通信環境

一泊以上の外出になると、その目的に関わらず通信環境が気に掛かる。
近年はビジネスホテルの客室でインターネット接続ができることも珍しくなくなってきた。
接続方法が有線か無線かはほぼ気にならない。

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指輪

久々に指輪を外した。
外したまま歩くというところまで含めると、初めてかもしれない。
とは言え不祥事でも何でもなく、修理に出しただけなのだが。

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下請業者

中小企業庁から「代表取締役殿」宛ての封書が届いた。
すぐ上の行には間違いなく私の名前が記されているので私宛てなのだろう。
開いてみると、「親事業者との取引に関する調査について」と題したアンケートだった。
「下請代金支払遅延等防止法」とやらの状況確認が目的だそうだ。
ちなみに、ここで言う「親事業者」は同法の用語であり、資本関係の有無は不問。

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純粋なる魂の為せる仕事

おとちゃんノートで紹介されていた、松山秀太郎 ペーパーモデル展に行ってみた。
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11090402.JPG
私ごときの携帯写真で心苦しいが、この作品達を目にして言葉は要るまい。
ため息やら賛辞やらはいくらでも出せるが、どう評しても失礼な気がする。
この写真では縮尺が分からないかもしれないが、「新聞車ク 3形」とあるほうは新聞紙である。
新聞の文字の大きさに比して見ていただきたい。
他の作品も同様の精密さで創られていた。
開催日時が限られているのが惜しまれてならない。残すは9/11(日)13:00~18:00のみ。

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見る人は見ている

このブログにコメントを頂けることが少ないのは単なる日記だからと思っていたが、
よもや電話で来るとは想像の斜め上どころではなかった。
曲がりなりにも公開しているし名詞にも載せているので誰が見てもおかしくはないはずだが。
「見て励みになりました!」と言われ数秒ぽかんとしてしまった。
人様の励みになるような前向きなことを書けていただろうか?
むしろドロドロとして心配を掛けるような記事ばかりだった気がしてならない。
実際にそういう日々を送っているのだから偽りはないのだが、些か気が咎める。
明るく報告できる/したくなることをもっと経験して、素直に書けるのが一番なのだろう。
漠然としていて難しいが、そういう日々を目指してみたい。


それにしても、迂闊なことはかけないなと思った次第。
標題に反するかもしれないが。

どこかではないこことそこ

書類棚を片付けていたら、2年前のフィットネス記録が出てきた。
運動などの記録を見る分には真面目にやっていたようだが、結果指標は一進一退。
「このままではいけない」と一念発起して始めたことはまだ覚えている。
挫折した記憶も力尽きた覚えもないのだが、気づけばその努力は風化していた。
書類を見る限り、2年前~1年前の取り組みに成果があったとは言い難い。
反して現在、体組成こそ測定していないが、体重は明らかに軽くなっている。
特に何か過激なことをしたわけではなく、むしろ地味に自宅で運動をしていただけだ。
気軽でもなく楽しみでもないのだが、日課として定着している。
それまでの失敗と何が違うのか考えてみると、気の持ちようだけだったかもしれない。

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復元作業

ふと胡弓が弾きたくなったので取り出すと、高音弦が切れていた。
替えの弦は買ってあるので張り替えるか、と気楽に構えていたのがそもそもの間違い。
自分の不器用さと迂闊さをすっかり忘れていた。

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両親と水

宅配便がいわき市内各家庭への配達を復活させて最初に私が送った物は飲料水だった。
ウォーターサーバー用の12Lボトル2本組という、戸口でなければ受け取りたくない代物。
その水を母がいかに喜んで飲んでいたかを、父がさも楽しそうに再現して見せてくれた。
まあ喜ばれる贈り物ができたようで、少し安心。
4月、いわきの人々は震度6の余震とやらで2度目の断水に見舞われた。
幸い2度目は復旧が早く数日で済んだのだが、さぞや心細かったことだろう。
まして水道水の安全性も騒がれ出していたので、遅ればせながら水を送った次第。


実家は高台にあるせいか、元々ラジオがあまりよく入らない。
停電の復旧が早かったこともあり、主な情報源はテレビだったそうだ。
しかしライフラインや援助物資などの広報は「詳しくはwebで」扱いのものが多かったとのこと。
ADSLが復旧したのは4月に入ってからだったので、えもいわれぬ不安があったらしい。
市のホームページ広報内容に目だった更新があれば、私が印刷してFAXで送ることにした。
そうして知った近所の給水所に20Lのポリ缶を2本も携えて行ったところ、断られたとか。
急に断水だ給水所だと言われても用意がなくペットボトル持参の人も多かったという。
「そんなにたくさん汲むのなら浄水場へ行ってください」
おとなしく平浄水場へ行ってはみたものの、駐車場はないわ行列は長いわの騒ぎ。
おまけに浄水場周辺で断層が露出したり地滑りが起きたりで足元も不安定だったという。
夫婦交代で並ぶこと実に6時間、最初の給水にありついたのだそうだ。
向かいの奥さんから菱川町公園のほうが混雑していないと聞き、翌日からそちらへ。
最初の40Lを伯母宅へ届け、その帰りに自分たちの分を汲んだ。
私がさんざん世話になった伯母夫妻は高齢の上に車を持っていないからだ。
両親とて還暦を過ぎてはいるが、まだ車があるだけいいと水を運び続けた由。
物流麻痺でガソリンが尽きていく中、水は車でないと汲みに行けない日々が続いた。


上水道が復旧しても、蛇口をひねれば飲み水が出るとは信じがたいようだ。
元から大型ペットボトルに浄水用セラミックボールを入れて簡易浄水する習慣はあったが、
加えて放射性ヨウ素の半減期を待つことにしているのだとか。
数日で水が傷むほど暑くなる地域ではないが、カルキ分を抜いてしまうので心配ではある。