とあるセミナーの懇談会で翻訳学習者なる人がついて来た。
大手翻訳会社系列の学校で医療分野の基礎を学んでいるという。
11年前の自分を顧みると言えた義理ではないが、かなり厳しいことを言ってしまった。
どうにもこうにも、彼女の志が見えてこなかったのだ。
「活躍されている皆さんのお話を伺いたくて」という行動力は当時の私にはなかった。
その一点をもって十分に尊敬すべきなのだが、何かが引っかかって仕方ない。
医療分野の英語翻訳を学んでいるという彼女は何で食う気なのだろうか。
折しも「翻訳でメシは食えるか」の話を聞いて日が浅いこともあり、怪訝に感じた。
「先輩方」に学習法を質問するでもなく、自分の夢を語るでもない。
現状を淡々と述べて、「続きを聞かせて」という顔で人に話を回すのだ。
医療分野にも英語にも明るくないので力になれない苛立ちのようなものもあった。
何か聞かれれば誠意を持って答えようとは思うものの、質問の方向が見えない。
どうやら原因は、どこにも執着を感じ取れなかったせいらしい。
「英語で」「医療分野で」「翻訳で」「フリーランスで」仕事をすることへの希望が。
よほど好きか必要に迫られるかでない限り、ゼロからこの道を目指すのは無謀だ。
希望分野に背景知識がなく、希望する理由も特にない。
「とりあえず3年はと聞いたので勉強しようかと」
匿名掲示板で「叩かれ」たり、講座の先生に「厳しいよ」と言われたりしたそうだ。
それとても淡々と、微笑すらうかべて並べていくだけ。
悔しくないの?の一言を飲み干すのにグラス1杯では足りなかった。
自分はどうなの、どうしたいの、どうするの。
その問いかけは相手に投げつけず、自分で再考した。
他人様から同じ問いかけを受けたら恐らく動けなくなるだろう。
それでも逆に11年前なら「翻訳でフリーランスやります!」と断言していたはずだ。
3年勉強して芽が出なかったら(故郷に)帰れと母から諭されて出てきた麹町。
志なんて立派なものではなく、意地だった。
幸い2年弱で初仕事にありつけたので、今の自分がある。
…という話をしたのだが、意図は全く伝わらなかったらしい。
伝える力が足りないのか、自分に伝えるべき中身がないのか。
まだまだ「先輩」なんてタマではないと分かっただけ収穫としようか。