翻訳支援ツールなるソフトは賛否両論だが、ならではの営業力もある。
「実はTRADOSでご対応できる中国語の訳者さんはほぼ皆無」
とは某大手翻訳会社の担当者の談。
同ソフトが使えると少なくとも公言している中国語翻訳者は1人しか知らない。
やや主観的かもしれないが、中国語翻訳ならではの事情もある。
・ソフトウェアの中国語対応が遅れた
そもそもWindowsの普及自体が95以降と言われればそれまでだが、
Windows95までは日本語Windows機で中国語の入力がままならなかった。
日本語の外字として中国語の簡体字や繁体字を扱う専用ソフトがあった時代。
人間の目には中国語に見えても、PCの扱いは日本語(の外字)だった。
中国語入力ソフトは複数あり、外字の互換性はなかった。
Windows95でようやくGrobal IMEなる中国語そのものの標準入力ソフトが登場。
ただしMicrosoftのページからダウンロードする必要があった。
Windowsの設定だけで使えるようになったのはWindows2000以降のこと。
つまり、日本人が中国語をPCで扱う(ことが想定される)ようになって日が浅いのだ。
また前掲のTRADOSもすぐには中国語に対応しなかった。
同ソフトは2003年に初めて購入したが、実質的に使える機能が限られていた。
販売元も有料講習の講師さえも「対応してます」と胸を張っていたのだが。
少なくとも講習に出たぐらいで簡体字の検索はできなかった。
日本語と漢字が共通するところしか読めず、残りは「?」に変換される。
「?」は任意の一文字としては機能するのだが、実用には堪えなかった。
当時から使えた機能は過去訳の自動流用だけである。
原文の一部を指定して訳文を参照できるようになったのは2007以降のこと。
・専業率の低さ
2年前に知ったのだが、中文和訳専業の翻訳者は少ないらしい。
中国語講師、通訳、英語翻訳者でもある人が過半数だという。
某取引先の登録者で「専業」はせいぜい1%との話を聞いた。
フルタイムの稼働をしないという意味での兼業者も多いそうだ。
専業でなければ安からぬソフトの購入もしにくかろう。
使用頻度が低いと学習にかかる時間コストが相対的に高くなる。
使う人が少ないと、使い方を知っている人も少ないので手を出しにくい。
そのうえ、取り扱い言語に限らず、当該ソフトが使えると値切られる。
他業種の人にはぴんと来ないだろうが、そんなものである。
平たく言うと、流用できる表現の部分には翻訳料金を請求できない。
専門用語や表現の統一が付加価値にできたりはしないのだ。
そういうばらつきの危険性が多い人より「楽してるでしょ」と値切られる。
購入代金も学習時間も投資しているがお構いなしだ。
よって、使えることは公言しないほうがよい場合も(往々にして)ある。
それでも持っていて、曲がりなりにも使えると、特定の案件がやってくる。
理由は勿論、他に使える人が(名乗り出て)いないから。
ただ、そんな機会は滅多にない。
滅多にないが、非人道的に大量だったりする。
個人の立ち回りとしては、やはり「黙って使う」のが得策だろう。
使えることを公開してしまってからでは遅いので開き直るほかないが。
請けるか、断るか、量を調整するか。
ごく限られた市場なので、所謂ブルーオーシャンなどでは決してない。
むしろ竹藪である。
一部でTRADOSは虎と呼ばれているが、「飼う」感覚として個人的に深く頷ける。
稀に獲物を咥えて持ち帰ってくれるものの、噛まれることのほうが多い。
そんな虎が他にいるのかいないのか視界が利かない、竹藪。