳ありません。
    少し前からRSSを登録してブログを読ませていただいています。
    「大阪文化芸能国民健康保険組合」に加入したいと思って情報を探している時に、ふるかわさんのブログを知りました。
    わたくしは、翻訳者と自ら名乗れるほどまともな翻訳者ではないのですが、この15,6年間は、一応、翻訳会社から翻訳の依頼を受けるような仕事をしています。
    いつもブログの更新を楽しみにしていますが、今日の記事「いつもの人」にも、私なりに感じるものがありました。特に後半部分。
    私の仕事がまだなんとか続いているのは、まさに「いつもの人」だからだと思っています。
    ブログを拝見するに、ふるかわさんは、翻訳者としてたぶん私なんかとは段違いにレベルが高いので、ふるかわさんのお話とは決して一緒にはできませんが、私の場合は、たぶんかなり低レベルな理由での「いつもの人」。
    先日、翻訳を仕事にし始めてまだ間もないという方から、「10年、15年翻訳をやっているという人達のチェックの仕事をしてると、なぜこんなにレベルが低いのかと驚く。なぜあんなに低レベルな人間が仕事を続けていられるのか」という主旨の質問を受けました。
    まさに私のことだと思いましたので「申し訳ないことです」と謝っておきました。「実力のない翻訳者が惰性で採用されるためになかなか淘汰されないのも現実だと思うけれど、最後は実力のある皆さんが勝ち残られると信じて頑張ってください」というしかありませんでした。
    一方、私は、「いつもの人」でなくなるのが怖くて、一社からの依頼をスケジュールの都合で受けられない状態が続くと、とても不安になります。
    それはともかく、「大阪文化芸能国民健康保険組合」には、今月無事に加入することができました。自分にも加入資格があるなんてびっくりでした。ふるかわさんのブログを読むまでは、友達に教えられても半信半疑でした。ありがとうございました。

  2. べんがらさん:
    ご愛読いただき恐縮です。
    「翻訳を仕事にし始めてまだ間もないという方」の指摘は話半分でいいと思います。
    確かに長年やっているからと言って全員がよくできるとは限りませんが、逆もまた然り。
    生き残るだけの「何か」があることは確かです。
    「いつもの人」になるにはそれなりの参入障壁もあるし、しかも見えない構造ですので。
    芸国の仲間が増えることは複数の面で嬉しく思います。
    拙文ながら書いた甲斐がありました。

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