注文の多い…

試訳案件で無茶な指示が降ってきた。
所謂「バックトランスレーション」、逆翻訳ならではと思われるが、意訳禁止という。
ゲーム翻訳などで特定箇所の語順を固定するように指示されたことはあるが、驚いた。

中国語原文に「忠実」に翻訳してください。(ただし、日本語として読みやすい文章であることが大前提です。日本語ネイティブが翻訳してください)

ここまでは普通だ。
問題は

・意訳を避ける。
・品詞は原則として原文と揃える。
・原文にない言葉を挿入しない。(とくに接続詞や副詞は注意)

これで上述の大前提を覆さないこと。
強烈な矛盾を感じるのは少数派だろうか。
しかも本件は試訳であり、客先が「模範解答」を持っている。
恐らく品詞や接続詞の用い方は「普通の日本語」だろう。
「読みやすい日本語」でも、まして「中国語に近い日本語」でもないはずだ。

(最終的には、バックトランスレーションした日本語訳とオリジナル日本語原稿と比較し、中国語文の正確性を判断することになります)

指示を全て遵守した上でこの目的を果たせる自信は正直ない。
自信がないのに請けるのは人倫に悖る行為かもしれないが、敢えて請けてみた。
この経験で面白いものが得られるかもしれないし、「お試し」の気楽さも多少はある。
要は採用試験、気に入らなければ落とすだけのこと。
複数の翻訳者に同じ中国語原稿を渡し和訳させていることだろう。
真面目に指示を守るほど、「中国語に近い日本語」になる傾向が見えるはずだ。
果たして客先担当者はそれでも頭一つ抜き出た素晴らしい訳文に出会えるだろうか。
否。
よしんば翻訳者の目には素晴らしく見える訳文だったとして、そうは受け取るまい。
そもそも産業翻訳の目指すところは「普通」なのだ。
せいぜい消去法で一番ましな候補者を残すか、より翻訳者を信じなくなるかだろう。
請けたからには全力で訳すが、採用してほしいとは思っていない。
全員が誠実にこなした上で、誰も採用に至らなければいいのに、と思っている。
本当は、そこで、気づいてもらえるに越したことはないのだが。

尤も、未熟さゆえにこんな青い綺麗事が思い浮かぶのかもしれない。

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