最終調整
先月から続いていた論文翻訳にやっと出口が見えてきた。
とはいえ届いた原稿の全文を訳し終わったわけではない。
「あと44600字」と指定されていたので
多分その文字数に達したからやめようか、というところである。
間違って分量不足になっていると洒落にならないので、
念のためこれまで作業してきたファイルを別名で保存してみる。
いざ、TRADOSで「訳文の生成」を実行。
訳していない原文を十数頁ざっと削除する。
ここで「文字カウント」。3200文字ほど余っている。
「ページ設定」で1行あたり39文字と確認。
40字として概算80行、丸々2頁余りを削除した。
手加減の難しさを痛感。
ここで再び「文字カウント」すると、上限ぴったりの44800字だった。
我ながら何てぴったり、と思わないでもなかったが、
2頁分も犠牲にしているのだ、そう素晴らしい仕事でもないか、とへこむ。
ざっと全文を見渡す。
文末の引用符が2箇所で余っていた。
削除。44798字。まあいいか。
倒れる
先週末あたりから頭が重い。
が、まだ有給にありつけないので半分無理やり出勤。
週明けから咳がひどくなってきたので、
周りにうつすまいと思い通勤途中でマスクを購入。
特に外部からのメールも来ないし、
これといって会社にいる必要性はない。
とりあえず所属部署の昼食会には出たいというだけで
悶々と午前中を過ごしていた。
昼食会と言ってもそんなにたいそうなものではない。
だいたい1人か2人にお弁当を買ってきてもらい、
会議室で約10人がいっしょに食べる毎週の恒例行事である。
上司が経営陣の意向やら商況やらを報告してくれたり、
その他の面々がたまに仕事の中身を披露したりする。
得てして頭の中は「?」で一杯になるのだが、
よくわからないながらに面白いので楽しみにしている。
そこで上司に、ノロウイルス感染の可能性を指摘される。
別に消化不良は起こしていないが、
彼のご家族の症例を聞いていると思い当たる節があるやらないやら。
背筋が寒いのは精神的なものか自信がなくなり、
とっとと早退する決心を固める。
よく分からないので医者に行かねば。
何しろ倒れて寝ている暇はない。
しかし何やかやとしているうち、16時。
乗り換えの便がかなり悪く、最寄り駅に着いた時には17時。
心持ちふらつきながら内科に行く。
一刻も早く薬をもらって帰るぞ、と扉を開けると。
こども子供コドモ。親が少々そして子供。
待合室の様子を見ただけで卒倒しそうになった。
何菌でも培養されてそうなこの空気。
少女よ、泣きたいのは私のほうだ。
待つこと74分、診察50秒。
危うくパセトシンを処方されそうになる。
前回ひどい目にあったペニシリン系の抗生物質。
薬疹が出た、と訴えると「じゃ何なら大丈夫?」
とりあえず覚えているだけ言ってみると、
先生はその中から一種類を選んで処方箋に書いてくれた。
やっと安心して倒れられるぞ。
原稿到着
前日もらったメールでは、今晩20~21時に原稿が届く予定。
宅配便業者が早めに着くのではと無駄な心配をして
18時には会社を出た。
夕飯は菓子パンとビタミン飲料とヨーグルト。
何故かこの組み合わせで食べると気合が入るので、
私の中では翻訳仕事前の儀式となってしまっている。
普通に考えれば今日すぐ翻訳にとりかかることはないのだが。
というのも、原稿が到着して最初の作業はスキャンだからだ。
原稿が紙であれば一旦ひたすら画像として取り込み、
PDFであれば画面キャプチャを撮って保存し、
中国語OCRソフトで原文ファイルを作成することにしている。
原文ファイルはリッチテキストで作成されるが、
ところどころ間違った字が割りついているので要修正である。
スキャン結果は1ページごとに1ファイル作成されるため、
章ごとにまとめるついで、原稿と比較しつつ誤字の修正をする。
今回は原稿がA4で98頁と聞いているので、
画像取り込みだけでも1時間ぐらいはかかる気がする。
原文のはぎ合わせと校正には、だいたい1頁あたり30分。
素直に積算するとこれだけで6時間?
気が遠くなりそうな皮算用にぞっとする。
心配しつつも、ものが届かなければ何もできない。
時計が20時半を回ったところで、インターホンが鳴った。
いざ!と出てみると、「絨毯のお届けです。」
拍子抜けがした。
確かに取り寄せたのは自分だが、内心「まだいいのに」。
しかも絨毯がとんでもなく大荷物(に見える)。
運ぶのも骨なので、玄関に積み上げて行ってもらう。
そわそわ、いらいら、待つことさらに十数分。
やっと原稿が到着。
絨毯の箱の隙間から顔を出し、配達の人に目を丸くされる。
梱包を解き、封筒から原稿を出して、しばし固まる。
A3だ。
恐らく本を伏せながらコピーをとったのであろう。
事情はわかる。
が、何となくA4を期待していたので、スキャン回数が倍になった。
右頁と左頁で違う向きに傾かれては困るのだが、
どうしても厚みのある本を見開きコピーすると対称的に歪みやすい。
うちの中国語OCRは元画像が2~3度ずれただけでかなり誤認識するので
原稿1頁につき元画像1枚がほぼ前提条件なのだ。
愚痴っても代わりにスキャンしてくれる人はいないので、
粛々と読み込み開始。
……これ、ファイルサーバ機、そこで寝るなぁぁ!
吉報
件の翻訳会社から正式受注との連絡が届く。
中文和訳・土木・90頁強。
ちょうど会社仕事にひまがあるので手放しに喜ぶ。
工数を1ヶ月と見積もっているので、残業などしていられない。
むしろ原稿を会社に持ち込んで通読ぐらいするかも。
1L飲料
コンビニで飲み物を買うと、ストローをくれる。
1L入りの紙パックでも、問答無用でくれる。
誰が使うんだ1L相手に!!
と常日頃から思っていたのだが、
見てしまった。
会社の人、それもうら若い乙女が、
1L麦茶にストロー刺して打ち合わせ中に飲んでる!
断る
重なるときは重なるもので、他の会社からも依頼が届く。
一番つきあいが古いところからなので心苦しいが、
物理的に無理そうなので泣く泣く断る。
せめてもの誠意として、間髪を置かず返信。
もしかすると本当に時間の都合だけで断ったのは初めてかも。
トライアル
早速トライアル課題が届く。
翻訳会社の人は追伸までちゃんと見てくれていたようで、
メールにPDF形式で添付してくれた。
ざっと目を通す。
不可能そうではないので、翌朝に提出と返信。
帰宅後、あらためてPDFを開く。
ざくざくとスクリーンキャプチャをとり、OCR処理。
1枚だけなので印字した紙でも事足りるのだが、
一応「本番は90頁超」を意識して原文もテキスト変換した。
工数の見積もりも出す必要があるので、時計はまめに確認。
1頁が全部テキストになるのに1時間強。
本番だとこの作業だけでも数日はかかりそうだ。
WordとTRADOSを立ち上げ、いざ翻訳開始。
産業科学系の専門雑誌のようだが、文体は分かりやすい。
ただ、似たような意味の語彙がちょこちょこ出てくるのが気になる。
使い分けは意味があるのか?この客先には必要なんだろうか?
複数のサイトで調べても有意な差が見られないものは、
思い切って同じ訳語に統一してみた。
無料トライアルと割り切ると気は楽なもの。
間違いであれば突っ込みが来るなり落とされるなりするはずだ。
採用可否は「正しいか」より「気に入るか」にかかっている。
少なくとも経験上、私はそう信じ込んでいる。
今年の初仕事
帰宅して数十分。洗濯機を回しながらメールチェック。
すると、見慣れないアドレスから何か届いていた。
差出人名も題名も英語表記。
いささかスパムくさいと思いつつ覗いてみると、引合文だった。
しかも、内容は日本語。かなり安心した。
TRADOSなるソフトを使っているおかげで、
去年あたりから飛び込み?の引合が来ている。
今回もそこの検索ページで私を見つけたとのこと、
そのせいで私の名前だけローマ字表記になっていた。
ともあれ、先方が無料トライアル希望とのことなので
課題文を送ってもらえるよう依頼。
内容を一瞥するぐらいなら会社でもいいかと思い、
FAXではなくメール添付にしてくれないかとお願いしてみる。
時は来た。さよなら上海。
あっけなく最後の日は訪れてしまった。いつもと何も変らない朝。
何も変らないのに、私の荷物だけが片付いている。閑散とした我が部屋。
身繕いを終えて荷物を引きずり出し、出入口の用務員さんに一応ごあいさつ。
部屋の設備を点検するから一緒に来いと言われたので、荷物は預けて引返した。
設備が壊れていないのを見るや、布団を室外に出せという。そういえば来た時はなかった。
いよいよ部屋から私の気配がなくなった所で「よし、終わり」。
正門の脇の用務員さんに鍵を返すと、保証金の五百元が返ってきた。
まだちょっとだけ時間があるので、荷物をそこに預けて片時だけ名残を惜しむ。
どうしても心残りがあったので、迷惑を承知でさる人を訪ねた。
無理を言って起きてもらい、一枚だけ一緒に写真を撮ってもらう。
それ以上は何も言う訳にも行かなかったので、ぼちぼち出発することにした。
高架路の入口が少し混んだものの、空港には一時間とかからず着いてしまった。
国際便なのにまだ搭乗手続きさえ始まっていない。何だか勿体無いことをした気分。
今更うじうじしても仕方ないので、とっとと空港税を払って入ってしまった。
農林局で言われた通り、ここの税関は何も見せろと言ってこなかったので素通り。
出国カードとやらを書いて出し、増えた荷物の手回り品料金を払う。
残った人民元を日本円に換えてもらい、暇に任せて待合室の辺りをうろついた。
もう来る機会がないやもしれぬ上海虹橋国際空港なんだから、見てやろうじゃないの。
じき上海浦東国際空港なるものができてしまうので、上海に来るとしてここに来るとは限らない。
確かにヤな思い出もある空港ではあっても、見納めと思うと目が変ってしまう。
なけなしの元で教科書を一冊とカップアイスを一つ買い、呆然と搭乗を待つ。
偶然うちの大学に留学している中国人と出会ってしまい、嬉しいやら悔しいやら。
私の乗る便が北京発上海経由だから一度ここで下ろされたのだそうである。
しばし喋っているうちに、呼び出しが入った。早々と並ぶ。もう振り向かない。
離陸までの滑走時間すら短く感じられた。すごい勢いで眼下の上海が遠のいていく。
走馬灯のようにとはよく言ったもので、色々な記憶が浮んでは消え、また出てきた。
日本の領空に入った所で腕時計を日本時間に戻す。さよなら上海。
これにて私の「異郷日記」は終わりです。おつきあいありがとうございました。
