それでもいいよね

このところ、力の及ばぬところで悲しいことが複数あり塞いでいた。
何か発話しようとすると愚痴ばかりになり、より惨めになる。
百害あって一利なしでは、と、ついったーそのものを十日ほど離れていた。
その間いつもの面々が平穏に過ごせていたかは知らない。


人目に触れる文言なら前向きな方がいい。
そもそもの体験事象から面白く楽しめるに越したことはない。
ないしは誰かしらの役に立ちそうなことが発信できたら、小さな満足が得られる。
そのどれもなくなった、と感じた途端、そこでの自分が害悪のように思えた。
本来、何を言おうが言われようがお互い様のはず。
気に入らなければ見ないで済むはずのものだが、自意識過剰だったのだろう。
他人様の言動から離れるほど余計に悪化するのは冷静ならば分かること。
ここでやめたら負けだ、と妙な意地のようなものがあり、完全撤退はしなかった。
自分の中だけで行きつ戻りつすること約十日間。
ひょんなことから

日記には「多数の人のためにはならないけど、それを書く人の気持ちが残る」

なる言葉を目にして、ため息が出た。
どんな愚痴よりもずっといい出力だったと思う。
この日記そのものも含め、そういうものなのかと合点がいった。
できることはしているし、これでもまあ普通に生存している。
少なくとも犯罪や諍いは起こしていない。
まずはそれでいいかと。
一足飛びに幸せの輝きを放つ所以はない。
「意外と悩んでるのかな」ぐらいに思ってもらえても、そうでなくともいい。
できることを増やさないと、とは思うものの、焦るには及ばないのだ。多分。
ひとまず現況。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です