義母は非常に品がよい。そのおかげかダンナも上品な感じがする。
結婚当初、うかつにそれを従姉に自慢したら「アンタが気をつける方でしょ!」と怒られた。
#当たり前だ。今(と言うより発言した直後)ならその愚かさが分かる。
色々と四方山話をするようになって、家族の歴史もそこそこ聴いた。
それでも彼女が上品である背景につながる情報は得られていない。
目を見張るほどの家柄だった訳でなし、厳格な躾があった風でもない。
#集まった親族の面々を見て想像。
どのあたりが上品なのかというと、決して人を悪く言わないこと。苦情に感情を込めないこと。
こう並べてしまうと簡単そうだが見習うのは大変だ。
口が悪い文化圏で育ってしまったらしいヨメには特に前者が難しい。
義母は人を悪く言わないだけでなく、しょうもない愚痴をこぼすこともない。
「そんなこと言っても解決にならないでしょ?」と静かに微笑む。
……どこかで聞いたような、と思っていたらダンナの言動にそんなのがあった。
「そんなこと言っても誰も幸せにならないでしょ?」
それはそうだ。あなた方は正しい。ご無理ごもっとも!と泣きそうになることさえある。
家族なのに愚痴一つこぼせないのかよ、と……
脳裏をよぎる「ラポート・トーク(感情の共有)とリポート・トーク(情報の共有)」。
前者が拒絶されているように感じてしまうのは悲観的な性格のせいだろうか。
読みにくい新聞
数年前から新聞各紙の文字が大きくなったそうだが、読みにくくなったという印象しかない。
記事がぶつ切りで「関連記事は○面」「続きは○ページ」といった参照指示の入ることがしばしば。
しかも参照先ページを見てもやはり記事はぶつ切りなので、続きを探すのに手間暇がかかる。
内容を読みにくくしてまで字を大きくする意義が分からない。
字が細かくても平気な私だけでなく、親世代の人々も読みにくくなったとこぼしている。
恐らく中の人はものすごく精密なパズルを組んで日々の紙面を設計しているのだろうと思う。
人ではなく優秀なプログラムか何かがこなしているのかもしれない(全く分からない)。
いずれにせよ、勇気を出して元に戻す新聞があったらそれなりに人気が出るのではと思ってしまう。
勿論そういう意味での読みやすさ分かりやすさを最大の売りとする商品性で。
……と書いて無性にむなしくなったのは何故だ。
ひみつへいき
副業の分類業務やコード整理業務を行っているときだけ登板する「ひみつへいき」。
コンパクトフルキーボードを久々に出した。
数字入力が多いときはテンキーがとても活躍するのだが、独立テンキーはなんとなく落ち着かない。
Bluetoothテンキー電卓も持っているものの、マウスと置き場所を奪い合う気がするのだ。
キーボード一式で幅383mmに納まってくれる「ひみつへいき」の方がお気に入り。
難点はHomeキーがFn+←、EndキーがFn+→に割り付いていること。
Excelを使っているとShift+Home/End+↑/↓を同時に押して範囲選択をすることが多いのに、
上記のキー割り付けでは実現不可能なのだ。
まぁ数字入力と比べればはるかに低い頻度なので範囲選択のときはPC本体のキーを押すまでだが。
加えて、「ひみつへいき」はごくたまに出張する。
USBでもPS/2でも接続できるので、他のPCやらダンナのMacにも使えるのだ。
尤も普段はSynergyとやらのおかげで「ひみつへいき」の出番はないが。
愛読書は辞書だった
何故か昔から小説の類が苦手なので、私の本棚は参考書だらけだ。
翻訳領域が多岐に渡るので、高校の教科書類は手放せず重宝している。
実際には習わなかった生物や地学の教科書も、運良くもらいものにありつけた。
そういうわけで?見る頻度が最も高い参考書は高校の理科の教科書だったりするのだが、辞書もたくさんある。
留学中その価格差に味を占めた私は、中国語がらみの辞書は日本では買っていない。
小学館の中日辞典は大学に入ってすぐ買ったものだが、他は中華圏で仕入れてきたものだ。
ただ翻訳参考用の辞書はほとんどが対訳用語集のようなもので、あまり参考情報が載っていない。
語義の詳しい解釈やら囲み記事やらを読むのが好きな私には寂しい限りである。
電子辞書だと周辺の情報が視界に入らないので云々という話を見聞きしたことがあるが、
それより「検索しないと読めない」ので読むに適さない、という方が私には寂しい。
ただ検索するだけならこちらのほうが早いので私も持ってはいるが。
小学生の頃、よく授業中に辞書を読んでいた。
最初に与えられた小学館の国語と漢和は5周ぐらいずつは読んだと思う。
漢和辞書は特に言葉の出典などがあるため「読み物として」面白かったのを覚えている。
その習慣のせいか辞書を引くのも他人様より速いのがささやかな自慢だった。
……それが今や索引の位置すら忘れている。とほほ。
重なるときは重なるもので
翻訳(週明けまで)と副業(来週中)とお茶を半日で受注。
英文和訳ながら担当者がせっぱ詰まってそうなので、少し助けるつもりで応諾したらお茶の注文が。
量り売り商品の用意をしていたら今度は副業の引き合いが入った。
三者の間には何ら関係がないあたりが妙味。
副業の納期に余裕があったので翻訳と両立できることになったが、心情的にはこちらを優先したい。
……よりによって翻訳のほうが取引先の中では最も安い部類の単価だったので。
単価が安かろうと納期が短かろうと、それに応じて品質を調整できない(手を抜けない)ので儲けは薄い。
引き受けたからには全力で誠実にこなすのが筋であろうし、急ぐには瞬発力のようなものも要る。
しかしそれが報酬に反映されないと最初から知っている(宣言されている)のが何とも。
うにうに
生えかけの羽(筆毛)を抜いたり抜き損ねて折ったりしていた愛鳥こま。
そんな彼にもやっと新しい筆毛が生えてきた。
以前なら元々の羽がある下に生えてくるので目立ったりしないのだが、毛引きした箇所だと筆毛だけが見える。
かつて実家にいたころ筆毛の生えてきた子達をサボテン呼ばわりしてきたが、今回はむしろ海胆だ。
サボテンの本体(葉肉?)に該当する部分が見えないし、放射状に一斉に生えている。
これが無事に開いてくれたら毛引き問題も一旦は解決かと見守っているのだが、他人様から見たらかなり気持ちの悪い見た目だろうと想像する。
小鳥の首、腰に海胆。
ついでに言うと筆毛が軒並みスミレ色なので、ムラサキウニっぽい。
わりとたいへんないちにち
ここのところ毎朝やっている経済記事翻訳の原稿が9:40になっても来なかったので煽る。
煽りなんてガラでもないのでかなり苦手なのだが、持ち時間が削られるより多少まし。
それにしても遅いなぁと思いつつPCに張り付いていると、S社長から(副業の)引き合いが来た。
すぐやれすぐ出せという感じではないので引き受ける旨を返事すると「レス早っ」との反応。
それはそうだろう、普段なら30分おきぐらいにしかメールチェックしないのだから。
結局、翻訳原稿が届いたのは9:48だった。最低記録更新。
担当者が「ゴメンナサイね、お客さんからもらうの遅れて」と冒頭で言っていたので許す。
でも流石に納品は納期ぎりぎり。
こういうときに限って分量が普段より多かったりする。
昼前には副業ネタも頂いていたのだが、まずは本業優先。
年に数回という微妙な頻度の定期案件が手元にある。
納期が金曜ということで急ぐまでもなかったのだが、存外さくさくと進んだ。
昨年分と重複が多い報告書だったのでTRADOS大活躍。
半日で20枚も処理すると、手指がつってくる。この処理速度は恐らく最高記録。
一息ついてから、副業に着手。
3問中の1問ぐらい終われるかと思っていたが、意外と進まず。
まだ感覚が取り戻し切れていないのかもしれない。
翻訳の教科書
『日漢互訳教程』(高寧・張秀華/南開大学出版社)という本を取り寄せた。
ネット書店で見かけたから買ったというだけなので大学での講義用かどうかは分からない。
成分献血の採血中、その序文だけを読んでいたのだが面白かった。
中国語では「翻訳」に日本語で言うところの「通訳」も含まれる。
強いて識別するには前者を「筆訳」、後者を「口訳」と表記するのだが、序文での説明が両者の共通項だったり相違点だったりして読むのは大変だった。
「訳者の仕事は何か」という話なのだが、「口訳」の場合の喩えが「嫁姑の板挟みになる夫」。
どちらの立場、心情も理解しなければならないが、どちらになびいても後が大変という。
当然と言えば当然だが、「口訳」と上記「夫」の違いは、自分の意見を出すべきか否かである。
自分で考えなければならないが、自分の考えを言ってはいけない仕事…ということにでもなるか。
私の仕事でもある「筆訳」については、「むしろ読者の代表となれ」とあった。
通常であれば原文と対話をする権利(機会)は訳者にしかないのだから、訳者は読者の目で原文を見よとのこと。
筆者の言いたいことを伝えるというのはもちろん前提として、だ。
「筆訳」は「口訳」と違って、受け手が自分と空気を共有していないことに配慮する必要がある。
その場にいれば何となく伝わる(非言語的な)情報というものがない、ということ。
まあ通常業務を想定すれば、読者どころか筆者と空気を共有することもまずないのだが。
教科書のしかも序文だけにごく当然のことばかり書いてあるのだが、敢えて活字になっていると新鮮だ。
二年ほど通っていた通訳/翻訳学校には定型の教科書がなかったので……
実例から入る講義もそれはそれで面白かったものだが、形から入って再整理というのも乙なものだ。
対象外なの?なのに?
私は趣味で数社のアンケートモニターに登録している。
主に消費を仕掛ける側の魂胆が少し見えて面白いからなのだが、
最近どうも「予備調査」の質が各社とも下がってきている気がしてならない。
・登録情報と重複する内容を質問する-これは集計の便宜かと思えば分からないでもない。
・登録情報と矛盾する内容を質問する-これは理解しがたい。
三年も前から自営業として登録しているのに、いまだに会社員を前提としたアンケートが回ってくる。
上司について、出世について、昇給について……どれもありえないのだが。
そういう調査に限って職業を聞いてこないし、冒頭で前提条件を述べていない。
私(を含む自営業者達)は良心に基づいて回答を拒絶することが期待されているのか?
目的が小遣い稼ぎの人だったら、嘘でも並べて答えるところだろう。
そういうゴミ回答が排除しづらい調査票は素人目にも無駄としか映らないのだが、発注元は満足できているのだろうか。
下戸の味方?iタウンページ
現住所に落ち着いて二年ほどになるが、いまだに好みの寿司屋を見つけられずにいる。
田舎に帰省すればいくらでも連れて行ってもらえるのだが、実用上そうも言っていられない。
こちらの両親からもあまり有用な情報が得られないので、結局はネットで検索するのだが。
駅名+寿司、なんて検索語では結果が知れている。
どうしても「ぐるなび」や「ホットペッパー」などの掲載情報が上位に来る(外すとほとんど結果が出ない)。
上記検索結果で何が困るのかというと、そういう媒体では下戸が相手にされていないことだ。
「和食」を指定しても「寿司」を選択しても、何故か出てくるものは居酒屋だったりお酒自慢だったり。
#何故かなどと言うまでもなく、宴会需要がそういうところを支えている証左なのだろうが。
そういうときは電話帳だ。タウンページだ。
iタウンページなら全国の検索ができる。
電話帳なだけに、ホームページを持っていない店舗も見つかるのがありがたい。
……当然と言えば当然なのだが。
広告媒体ではなく電話帳に「すし店」として登録している店舗の方が私には安心だ。
「寿司も扱っております」ではなく「すし店です」と言い切る?安心感。
まあそこまでして絞り込んでも、実際に入ってみないことには雰囲気までは分からないのだが。
(以前かなり美味しいが「どう見ても飲酒が前提」というところがあった)
