いよいよ「互相」の子とご対面!お相手は小柄な女の子。

昨日の今日で師匠ルートで回って来た方の「互相」の子に引き合わせてもらった。
山西省出身の一年生だそうだが、標準語の発音が綺麗で更に日本語もうまい。
臆病なのか控えめなのか余り喋ろうとしなかったが、真面目そうな好感の持てる子だった。
唯一の難点は私が中国語を話さなくても会話できてしまうこと。
もしかすると中国語の勉強という目的は達せないかもしれないなと思うが、まあいいか。
見たところお友達になれそうなタイプなので、他の御利益がちょっと期待できるかも?
折角わざわざ中国に来てるんだし、中国人の友達も欲しいと思っていたところなのだ。
拙い中国語でそれも伝えたが、「私もお友達になりたいです」と綺麗な日本語での返事が来た。
有り難いことは確かだが、どうも恥ずかしさが先に立ってしまう。
でも頑張って色々な表現を教えてもらわねば!

二人から「互相」の紹介を受けることに。こんなんでいいのか?

お昼に学食で最近できた知りあいと再会し、ついつい長話。
授業か何かの話題から「互相」(自国語を教えあう家庭教師)の話になり、
もしよかったら人づてに紹介しようかと言われ、安易にお願いする。
先から学生課には頼んでいるのだが脈がないので誰か老同学(ここの先輩)を頼ろうかと
思っていた矢先だったので渡りに船という訳である。
来週中ぐらいには連絡をくれるということで一応その場はお開きになった。
ところが、部屋に帰って一服していると師匠から電話が。
彼女の「互相」がその友達を紹介しようと言って来たそうなのだ。
本来は去年の同級生に充てるはずの人を事情あって私に回してくれると言う。
さっきの今なので二つ返事とはいかないが、折角のご厚意なので受けることにした。
時間や内容などは原則として本人同志が決めるとのことで、とりあえず明日ご対面。
師匠とその「互相」が私に「互相」を引き合わせ、紹介してくれるという話になった。
日本語がある程度できる子だそうだが、はてさてどんな子が来るのやら。

一ヶ月ぶりのサンドイッチ。謎の飲料「珍珠シリーズ」と出会う。

打ち上げは昨日やったというのに、今日もお茶に誘われた。
実は渡航以来まだ喫茶店というものに行ったことがなかったので二つ返事。
予想外に費用が高く、師匠に立て替えてもらってしまった。
ともあれその喫茶店の名物らしい「珍珠」入りのジュースとサンドイッチをとる。
何故か近所ではコンビニもパン屋もあるのにサンドイッチが売られていないため、
当地では初めてのサンドイッチということになる。考えてみれば一ヶ月ぶり!
名前は「三明治」。当て字らしい。具はトマトと胡瓜に玉子ペースト、そして謎のそぼろ。
しかもパンがご丁寧に一枚ずつ焼き色をつけられている。面妖な食物だった。
結局そぼろが何でできていて何の味なのか判定できず。これが十八元!
普通の菓子パンが二~三元なので高いか安いか(場所代も含めて)何とも言えない。
そして問題の「珍珠」入りココナツミルク。値段は奇しくもサンドと同額。
日本ではビールかパフェでも入れて出すような容器に満杯で出てきた。
図太いストロー(直径が標準の三倍はある)が堂々たる奇観を呈している。
乳白色の液体の底に沈む黒っぽい数mmの物体こそが「珍珠」らしい。
そいつを吸って飲むためにストローが異様に太いのだとは一目で分かった。
ココナツミルクの味は悪くない。普通ないし少しあっさりめといったところか。
本来「珍珠」は真珠という意味なのだが、何故に黒いのか一抹の不審を感じる。
いざ、食す。師匠はゼリーみたいなもんだとのたまっていたが、むしろ葛餅だ!
噛んだ触感はグミに似ているが、多分これは澱粉質のあれである。
以前うちで作り損ねたわらび餅の感覚が蘇った(笑)。色は紅茶のものらしい。
わずかに渋さを感じる程度で味がほとんどないので断定しかねるが、紅茶だろう。
何故なら、シリーズのうち紅茶だけが安いから(笑)。

今週の打ち上げ。病状やっと回復に向かうか?

師匠との約束(?)で、木曜は「打ち上げの日」と決まっている。
水・木は六限まであるため、木曜がまさに週の峠を越す日と言えるのだ。
もともと疲れやすく仕事もある師匠のための行事(?)だったのだが、
今週は不祥事(旅日記参照)の始末と体の不調で私も打ち上げたい気分だった。
五号棟の五階から一号棟の四階に移動するだけでも相当な苦痛で、
階段を上るたび頭がひどく疼いて苦しかった。熱も多分あっただろう。
自室に戻る気力を無くして師匠の部屋にお邪魔したのも一度ではなかった。
でも明日で今週が終わりだ!何とか生き抜こう…..。

一人で公安へ。めちゃめちゃ怖い。

更に病状が悪化し、本格的に体調が狂ってきた。でも授業には出る。
どうせ部屋にいてもおとなしく寝ていられそうではないので、気晴らし半分。
六限までぎっしりという日程は参加してみると予想外につらかったのだが。
それに今日は書類が揃ったこともあって公安に行くと宣言してしまっている。
直接には公安の発行する書類がないと大使館に交渉できないのだ。
余り他人様に迷惑をかけるわけにもいかないし、当てになる人ももういない。
かくなる上はと腹を括り、放課後すぐにタクシーを拾う。これだけでも一仕事。
来校以来ずっと団体行動だったので自ら方向を告げた経験すらなかったからである。
三人目の運ちゃんがやっと場所を分かったらしく、公安前まで走ってくれた。
その間じゅう、メーターが気になって仕方がない。羹に懲りて何とやら、である。
何とかぼられもせず到着。とりあえず最寄りの窓口で係がどこか聞いてみる。
幸い聞いた相手が担当している仕事らしく、すぐに関係書類を要求された。
国籍証明がないと分かっても焦らず航空券がないか聞いてくるあたり慣れたものだ。
往復切符で来ていたのが私の最後のツキだったな、と実感してため息が出た。
言われるままに航空券のコピーを用意して質問表と一緒に提出。
四五日かかると言われて不審がると、係の人は英語で丁寧に言い直してくれた。
とりあえず部屋に電話をくれるそうなので、まあいいか。
だるいのでバスを探す気力もなく、再びタクシーを拾って帰る。
案外こんな語学力でも何とかなることはあるものだ。でもつけあがると後が怖い。
思うに、それが中国である。多分。

師匠の働きで中国人の援助を得る。

学校が余りにも何もしてくれないので、師匠が中国人の知りあいに連絡してくれた。
すると本学の公安に詳しい教授が一人と日本語検定一級の女の子が一人
一面識もない私のためにわざわざ時間を割いて色々と面倒を見てくれた。
通訳、代理での書類申請、いずれにも情がこもっていて非常に有り難く、恩義を感じる。
女の子は非常にしっかりしているのに顔を見ると若く、聞いてみると同い年だった。
「こんなに子供で恥ずかしいです」と言うと、「外国ではみんなそうでしょう」との返事。
間なしに日本へ留学すると聞いてどこかと尋ねたら神戸大学だそうで感心した。
帰国後もし会えたらお礼をしようと思い、大阪の連絡先を名刺に書きつけて渡す。
私の語学力ではどうにもできなかった書類が手に入り、恐縮至極。
いよいよもって師匠に頭が上げられなくなってしまった。

授業再開。やっぱり現れない人が多い。

昨日より痛くなった頭を抱え、朝っぱらから学生課で書類申請。
ここまでしてもすげない人というのはいるもので、「公安へ行け」とさ。
行っても碌に喋れないから学校に頼んでるんぢゃないか(怒)!
ともあれ一旦おとなしく諦めて授業に出てみる。人が少なくていい感じだった。
二十人前後のはずの面々が十人ほどしかいなかったのだが、狭い教室にはこれでいいのかも。
同級生の人数も把握できていないとは、我ながら…..そういう所なのである。
連休ボケで先生もだるいのか、珍しいほどペースが遅い。後が恐ろしいほど。
月曜は三限と四限だけという奇妙な日程なのだが、今日ばかりは有り難かった。
朝は自分の用事に使えるし、昼からは寝ていられるし。
しかし普段これをやられて一番だるがっているのは私だったりする。

恐ろしいほど何もしなかった。久々の粗食。

睡眠不足がたたってか慣れないことが続いた疲れか、起きられなかった。
朝御飯を抜いたのは渡航以来(というか初めて?)のことである。
しかも目覚めが妙に不快で、風邪を引いてしまったらしい。
無性に暑く、しかも喉が渇いて仕方がない。これが大陸の風邪というやつか?
床にも戻れず止む無く起き出して旅行中の分の洗濯を済ませる。
改めて上海の水を見る。やっぱり黄色い。電車で一時間の蘇州の倍は汚いぞ。
ホームシックではないと思うが、一瞬で日本どころか田舎が恋しくなってしまった。
日本の皆さん、空気も水も貴重な幸せです。本当に。

「地上の楽園」蘇州観光、そして生還。心ここにあらず。

於:蘇州→上海
朝食でいきなり百元消費。昨日と似たような点心類で四倍はぼったくりぢゃ(怒)!
寝床は硬いわ浴室はしけったいわで、仕上げがこれとはよくできすぎている。
部屋に中・英・日のアンケート用紙があったので苦情を一筆したためてやった。
館内の案内には中国語しか使わないくせに、何でここにだけ慇懃な日本語がと思うと余計に癪だ。
しかし敢えて英語で書きなぐる。日本人だからって馬鹿にするなっちゅうねん。
八時半にロビーで待ち合わせと約束していた男性陣は二十分頃もう来ていた。
聞けば、近くのホテルに泊っていたという。しかも我々より待遇がよかったらしい(泣)。
ともあれ気を取り直して「天に天堂あり、地に蘇杭あり」と名高い蘇州観光に出発。
最初に訪ねたのは戦国時代の呉王にまつわる古跡・虎丘。大きな石がたくさんある。
しかも主立ったものには一つひとつに名前があり、ご丁寧に由来を綴った看板までついていた。
面積の大きい一枚岩には「千人石」、まっすぐな割れ目のある石には「試剣石」など。
そして丘の最上部には黄色い瓦で葺いた立派な塔がそびえているが、入場禁止だった。
止む無く塔のきれいに移りそうな場所で記念撮影。何故か「最適地点無料開放」の看板が…..。
群がってくる花売りの婆さんたちをよけつつタクシーを拾い、「寒山寺」へ。
花売りはここにもいた。ジャスミンのような芳香のある白い花を一輪いくらで売っているらしい。
師匠と顔を合せ一言、買ってつけてくれる人がいたらねぇぇ。
寒山寺は「寒山拾得図」があるので有名だが、それを覗くと何ということはない普通の寺院である。
壁や瓦が黄色いので日本のそれとは違う感じもするが、仏像を見るとやはり大差ない。
むしろ近くにあった「楓橋」から見下ろす長江の眺めの方が観光地らしいよさだった。
半分よどんだ江水の上を、けだるそうに船が渡っていく。
これがヤマハ原動機を搭載している船でなかったらもっとよかった気がする。
それから一行は蘇州を縦断し、ほぼ南端の古跡「磐門」に向かった。
ここも呉王の城跡だが、何故か界隈では骨董らしきものを売っている店が多い。
呉越春秋に関係ないものばかりが売られているのでやや辟易した。
しかし一つの楽しみ方ではあるので各人それぞれ一つずつ骨董まがいのものを購入。
全員が売値の半額まで値切らせることに成功。何なんだかな。
そう大した観光地点でもない磐門の近くに忽然とそびえる「新来登飯店」で昼食。
場所でまずびっくり、入ってみて更にびっくり。シェラトン蘇州なるものが存在していたとは!
男性陣が余りに値段を気にしているようなので多くは食べられなかった。
ここがあるなんて知ってたら泊まってたのに、と師匠がぽつり。怖い人だ。
中国四大名園の一つである「拙政園」についた頃には、もう帰りの時間が気になり出していた。
蓮池なり四阿なりを三十分はかけて見ていたのに、焦りがあるせいか今一つ物足りなかった。
こういう好きなところでぼ~っとしていられないのが団体行動の痛いところ。
駅前で記念写真を撮り、帰途に就く。切符はまたしても硬座のだった。
一時間ぐらい私はどうということでもないが、一人だけ離れてしまった師匠が気にかかる。
乗り合せた他の客と交渉して四人でまとまれるまでに三十分ほどかかり、
彼女には相当つらい思いをさせてしまったらしい。反省。
上海駅に着いた時には既に暗かった。帰りのタクシーを拾うのに難儀する。
駅前には降車場所はいくらでもあるのに乗車場所というものがどこにも見当らない。
お客を降ろしたばかりの車にもさっさと素通りされてしまう。何てことだ。
たいていホテルの前からは拾えるものだから、と最寄のホテルを訪ねてやっと成功。
ただ無事に帰るだけでも大変なものだ。生きていたことに感謝の念を禁じ得なかった。

やってもうた!…..それさえなければ最高の日だったのに。

於:鎮江→蘇州
東呉の古跡である「甘露寺」が我々の目的地である。朝九時に駅前を出た。
どこまで乗っても一元のバスを拾い、最後部の席について語りながら観光。
鎮江は「酢の街」らしく、ばかでかい酢の工場から独特の醗酵臭が流れていた。
寺のある「北固山公園」に着いてみると、何故か桃園三兄弟の塑像がお出迎え。
もしやと思ったら案の定、園内は三国志のテーマパークと化していた。
あちこちで写真をとりながら歩き、「三国奇観」なる洞窟(?!)を発見。
入ってみると薄暗く、蝋人形たちが不気味にかくんこくんと動いていた。
身も心も涼しくなってから山頂の甘露寺へ。似たような人形に絶句。
しかも本尊阿弥陀如来は礼拝者が座布団に額を付けると刮目する!
気味の悪さにそそくさと本堂を離れ、「魯粛墓」「太史慈墓」へ移動。
天然石でできた階段は苔が生したり角が取れたりしていて歩くのに緊張した。
偽物っぽいと思っていた魯粛墓の方が却って立派で(舎利が三年前こっちに来たらしい)、
期待(?)していた太史慈墓は写真を撮るまでもないただの石だった。
それにしてもこれだけ派手に三国志ものばかりありながら、
何でお土産がみんな無関係なものしかないんだろう。二人で首をかしげた。
暑くてだるいので駅前に戻ったついで、「鎮江賓館」でお茶する。
オリジナル飲料とやらをとったら、すこぶる不味くて半分と飲めなかった。
何なんだ一体!…..その名はジェイド(江中浮玉)&東方紅。
そして何かと楽しい思い出ができたのに、やってしまった。考え得る最悪の事態。
こともあろうに駅のしかもホームの隣で貴重品を全てなくしてしまったのだ。
しかも、よりによってパスポートも一緒…..どうなっちまうんだ、私。
気づいたのが発車の数分前だったのだが、流石に電車は止めてもらえなかった。
ともあれ男性陣には待ち合わせ場所で会うしか連絡する術がないので、
致し方なくそのままその電車で蘇州へ。切符は上海まで買ってあるのに、敢えて降りる。
師匠のパスポートを頼りにチェックイン。気が気でないまま一夜を過ごす。