於:桂林→上海
朝食を摂ってチェックアウトを済ませると、漓江くだりのガイドさんが現れた。
一応「日本語ガイド」らしいのだが、我々が中国語でつっこむや日本語をやめてしまう。
まぁ彼女の言うことが判るだけいいとするか。いらんとこで実践学習させられている気分。
革シートの豪華タクシーとやらに揺られて市街地を離れること一時間あまり。
観光船の出発する竹江フェリーターミナルでは、またしても妖しい日本語の応酬。
かなり少ない乗客はほとんどが五十は過ぎたような日本人だった。
空は晴れ間なく曇っていたが、それが却って山々に幽玄味を添える。
二階の甲板に立つと雲の中から岩山が湧いてくるようで、浮揚感に似たものすら感じられた。
川の水は流石に少ないものの、全く濁っていない。淵の翡翠色がとても綺麗だった。
両岸には少数民族の家やら洗濯する人の姿やらが現れては消え、麓も面白い。
干上った川原で鴨が遊んでいたり、壁のように切立った崖を山羊が歩いていたりする。
寒くさえなければずっと外で見ていたいところだったが、最高気温すら七度。
風を受けながら甲板に立っていられる時間は自ずと限られてしまった。
昼食。川の幸ばかり出て来て私にはほとんど食べられなかった。
しかも向いのおやじ共が程度の低い連中だったので辟易して食欲どころでない。
ぼうっと向う岸を眺めてただ時を過していたが、景色そのものは決して悪くなかった。
水位が低いせいで川下りは臨時港「興坪」にて中断となった。本来の目的地「陽朔」へ陸路で移動する。
ここの船着場は山のように土産もの売りがいて、法外に高い値段で何でも売っていた。
面白かったのは水際に鎮座ましましている鵜。でかいがおとなしい。記念写真の有料モデルだそうだ。
船を下ろされた「興坪」は川下りの佳境の一つで、人は桃源郷と呼ぶそうである。
車に乗った時はぴんとこなかったが、数分するうちに頷けてきた。時の止まった風景。
日本で言う明治か大正あたりの家並が散在し、住民の様子もどことなく呑気。
牛を引いて歩いている女の子やら、トラクターに荷台を付けて寝転がっているお兄ちゃんやら。
遠くを眺めては奇岩に目を見張り、近くを省みてはふっと笑いそうになる。これが桃源郷か。
砂糖黍の畑が青々と波打つなか、煉瓦を干したり焼いたりする場所が赤く目立って見えた。
家は煉瓦造りで茅葺きのようだが、茅は砂糖黍の上半分を使っているかもしれない。
ところどころで咲く菜の花が、このあたりは本来ぬくいのだと教えてくれた。
そこまでして行った陽朔は妙に小さい街だった。通りの作りが宿場街を思わせる。
長屋の一階は土産物屋、二階には宿屋。西洋人観光客が好むというカフェ類も並んでいた。
ハードロックならぬハードシートカフェ(ロゴからして明らかに前者のぱくり)が笑わせてくれる。
多分これは中国ギャクだ。ハードシート=硬座を知っていて失笑しない者はないだろう。
町そのものが小さいのですぐに回り終わり、その足で空港まで送ってもらうことに。
桂林の市街地にさしかかったところでガイドのお姉ちゃんが下り、別れも告げず去っていった。
タクシーの運ちゃんが何やかにやと喋りかけてきて面白いやら鬱陶しいやら。
景色も人も面白いところだったが、サービス業の従事者だけは考え物だろうなぁ。
そして、本日のおち。折角こっちは早目に着いたのに、飛行機が来てくれない!
卓球したりものを書いたりで暇を潰すこと二時間。ごめんなさい放送が入り、軽食が配られた。
料理の味は悪くなかったが、飛立っていく他社便の姿を見ると哀しくてたまらない。
もし今日このまま飛行機がなかったら明日どうなっちゃうんだろう?
一応ないことはなかった。だが、上海に着いたら真夜中。タクシーに夜間料金を取られた。
景色も民族も神秘!そして不可解な果物たち…..
於:上海→桂林
とりあえず朝っぱらから上海虹橋国際空港で記念撮影。多分もうそんな機会ないから。
あほらしいながら面白いので勧められるまま「上海」の文字を頂いてまず一枚。
写るんですの残り六枚なのにこんなとこで使って何やってんだろ、私。
飛行機が桂林についたのは正午ちょっと前だった。団体が来ているのか日本人客が多い。
ふと見ると誰もタクシーを拾っていないので思わず顔を見合せる。
何だか気持ち悪いので我々も空港ミニバスに乗って市街へ向かうことにした。
鄙びた町並といい、平地からぽこぽこ出ている岩山といい、まるで現実ではないような景色が続く。
二期作の何かが青々と棚田を満たしているが、道を流れていく人々はみんな上海より厚着だった。
ここってぬくいのか?寒いのか?よく判らないのでセーターを重ね着してみたが暑くない…..。
中心市街は言わばただの都市なのだが、狭い区間に多くの商店が建ち並ぶので濃い感じ。
路線名標識が数百mおきにしか見当らないので現在位置を確かめるのにすら往生した。
昼休みのせいか人影もまばらな市街地を少しさまよって本にある美食城とやらに着いたが、何のことはない。
やや怪しい大衆食堂の雑居施設だった。不安につき宿へ直行することに。
見たことのない国産車(見た目が実に古めかしい)を拾うと、初乗りからして安かった。
で、問題の五つ星「桂林帝苑酒店」。思わず一言「あれ?これ桂林最高級なのか?」
熱帯風の中庭はまあしっかりしていて壮観なのだが、客の出入りしている様子がない。
しかも数人しかいない服務員ほぼみんなが眠そうでやる気なげ。
「日本語でどうぞ」の札を付けたおねえちゃんが何故か中国語で「これはプレゼントです」。
そして差し出されたものは、ちゃちながら星が五つ入ったキーホルダー。…..。
やはり食事は外でいいやということになり、まず明日の漓江下りを予約に行く。
この漓江下りというのが曲者で、パック旅行として早目に申し込まねばいけないのだ。
更にこの冬場などは水がないと中断や中止の場合すらあるという。善は急げ、で宿の旅行部へ。
英語と日本語のついたパック旅行一覧から漓江下りを選ぶ。値段を確認して申し込む。
ガイドの確保をするとかで受付のおねえちゃんが電話をかける。隣の電話が鳴る。
おねえちゃんが切る。切れる。をい、これは五星級サービスの一人コントか?
ともあれことが済んだので、割と近くの観光名所「伏波山」まで食堂を物色しつつ歩く。
蛇や蛙どころかドブ鼠まで食材として大切に(?)飼っているような所へは流石に足が向かない。
そして伏波山は見れども近づけず。登っている人間は見えるのに入口が閉ざされていた。
正門は蛇腹式の門扉がチャリ鍵で括ってあるし、横に回ると朽ちかけた扉に南京錠…..も、いっか。
次に歩いて数分の市内最高峰「独秀峰」へ。今は大学らしい旧王城跡の真ん中にぽこっとある山。
校門で入場料を取られるのも何だか変だが、旧王城跡の参観料だと言われると頷くしかない。
確かに明代あたりの施設が多く保存されているし、構内もまあいい雰囲気ではあった。
そして、急な山を階段で登る。手すりこそあるものの、石段は高く幅が狭い。何度か落ちそうになる。
頂上に着く頃には息も切れ切れだった。思い切り失笑を買う。だって足の長さが足りなくて(泣)!
景色を眺めていると「わっせ、わっせ」と奇妙なため息をつく現地のおにいちゃんにつかまり話に付き合わされる。
さっきの絵はがきはもっと安く買えただの陽朔(川下りの終点)にはバスで行けだのやかましい。
とりあえず話を聞き流して「いらん」を連発。石段を二割ほど降りたところでやっと解放された。
時間がいい加減おしてきたので車を拾い「西山公園」に向う。流れる景色が面白い。
見るからに違う民族の人々がチャリやら三輪車やらで町を走っているが、道は混んでいない。
上海を見慣れすぎたせいで田舎は人が少なく見えるんだろうか。のどかな町の風景が続く。
雑居ビルどころか古いアパートの各室に各業者が雑居しているといった感じ。美容室から旅行社まで。
これが南かというほど寒いせいか公園の人手は少なかった。用務員がビリヤードで遊んでいる。
ボート遊びをしている複数組の中年男女に二人で失笑。許されへんやろ、これぇ。
その付近は人造の池らしく、優雅な四阿なんかがいくつかたたずんでいた。確かに眺めはいい。
が、自然山水館なるところにいってみると用務員らしきおっちゃんがクダを巻いて登場。我々は退場。
挙句、楽しみにしていた博物館(荘族の資料がある)は封鎖されていた。しかもチャリ鍵で。
たくさん回ったぞ!見たぞ!…..といったところでお腹が空いてきた。気づけば五時。
何か地元のものをといいつつ観光優先で歩いてしまっていたので、夕飯は本格的に摂ろうと決定。
シェラトンで桂林風味の何とやらを探していたら、妖しい日本語の売子さんに結構たかられた。
ここの五つ星って本当に一体…..その食堂もホテルの外で、行ってみたら準備中だった。
出たついで街を歩いてみようと方針転換し、えもいわれぬ臭いの中をちょっと探索。
「米国カリフォルニア風」串焼、って…..連れいわく「ないぞそんなもん」。
面妖な食材の屋台もあれば、食べ方の判らない果物屋なんてのも並んでいる。
目抜通り(?)を軽く一往復した中でひときわ気になったのが「桂林湯城」。
寒いから汁物もほしいねと言っていたところでもあり、店構えが清潔そうなので入ることに。
料理名を見ても何のことだか二人が二人さっぱり判らない。説明を聞くがそれでもぴんとこない。
えぇいもういいや、とばかり名前の妖しい順から炒め物・揚物・主食を注文してみる。
名前からして汁物の専門店なので一鍋どれかとりたいが、見ていると四人分はありそうで迷う。
しばらく間を置いてから、雀が入っているとかいう汁をとることにした。
料理はどれもあっさりめで美味だった。不思議なクリームソースに感心しているうち、すずめ汁ついに登場。
ぱっと見に具はなさそうだったが、混ぜてみると…..赤裸の雀が!何羽もおるぅぅぅ!
どうしたもんかと箸でつんつんしている私をよそに、隣は平然と頭からかじっている。
「うまいから食べなよ」うぅん、でも…..。とりあえず汁を啜る。甘みがあって悔しいほど旨い。
そして恐る恐る雀を食す。何だか鶏レバーのような一癖ある味だった。だしだけでいいや。
汁には雀の他に蓮の実・枸杞・木耳・押し麦のようなものが入っていて漢方の神秘を見た気分。
美味しい物で満腹になって、さて食後の果物でも買おうかということになった。
当地の特産だという文旦のような黄色いもの・火龍果・葡萄なんぞを選ぶ。
全部でいくらかときいたら百三十五元…..さっきの夕食二人分より更に五割も高い!
珍しいから仕方ないのかなぁと素直にぼられて宿に帰ってしまった。
部屋にて試食。文旦もどき、美味しくない。杭州文旦の半分も味がないぞという感想で一致。
火龍果は見た目が赤くてトゲだらけなのだが、割ってみると白くてキウイのようなものだった。
一番いけたのは葡萄(日本の赤葡萄に近い)というのも何だか皮肉な気がする。
上海市内の名所「玉仏寺」見物。笑える。
明日も旅行なのだが市内見物もしておきたいと思い、午後から出かけた。
押し合いで内出血しそうなほど混んだバスを乗り継いで一時間半。
ビルマ伝来とかいう白玉製の仏像で有名な「玉仏寺」は幹線道路沿いにあった。
線香をいらんほど束ねて売っている婆さんに「一把一塊、ありゃんと」と言われる。
一見で日本人と判ったから「ありがとう」と言いたかったらしい。でも買わず。
こっちの風習に倣って礼拝するだけの知識がないから避けて通ってしまった。
白玉製の涅槃像は艶めかしい光沢があり、隣の人が「女か、これ」と言っていた。
言われてみると確かに、仏様にしておくのが惜しいほど色っぽい。腰が(笑)。
そのお堂の向いが売店になっている辺り何とも中国らしいと言おうか、上海だなぁと云おうか。
ホログラム光輪つきのブラックライト阿弥陀座像(しかも二体一組)には笑うしかなかった。
本堂らしき所には妙に肉桂のつんつんした阿弥陀座像がやはり二体ましましていた。
信者が座布団に額をすりすりしながら憑かれたように何度も何度も拝んでいる。
真摯な姿を見て馬鹿にする気にはなれないが、でもここの仏様に御利益はないんじゃ…..。
顔が異常に人間(しかも中国人)くさいのだ。極彩色にも関らずまるで神々しくない。
堂内の両脇に陳列された諸神将しかり。しかも頭部がでかいので面白いとしか思えない。
建物もよく見ると面白い。鬼瓦が龍なのはいいが、瓦を咥えてかつ笑っている。
壁にも龍が浮彫りされていたが、これまた笑顔。かつだらしなくとぐろを巻いている。
不思議だったのは何体もある狛犬の全てが石の玉(つつくと動く)を咥えていたこと。
燃え盛る線香の煙でむせそうなので長くはいられなかったが、写真は撮った。
起きられず。授業まる無視で休養。
睡眠時間が圧倒的に不足してしまい、疲れも取れないまま朝になった。
授業に出る準備はしてあるものの、立ち上って三歩と動くことができない。
眠いだけでなく、体もどこか壊れているようだ。頑張って目覚ましだけ止める。
すぐ前後不覚に陥ったかと思ったら、午後まで寝続けてしまったらしい。
よく寝た感覚はあるのだが疲労感がぬぐえないためそのまま残りの授業も無視。
というより出たくても出られない。足がふらついて階段を降りることもできないからだ。
呆然と意義なく時間を過し、やっと回復した頃には夕方になっていた。
昨日の今日で切符と宿を手配。円高と季節外れに感謝!
流石に二人分の往復券を買うほどの現金は持っていなかったので、昨日は予約だけだった。
宿を決めてからでないと路銀が算出できないので三軒だけ候補を提案してみる。
私の一存でいいと言われたが、それは則ち「手配しといで」というお使い指令でもあった。
たまには(最初で最後だろうが)自分で働くのも悪くないので、あっさり承諾する。
だいたいの予算は見えたので少しそれより多めに円を換え、まず切符を買いに向かう。
今年できたユーロ(中国語では”欧元”)とやらのおかげか、嬉しいほどの円高。
裏では一万円が八百元前後という未曾有の美味しい相場である。
更に北京西路の国際旅行社を訪ね、宿が今いくらになるか聞いてみた。
ここの六階には日本語のうまい社員さんがいるので交渉に困ることがないからだ。
ものの本によると、季節によって観光地の宿泊費は大きく変動するという。
しかも、三つ星以上のホテルは旅行社を通して予約する方が個人で頼むより安いらしい。
結果。五つ星「桂林帝苑酒店」一泊が何と四十八ドル!朝食を付けても六十六。
定価は百三十で朝食なし。思わず「本当にここですか?」と聞き返して笑われた。
でも十一月の三つ星より安いなんて驚かずにはいられないのが田舎者である。
ともあれ二重の好運で懐にはかなり余裕ができた。お土産を買い漁るのもいいかもしれない。
ただ心配なのは、オフなだけに漓江下りの船が出ないかもしれないということである。
人出と水嵩の両方が十分であってくれないと…..まぁ週末に出ないことはないと思うが。
瓢箪から独楽。旅行することに。
例の商社マン(十一月参照)は私と同様、今学期いっぱいで当学院を去るらしい。
名残り惜しいやら遊び足りない気がするやらですね、と声をかけてみると旅行の算段があると言う。
冗談半分で一口のせて欲しいと言ったら「そういや君もだな」と旅行の本を出してくれた。
北の西安に行こうか、南の桂林にしようかと乗気な様子。どっちも魅力的なので迷う。
いろいろご馳走になりながら何時間うだうだ考えていただろう。結論は「両方!」
もし私の帰国便を十七日に遅らせることができたら、先に北へ後で南へ行こうということになった。
日程を書きだしてもらい、いける場合と無理な場合を考える。来週が無理なら桂林が優先。
善は急げとばかり航空会社の代理店へ行ってみたが日曜は座席が最早ないとのこと。
話しておいた通り桂林への往復航空券を予約して報告に戻った。
場所が決まった以上は勉強するように、と何冊も本を渡される。面白いが重い。
むこうに着いてからの日程うんぬんを考えるのが私の「宿題」ということになった。
どこに宿を取ってどういう順で回るか。更に「何でも質問には答えられるように」とのお達し。
まぁ学校の勉強じゃないんだから頭がついていけないことはないでせう(笑)。
授業再開。意外に出席率がいい。
たかが十回、されど十回。今日から二週間だけまた授業がある。
いつも月曜は教室が空いているので、ほぼ全員が現れたのを見てやや驚いた。
先生も一言目は「新年好」。気分が新鮮だからまぁいい休み明けなのかなといった感じ。
教科書の本文がなまじ挨拶状なものだからか、まず年越しの話をせよということになった。
旅行に出た人やら国に帰っていた人から、全くの寝正月まで色々なものが出てくる。
が、私を初め日本人学生は開口一番「何もなかった」で顔を伏せてしまう。
「なかった。けど、大晦日だけ…..」と言うと先生、「それだけありゃ十分よ。」
いわく、日本人は自分のことを話すのに遠慮しすぎるんだそうな。遠慮かいなぁ。
で、先生本人が仕事づけで面白くも何ともなかったというのを実は言いたかったらしい。
そりゃ私と大差ない年で徹夜ばっかりしてたら機嫌も悪くなるわな。お疲れさま。
昨日の今日で時計を買う。高いか安いか。
小さい目覚し時計ぐらい道端の屋台で買えばいいかと思い、通りに出る。
しかしどうしたことか、昼間だというのに一軒も屋台が出ていない。今日に限って。
相変わらず埃っぽい街でも彼等がいないと何か物足りない感じがする。
ともあれないと仕方ないので、通りに面したスーパーで目覚ましを物色。
電池が別売りで十四元二角という一番ちゃちなのを買った。動くか少し不安。
どうせ校門前のスーパーにもあるだろうからと思い、電池は探しもせず帰った。
そして朝食用のパンを買うついで校門前のスーパーに行くと、…..ない。
普通のマンガン電池はいくら探しても単一と単二しか置いていなかった。
単三のはというと、デュラセルのアルカリ電池しかも二本組しかない。
そんないいの要らんのに、と思いつつ仕方なく買う。これが十三元。
因みに中国では電池の号数が日本と違う。「単三」は「五号」に相当する。
いざ、充填。もしこの五号電池が単三じゃなかったらどうしよう、どきどき。
もしこの目覚ましが不良品で動かなかったらまた交渉に行かねば、どうしよう。
動かない。電池か?本体か?どっちが悪いんだろう?それとも入れ方がまずいか?
だめもとで悪あがきしてやろうとばかり電池を叩くと、果して秒針が動きだした。
ほっとした。電極がちゃんと着いていないせいらしい…..ということは、また止まる?!
何気に荷物の整理をしてみる。いらんことした。
お土産やら買い込んだ本やらを早目に整理してしまっておこうと思い付いた。
後々になって焦るのも厭なので暇つぶしがてら夏服の圧縮から始める。
「衣類圧縮パック」はいい。ただ押しつぶせばいいので掃除機も要らない。
衣類の体積が半減するだけでも持ち運べる荷物の量は質的にかなり違う。
潰した服を密輸用(笑)のトランクに押し込み、他の荷物とにらめっこ。
お使い物の漢方薬を棚から取ろうとした時、事件は起きてしまった。
ものすごい音がしたかと思うと、目覚し時計(中国製・ゼンマイ式)が足元に!
針が止まっていたのでネジを巻き直そうとしたら、却ってとどめを刺してしまった。
振っても叩いても動かない。挙句かちゃかちゃ何かかけらの動く音が…..。
残りたった半月の為に時計を買い直すのは実に惜しい。が、致し方ない。
授業に遅れる訳にはいかないが、連休ぼけで寝坊の癖がついているから必須なのだ。
それにしても夜九時を回ってしまっては買物に行く訳にも行かない。何という間の悪さ。
たった一つだけ有難いのは、明日が日曜だということだ。
二日酔で起きられない。洒落にもならない寝正月。
その辺を飛び交う情報によると、街では日本人のための新年行事が色々あるらしい。
花園飯店でもちつきがあるとか、うなぎ屋が特製おせちの宅配をするとか。
しかしそんなことはどうでもいい!まず私の眠気と頭痛を何とかせねば。
そもそも朝食を摂って自室に帰り着いたのが午前八時である。眠いのも当然。
そのまま倒れて寝てしまおうとも思ったが、頑張って顔を洗い入浴まで済ませる。
乾いてぱくぱく云っているコンタクトを外して消毒液に漬込むと、もう九時だった。
起きる。着替える。昼食。学食で昨日の面々のうちの一人と会う。彼も眠そうだった。
戻るや昼寝。頭痛は取れたが三時間程度の睡眠ではまだ活動力が得られない。
やっと良く寝た感じで目覚めてみると、月が出ていた。あーあ。
