そこで花はない

このところ、大陸系の会社でも安値を要求しないところが出てきた。
提示料金は概ね日本国内≧多国籍≧香港≧台湾>大陸だったのが覆りつつある。
許容しがたければ断ってはいるが、日本企業でも安いところは大陸より安い。
それだけ依頼元企業の考えが変わってきているのか、知る由はないが。


今回やってきた打診は中文和訳の校正案件で、中国語原稿は先に提示されている。
報酬を含めそう悪くない条件なので引き受けてみることにした。
すると、翻訳者の評価をしてくれないかという依頼が。
もしやとは思っていたのだが、やはり翻訳者は中国人なのだった。
とは言えいつぞやの文芸ものとは違い、想定していたより訳語の質は高い。
3人の評価を頼まれたのだが、3人とも技術用語は結構よく見ていた。
うち1人に至っては、日本人が読むに耐える文の流れをも身につけている。
向こうには専門の学部などもあるので、恐らくそういう学を積んでいるのだろう。
それでも残る不自然さを正し、用途に即した形に整えるのが自分の担当かと心得た。
10点満点で総合評価をつけて適任者を選ぶよう、追加依頼が来たので3枚を比較。
改めて見比べると、面白いことに全員が間違えている箇所があった。
「柄花」なる用語を理解している人がいなかったのだ。
辞書には出ていないし、ざっと検索して判る単語でもない。
ただ、文意を理解していればそれが何であるのかは判るはずのものである。
文書で説明されている内容からして、訳語に「花」の字が残ることはあり得ない。
少なくとも日本人なら、その分野の知識がなくとも違和感を感じるところだ。
にも関わらず、3人全員が「花」と解釈していた。
自分なら、どうしてもこれといった訳語が当てはまらないときは申し送る。
「こういう意味の単語なのですが、恐縮ながら納期内に調べがつきませんでした」
とでも書くのがむしろ筋ではないだろうか。
この現象の意味を考えてみる。
当該分野の専門知識を誰も持ち合わせていないこと自体は驚くほどでもない。
問題に思うのは、その先どう訳文の質/商品性を担保するかの取り組みだ。
用語が調べられて日本語表現を探すことはできても、文書の意味が理解できていない
分からないことを分からないと申し送ることは罪なのか?
飽くまでたった3人の1語に対する例なので、あまり拡大解釈はしたくない。
それでも「人間なら考えてよ」と言いたくて仕方ないので、ここに書いておく。
読者に見せるべきなのは訳文であって用語の羅列ではない。
多義的解釈のできる訳語は好ましくないが、1:1対応であればいいわけではない。
そういう概念の理解や文の再構成を行うのが翻訳という仕事ではないのかと。
当否を考えず訳語を割り当てて埋めていくだけなら機械でもできる。
分かることと分からないことの線が引けないと技術文書の役には立たない。
そういったことを踏まえるのが人間の仕事だと思うのだが、大きく出すぎだろうか。

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