リスクの回避

某大手派遣会社の通訳・翻訳専門らしい登録窓口に行った。
これで特定職種しか扱ってないのかと呆れるほどの広さ。
1対1で面談するブースだけでも6箇所、試験用らしいパソコンが3台、
待合室?オープン席は更にその倍ほどあった。東京の一等地に……
偶然なのかいつもそんなものなのか、実際の利用者は2~3組だった。
オープン席の一つに案内され、ざっと手元書類の説明を受ける。
次は「会社概要とシステム」とやらのビデオを見るように、と受付担当者は席をはずした。
そのビデオがある意味かなり面白い。
会社概要はものの3分もなく、四季報レベルの半分もない。
システムと言っても派遣社員の経験があれば「ふ~ん」と通り過ぎてしまう程度の紹介。
最も長く時間を割いてあったのは「身だしなみについて」だったのだ。
いわく
・毛染め、マニキュアは自然な色で
・男性は毎日ヒゲの手入れを(剃れと明言はしていない)
・靴は「安全なもの」と称し、でも画面はピンヒール……
・素足は禁止
……最初「そこまで言う必要あるのか」と思っていたのが、
段々トンデモ風味が増してきた。素足って、どう通勤するのよ。
全体的にはビデオといい書類といいきっちりしたもので
「ウチはここまでちゃんとやってます!」という姿勢がはっきりと見て取れる。
だいたい派遣契約で争議の起きそうなところは事前にやんわりと潰している。
でも、裸足は禁止。
肝心の登録面談は、思っていたより快いものだった。
翻訳祭に来ていた担当者が私の話をかなり覚えていてくれたのだ。
ものの3分も話していなかったはずなのに、と感心する。
やはり中国語なだけに?そう業務が頻発したりはしないそうだが、
隠さず丁寧に説明してくれているようで好感が持てた。
一度は専門職としての派遣というのもやってみたい気はする。
最早ボールは手元になく、引き合いがあるかという問題なのだが。

特別な派遣?

先日「JTF翻訳祭」で名刺交換した相手から、電話をもらった。
社名はテンプスタッフ。まあ有名であろう大手派遣会社だ。
しかし出会った場所が場所なので、案内される話は普通の事務仕事ではない。
そもそも登録する先からして普通に公開されていない。
グループ各社への登録はネットから受け付けているらしいが、
通訳・翻訳だけはなぜか電話をしなければならないとのこと。
……日本語で出てくれないとかぢゃないだろうな。
#そんなはずはない。私がもらった電話は完全に日本語だった。
ともあれ登録手続きに訪問する必要があるのは普通の派遣と同じ。
都合のいい時間を提示して予約を入れ、履歴書情報の事前登録を済ませた。
最近では普通なのかもしれないが、履歴書を紙で用意しなくて済むのはありがたい。
手書きで作成するのが面倒というより、証明写真の手間と料金が馬鹿にならないからだ。
それにしても。これまで派遣会社から翻訳業務の引き合いをもらったことはないのだが、
専門窓口であるからには多少は脈ありなのだろうか?
ともあれ話を聞いてみるぐらい無駄にはならない気がするので、まずは登録会?に期待。

JTF翻訳祭

数少ない(と私が勝手に思っている)翻訳業界の祭典に出てみた。
JTF(日本翻訳連盟)会員ではないので参加費は講演聴講とパーティ出席で1万円なり。
聞いた講演は以下の2本。もう1本は英語ネタが自明だったので席をはずした。
・「自動車製品の翻訳」~トヨタが求める品質と翻訳者の育成~
 勉強にならなかったといえば嘘だが、想像とはまるで違う話だったのでいささか拍子抜け。
 講師は自社での取り組みを丁寧に説明してくださったのだが、私には全く縁がなさそうだった。
 教育のために客先OJTって……羨ましい以外の言葉が出ませんワ。
・「ツール活用で品質と効率の向上を両立する」~MT/TMワークフローの現状と未来~
 こちらはパネルディスカッション。
 翻訳ソフト(MT)と翻訳支援ツール(TM)の提供者、利用者、そのお客が入り乱れての論戦。
 結局、新しいソフトはいかに便利であっても、誰かにそれが使いこなせなければ意味がない。
 その誰かって誰?どうするの?という課題が改めてぶら下げられた感じ。
 私は新しいソフトやサービスの話題が好きなので興味津々で聞いていたが、
 そうでない普通の?翻訳者諸氏はどうだったのだろう。
 講演に無関係の資料をぱらぱらさせている人も結構いたな……。
そして18時から交流パーティだった訳だが、やはり自分の臆病さを再認識した。
意を決して臨んだのに、こちらから知らない人に声をかけられない。
幸い、別の企画で去年お会いした方に見つけていただき孤独は免れた。
それどころかその方、翻訳会社を紹介してくださったのである。……拾う神あったか?
収穫としては名刺3社分。
ゼロじゃなくてよかったかな、というのが素直なところ。
しかし5000円の立席パーティで口にできたのがウーロン茶1杯だけ。高かった(笑)

他人からの批評

差出時刻は本日未明(午前3時前)。
夏に出ていた出版翻訳講座の課題文が講評つきで返ってきた。
メール本文も、課題文のコメントも驚くほど丁寧でやや恐縮だが
意図的に省いた部分を「訳抜け」、演出のつもりを訂正された箇所が多く
「おおむね読みやすい」との全体評価は空々しく感じられた。
この講評担当者も、忙しいところ気に入らない回答を出されて大変だったろう。
うかつに傷つけることも言えない(書けない)し、……といった「何か」が感じられる。
名刺交換した程度に覚えている相手だが、かなりいい人なのだろうと思った。
が、私の訳文は認められないのだな、と。
指摘された箇所を直せば100点満点になって採用されるか?と考えてみると
やはりそんなことはないのではと思えてならない。
そもそも私が提出を却下してしまう(苦笑)
私の文は癖が強すぎて一般向けには適さないということなのだろうか?
それとも広い世間に問うてみれば気に入ってくれる人も現れるのだろうか?
自信をなくしたり落ち込んだりはしなかったが、
今回の件で出版翻訳の道を志す気はほぼ完全に萎えた。
待っている関門は実務翻訳と大差ないもの+αだということが見えたので
一応の収穫はあったのだと思いたい。

TRADOSさまさま

調査系の仕事が片付き、やっと翻訳仕事に手をつけた。
PDFからテキストを抽出し、整形するのに約半日。
ページ数から推定される翻訳工数は12時間ぐらいのはずだったが
実質4時間ぐらいで終わってしまった。
財務諸表のような定型書式のあるものは、
以前の対訳結果をTRADOSから引き出すと効率がよい。
その効率たるや、1クリックで10行ぐらい進んでしまう勢いだった。
おかげで純粋に頭を使ったのはせいぜい2割……
使い続けてきたのが報われたような、どことなく申し訳ないような(誰に?)

絶賛兼業中

そんなに翻訳受注が続くこともなかろうと思い、
調査系の事務案件を頂いてからというもの。
3件おかわり……
更に短期派遣なんぞに首を突っ込んだからもう大変。
私に余暇はない。
ぴんちょ~ん。

渋い仕事

「下記の点に注力して翻訳を進めてください。
 ①翻訳としての正確性(原文に忠実に!)
 ②固有名所、名称の正確な訳出(間違いは絶対×)
 ③銀行業務関連、IT関連の用語、専門用語の適切な選択
 ④読んで日本語として自然に流れる文章を心がけること。」
自分が言われたら確実に嫌になる客先コメント。ゴムリゴモットモ!
間違いは絶対×とか言いながら「固有名所」ってあんた……
幸い?これを言われたのは私ではない。
他の翻訳者が納品した日本語を見て客先が突っ返してきたとかで、何とかリライトできないかと頼まれた件の補足情報である。
で、リライト単価は平常より高め設定なんだそうだが、……翻訳のざっと3割。
正直あまりうまみのない依頼なのだが、
翻訳会社の担当者が「お願いさせていただけないでしょうか」とまで平身低頭だったので引き受けてはみた。
問題の納品ファイルとやらを見てみると、どうも明らかな誤訳は見つからない。
しかし何だか書き方が幼稚というか学生っぽかった。
恐らくは文体の不統一みたいなフインキでダメ出しをくらったのだろう。
……そもそもたかだか1ページの文章で4点も漠然と指摘するというのが呆れる。
具体的に指摘したほうが簡単に直るであろうし、突っ返すまでもなく自分で直せばいい量なのに。
無駄に伝言ゲームを始めて追加出費してやいないかと他人事ながら心配?になった。
折角の教育的指導もこうして赤の他人に読まれているわけだし。
#多分そもそもの翻訳をした張本人には届いてもいない

傘を買うと雨があがる法則

実際100円ショップで傘を買ったらにわか雨がやんだのは置いておくとして。
待っていても仕事がこないので性懲りもなく兼業しようかと派遣会社に顔を出してみた。
午前半日もかけてスキルチェックとか称する知らないことばかりのテストの山。
帰ってみるとあ~ら不思議、一件翻訳進行中の会社から再び引き合いが。
しかも昨日の案件より倍ほど多い。ほくほくっ。
動くと結果がついて来る、といえばかっこいいが、何だか連動しない結果がついて来てるような。
おまじないついでに短期派遣の仕事は請けてみようかとも思っている。
ま、採用側にも断る権利はあるみたいだが。

すごいカバー版

デーモン小暮閣下(「閣下」まで含めてフルネームらしい)のGIRLS’ ROCKを聴いてみた。
アン・ルイスから中森明菜まで、物心ついたか否かの頃かかっていたポップスがカバーされたアルバムなのだが
編曲したのが北欧のメタルバンドなんだそうで、音のつくりがかっこいいったらない。
知っていたはずの歌がまるっきり違う音楽になっている。そもそも原曲を覚えていないもの以上に驚きが大きい。
ふと思った。歌詞こそ日本語のままだが、楽曲は翻訳されているのではないか?
既に作品として成立している曲がCodeのAnders Rydholm氏なる人物の解釈で別物になっている。
これは日本のポップ/ロックを彼がスウェーデンのメタルに訳しているということなのではないか?
そして、否しかし、恐らくこの作品群はRydoholm氏のものではなく閣下のものだと認識されているだろう。
名前が明記されているところこそ違うが、「顔」が表に出ないあたりやはり翻訳業に近いものを感じる。
原曲を知らない今の若い人たちが聞いたら(聞くかは分からないが)、古い歌とは感じないだろう。
同じように、きっと訳文だけを見ている人々もそれが中国語や英語だった頃のことは感じないはず。
感じ取らせてしまったら一種の負けだ。
こんなかっこいい仕事が私にもできたら、と思う。
畑は全く違うが、何か通じるものを感じる限り。信じられる限り。
……これって悪魔からの啓示なんだろうか?

こういうときに限って

昼間に東京を出て田舎に帰った。
夕方ふとメールチェックすると翻訳依頼が。
中国語の和訳が急ぎ3ファイルとのこと、特に何も考えず頭から訳しはじめる。
と、2ファイル目が英文しかないことに気づいた。
電話するも、翻訳会社が留守番電話。
作業前に気づくべきだったのか、そうでもないのか微妙。
とりあえず中国語の2ファイルだけ訳したので納品。
間、悪。