傍観する仕事

最近、翻訳まわりの副業が増えた。
TRADOSのWinAlign機能で対訳をまとめる作業が発注してもらえるようになったのだ。
ある文書の英語版と日本語版を渡され、「整合ファイル」なるものを作って納品する仕事なので
自分が翻訳をすることは全く期待されていない。
英語版のある段落とその訳文である日本語版の該当段落を文字通り紐付けするだけなのだが、
段落の区切りが英日で違っていたりするので英語力不要とはいかない。
場合によっては前後の段落をひとつに併合したり、逆に文を読点で段落に分けてしまったりする。
うかうかしていると原文にはある繰り返しが訳文にはないといった構造に引っかかる。
したがって校正するぐらいの神経を使って対訳に目を通していくのだが、
他人様の仕事を傍観できる機会はそうそうないので意外と面白い。
直訳過ぎるだろうと思ったり、予想外の対応表現が見事にはまっていて感心したり。
本業の中文和訳には出てきそうにない表現もあったりして、暗記すれば役に立つというものではないが
日頃の翻訳作業を反省するなかなかよい機会になってくれたと思う。

マナーと信仰と葬式仏教

二七日法要に参列?してきた。
聞き慣れているものと宗派が違うせいなのか、経文が殆ど聞き取れない。
ちょうどお坊さんの手元が見える位置に座ったので眺めていると、
まあ聞き取れなくても当然かという文字列が並んでいた。
あれが日本語として聞き取れるセンスの人間はそうそういないだろう。

決してお坊さん本人や施主を侮るつもりはないが、法要の意味が分からなかった。
仏前に供え物を並べ、お坊さんを招いて読経してもらう形式しか理解できない。
故人を偲ぶでもなく法話を聞くでもない。
「あれは亡くなった人との距離を確認するためのお別れ会が何度もあるだけだから」
という解釈をする人もいたが、そういうものなのだろうか。
何度もあるお別れ会に粛々と顔を出すのがマナーということだろうか。
あいにく故人と親しくする暇がほとんどなかった私には、それもいまいちぴんとこなかった。


不謹慎にもよく思うのだが、仏様はあの経文を聞き取れるのだろうか。
古い中国語のような文法で並んだ漢字を日本語の音読みで発音されて、
インドにおわしました筈の釈迦如来に祈りは届くのだろうか。
それで分かっていただけるぐらいなら、日本語の平文口語でも十分ではないのだろうか。
「分からないが何となくありがたがっておこうか」だけで今まで続いている習慣ではないのか。
だとするとそれは仏教ではない土着アミニズムの形ではないかと気になってみたり。
カタカナ表記で外来語が輸入されそのまま使われる文化の土壌は仏教まで遡れるのかと訝ってみたり。
「分からないもの・知らないもの=神秘=ありがたい・かっこいい」が昂じてこうなったのか、
無難に前例をたどるのがよしとする振る舞いそのものが継承されてこうなったのか。


いわゆる葬式仏教なるものの原因は、その理解のなさにあるのではと思った次第。
法話を持たない宗教者と、教典を見ない信者。
しかもわざと両者は理解し合わないのではないかと。「ありがたみ」のために。

たかが「かな」?

Googleニュースで新聞各紙を斜め読みしてふと気づいた。
今をときめく国連事務総長「潘基文」氏の読み仮名が実は複数ある。
私はてっきり「パン・ギムン」で統一されているものだと思っていたのだが
日経では「バン・キムン」になっていたのだ。
気になって「潘基文」で検索してみると、外務省では「パン・ギムン」、JICAでは「バン・ギムン」
そもそも外国語の発音をカタカナで書き取ろうということに無理があるのかもしれないが
人名の読みを検索するときは下位結果まで見て最多のパターンを探さないと、という教訓になった。

幸い中国の人名は漢字表記のまま読み仮名なしで通用することが多いものの、
ごくまれに読み仮名を依頼されることがある。
例えば「胡錦濤」主席はたいてい「フー・チンタオ」なのだが「錦」は「ジン」ではないかと迷うときもある。
しかし、なまじ漢字表記のまま通用してしまっているがゆえに、それどころではなく
実用上「こきんとう」になっている場合が多いのではないだろうか。
滅多に見ないテレビのニュースでは「こきんとう」だった気がする……

短い方が難しい

全部で71語というトホホな分量の追加発注をもらった。#流石に単独だったら拒絶したと思う
どうもホームページの見出し文字列らしい。
全体の文脈がないので訳語を探すこと自体が骨だったが、
何より大変だったのは”Book Now”と”Reservation”の訳し分け。
これが英語のテストなら両方とも「予約」で正解もしくは「今すぐ予約」と「予約」だが、
意味の同じ語句を書き分けている意図を考えねばならない。


支給された「原文」はWordにべた打ちだったので配置も色も分からなかったが、
客先の名前から該当のページを検索して手元の「原文」と見比べてみた。
なるほどなるほど。片やボタン上の表記、片やその検索窓の見出しだったのだ。
一語しかない「原文」の意図もホームページ上で見れば何のことだか分かる。
やはり「言っていることではなく言いたいことを訳す」原則は大事なのだと感じた次第。

意外と休みにはならず

午前中は引き合いもなくのんびり過ごしていたが、
夕方になって2件の新規案件が。
先週から引きずっている宿題はないものの、
まるまる休日にはならないものだと妙に感心した。

大人気……?

先週末に得意先へ顔を出してからというもの、仕事が方々から来て大変だった。
せっかくの帰省だというのに一室にこもって通常業務。いや通常より忙しかったかもしれない。
父が「あいつら、何しき来てるんだ……?」と呆れる始末だった。
観光もしなければ休憩もしない、両親との会話も食事だけの有様では無理もないが。
当方も金曜の「宿題」だけ提出してのんびりしている予定だったのだが、
進めている間に4社から声がかかった。うち2社は流石にお断りした。
一通り片付いた今から考えても、引き受けられる業務量ではなかった気がする。
持病?の口内炎やらしゃっくりやらが暴れ出して大変なことは大変だった。
幸い実家にいるので家事は120%母に任せられたが(ごめんなさい)。
波が激しいのはフリーランスの定めとは言うものの、ここまで忙しかったのは恐らく初めて。
仕事量を増やすべく取引先をふやす方針で来たのが吉と出たのか、……。
まあどの仕事もその案件なりに楽しかったのでよしとする。

得意先訪問

一番お世話になっている翻訳会社の人が「遊びにおいで」と声をかけてくれた。
というのは、私が東京から関西に引っ越してきたことでご近所さん?になったのがきっかけである。
社交辞令だろうとも思ったが、面白いのでとっとと約束を入れてしまった。


会社の最寄り駅で待ち合わせ、軽く周辺を案内してもらってからカフェへ。
席に着くや、「仕事の話からであれなんですが」とクリアファイルが登場?
そういえば引き合いのメールがあったことは携帯から見て気づいていたが、そうきたか。
折しもこの週末は既に二社から受注があったので、恐る恐る納期を聞いてみた。
「いつでもいいですよ。できる一番早い時間で」その笑顔に参った。
これはやはり急がなければならないのだろうか。
事情を話すと、来週中なら何日でもよいとの答えで一安心。


写真をもらって旅行やら趣味やらの話をしつつ、周辺の散策に案内してもらえることに。
なかなか面白い風景だったが、引きこもり同然の私には港町の商業施設が目に痛かった。
応対してくれた二人は中国人だったが、町には普通に各国の人が歩いていたので目立ちもしなかっただろう。まして会話はずっと日本語だった。#私が中国語をしゃべれないので。
すっかりおのぼりさん観光客気分で元の駅に戻ると、二時間も経っていた。

苦手な機械

パソコンやら電化製品やらの機械は大好きで扱いもむしろ得意な私だが、
コピー機とファクシミリだけは未だに苦手としている。
会社に勤めている頃はよく立ち往生していた。
#電話が苦手なのは機械であることと全く無関係……だと思う……思いたい
そして本日、改めてファクシミリ送信と対峙したわけであるが。
気づいてみると引っ越して以来、今日まで送信の用事がなかった。
それでも国内相手ならば難なく使えたはずだが、今回の送信先は中国。
基本契約書なので記入欄やら署名やらを手書きして紙で返す必要がある。
スキャンしてメール添付でもよい、と登録担当者は連絡してくれていたが、
のちのち使えないのも不便だろうと更に試行錯誤。


東日本から西日本に引っ越したのでマイライン設定が解除されていたのだった。
「おつなぎすることができません」云々の日本語自動音声をよくよく聞いてみると、
会社識別番号のあとに010をつけてから相手国番号という手順が必要なのだとか。
なるほど、これまで010しかつけてなかったがその前に電話会社を指定する手間が入るということだ。
……次いつ使うか分からないが、面倒なのでマイラインの申し込みをすることにした。

個人とブランド

『自分ブランドの教科書』(藤巻幸夫)、『ブランドと百円ショップ』(堺屋太一)を読んだ。
どちらの本も題名に「ブランド」の文字が躍っているが、内容はほとんど関連がない。
前者は社会人(ほぼ勤め人)向け、いかに自分を高めるかの方法論が示してある。
後者は大局から世相を眺めたコラムの書籍化されたもの。
どちらが役に立ちそうか、より心に響いたかといった印象はない。
私が一番「面白いな」と思ったのは奥付の違いである。
前者には当然のように著者略歴が載っている。
有名人なので知っている読者も少なからぬいるだろうが、ちゃんと書いてある。
反して後者、著者について一言もない。
これがブランドですね、わかります。

割り込み

新しい取引先(国内)から初受注した中文和訳にとりかかっていると、英語メールが来た。
先月ホテルのプロモーション資料翻訳を依頼してくれた香港の会社だった。
「ちょっと追加スローガンがあって、なるべく急いで欲しいんだけど」
急いでと言われても別件がある。とは言え無理なら無理と判断して答えなければ。
添付された原稿を見て唖然。何と全文13文字。
断る言い訳を英作文するより納品した方が早いに決まっている。
本件の割り込み、所要時間2分。
ちゃちゃっと納品メールを書き、「お代は要らないよ」。以上。
……90円そこいらのギャラに1000円で済まない振込手数料はかけられないので。
恩に着てもらえるといいな、程度の期待。