なかのひとのはなし

某メーカー社内翻訳者という立場から語るという面白い話を聞いてきた。
すこぶる面白かったのだが、生々しい内容はあちこち角が立ちそうなので割愛する。
2月に東京で行われたセミナーの内容とも重複しているそうなので、
個人的に気になったことだけ、備忘がてらまとめようと思う。


講師の所属先は企業集団のマニュアル類制作部門「機能会社」。
印刷会社、翻訳会社、個人翻訳者と取引関係にあるという。
特に重要な取引関係は印刷会社とのものであり、翻訳会社はさほど重視されていない。
そもそも「仕事としての翻訳」が企業集団全体として重要な地位を占めていないのだそうだ。
まあそれはそうだろうと思う。
やや意外だったのは、グループ内企業の翻訳が何でもそこへ発注されているわけではないこと。
遠くの「機能会社」を通じることなく、自社近郊の翻訳会社を使う場合もあるのだそうだ。
そうして作られていった訳文の改版が「機能会社」に出されると悩ましいというのは想像に難くない。
差分だけを訳出する場合、該当箇所の対訳を別途管理しておく必要が出てくる。
具体的には翻訳メモリに放り込んでおかねばならない。
放っておくと原稿の注釈や赤字として書き込まれた差分が一人歩きしてしまうからだ。


翻訳メモリの管理というのが社内翻訳者の業務としては大きいのだが、やはり面白くはないそうだ。
管理方針の文書化やら引き継ぎの手順化やら、管理のための管理がそのうち要るのだろう。
一致率の数字だけを追うと痛い目に遭うといった失敗談もあった。
社内翻訳者に必要なのは翻訳実務能力よりプロジェクト管理能力と作文力。
確かに自社と外部翻訳者/翻訳会社をとりもつ立場であるからには管理能力が要るだろう。
そして誤解なきよう本来の読者に伝わるよう文を修正する能力。
ごもっともではあるが、会社員の能力そのものだなというのが正直な感想である。


まるで立場の違う個人翻訳者に最も頷きやすかったのは「信用」の重要性。
品質・価格・納期の三大要素よりも信用のほうが採否に関わるのだという厄介な命題だ。
三大要素は必要条件であって十分条件ではない。
では「信用」はどうするべきなのかと言うと、答えはない。
答えがないのが答えだ。

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