損して得取れ、るか

「虎がばれて値切られた」とつぶやいたら存外に反響があって驚いた。
この文字列だけで事象が理解できる人にはそれなりの衝撃だったのだろう。
特定のツールが使えることでかえって納品物の値が下がるのは確かに不条理な話だから。


以前にも書いたかもしれないが、私は昔からTradosを使っている。
業界外の方々のためにかいつまんで紹介すると、過去訳を使い回すためのソフトだ。
原文と訳文を分節なる単位ごとに対にして記憶していき、検索に供する。
用語や表現などを手動で検索できるほか、翻訳中の原文と記憶されている原文が設定値以上一致していれば自動で検出される。
同一の原文表現に対する訳文表現を統一するのに便利というわけだ。
ある種の品質管理に利用していると言っていい。


しかしこの対訳ファイルを客先が持っていると話が変わってくる。
自動で割り当てられる訳文がある=当該箇所の翻訳は発生していない、として値引くのだ。
表現が統一できて翻訳の外注費用も抑えられる、一石二鳥の神器となってしまう。
実際は機械的に貼り付けられた訳文がそのまま生きることはあまりない。
つまり翻訳作業は発生しているのだが、数字上ないことにされている。
こちらは品質管理でむしろ質がよい訳文を提供しているのに値引きとは理不尽だ。
理不尽でも現実なんてまあそんなものである。
同業者は「私なら断る」「抗議せよ」と簡単にのたまうが、そこは商売のさじ加減。
「お客様に口答えしていいのか」という問題にすり替わってしまいかねない。
それでも断る、抗議するという選択肢は勿論ある。そうする人を否定する気は毛頭ない。


ただ、自分は諸事情あって値引きを受け入れることにした。
これまた不条理な話なのだが、私がTradosを使っていることを客先は知らなかったのだ。
翻訳会社の担当者がたまたま「このファイルに形跡がありますが」と指摘して明るみに出た。
つまり、最初から一連の案件でTradosの使用を指示されていなかったのだ。
純粋にこちらの都合で使っていただけであり、特にそれを申告すべき謂われはない。
原文は一定期間を過ぎたら破棄するようにという指示もあるので、むしろ黙っていた。
黙っていれば元々の料金体系で支払いを受けることができる。
それが「ばれた」ことで上記の値引きを含む料金体系の変更に至ったというわけだ。
「使っているなら作業ファイルをよこせ」で召し上げられたファイルが値引きを呼んでいる。
元はと言えば使用の痕跡を消しそびれた失態が招いたことなので致し方ない。
ただ、中国語の翻訳でこういうものを使う人は少ないので商機になった可能性はある。
せめて取引関係者が心証を良くしてくれているよう願うばかりだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です