毛引き

「エリカラつけちゃうよ」と言われ、はっとした。
エリザベスカラー。毛引きや自咬症などの自傷行為を邪魔するための道具である。
鳥類だけでなく犬猫にも使われているらしい。
ただ、発言の主がつけると言っている対象はこまちよではない。私だった。
物理的には全く何もしていなかったのだが、発言がよほど痛々しかったらしい。
半分は分かっていて垂れ流していたものの、やはり周囲に不快だったろうか。


毛引きというのは、鳥が自ら羽毛を抜いてしまうことと解釈している。
一年以上前、それで動物病院のお世話になった。
羽毛が減って驚いたからではなく、出血が見られたので慌てて連れて行ったのだ。
筆毛と呼ばれる未成熟な羽毛は途中で折れると出血を起こす。
鉗子で問題の筆毛を抜き、止血してもらって事なきを得た。
その時の先生の言葉が今も忘れられない。


「最初の原因は分かりません。病的なものではないので心理的な何かでしょうか。
 分かればその原因を取り除いてあげるだけで自然と治るものですが……、
 これね、一度やり出すと気にしちゃうんですよ。
 抜いた羽が生え直してくるのを気にし出すと、何度でも抜きますね。
 止めるには、ですか?
 エリザベスカラーをつけるだけではやっぱり気にすると思うので……、
 苛立っているんでしょうから、頭がぼうっとする薬を出します。
 ただの毛引きなら命に関わることもないので、様子見でもかまいませんが
 どうしますか?」


頭がぼうっとする薬と聞いて、こまちよが気の毒というより自分が悲しくなった。
いらいらするなら、ぼうっとさせてしまえ。
そうとしか受け取れず、様子見を決め込むことにした。
結果、こまちよは定期的に毛引きを繰り返している。
しかし心配したほど範囲を広げたりはせず、むしろ少しずつ回復しているようだ。


翻って自分はというと、冒頭の指摘を受けたとおり何かと苛立ってはいる。
何一つ不足のない、客観的には充実した日々を送っているはずなのだが。
恐らくは眠りの質がよくないせいだろうとは思うが、医者に言うほどの症状はどこにもない。
ごく漠然とした不安を吐き出したくなることはままあるものの、たいていは飲み込んでいる。
自覚しているのはたった一度だが、言う相手を間違えたのが悔やまれてならないからだ。
普通の人は、大人はどうしているのだろうか。

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