中傷と私見のあいだ

最近、ついったーをやっていて悩ましいことがある。
見ていて痛いので、言動をたしなめてあげたくなってしまう相手がいるのだ。
しかし、公開の場で指摘すると中傷攻撃のようになってしまう。
さりとて個人宛に通知すると余計おおごとに取られかねない。
致し方なく、やや抽象的な表現に薄めてつぶやくと、今度は違う人を悩ませてしまう。
こういうときにうまく立ち回れるのが、コミュニケーション能力というやつなのだろうか。
そうじゃない、標的はあなたじゃない!と思っても、言うとその場の流れを壊してしまう恐れが。
流し気味に新しい反応に乗ろうとすると、今度はまた別の問題が…。
人格攻撃をする意図はないが、その発言は間違っている(ように見える)と言いたいだけなのに。
どうも他人の目が予測つかないのでうまく切り出せない。
かといってそんなことでフォローを外すのも別の問題を醸しそうで心配だらけ。
本来ついったーってもっとゆるい場だと思っていたのに、残念。

自分は自分を代表する

ついったー上の同業者達と9月に集まる件で、話が盛り上がってきた。
最初はセミナー前日のパーティーみたいなものになる気配だったのが、急転直下ネット番組に?!
パーティーならその場の人々と歓談するだけでいいが、番組となると相手は不特定多数。
果たして私に語れるような話、いや中身はあるのだろうか。
ないと答えても謙遜にはならない。むしろ無責任に映るだけだろう。
私には輝かしい学歴も職歴もなければ、誇れるような鍛錬の記録もない。
だが、それでも何か口にすれば、似たような誰かを焚きつけることができるかもしれない。
微才なのが自覚できているのなら、それで十分ではないか。


私が翻訳者、中国語翻訳者を代表するというのでは、不遜にもほどがあるだろう。
それでも、今この業界の中で生きる一個人を代表することはできる。できなければおかしい。
取引先にお世話になりながらも、自分の足で立ち、自分の腕で稼いでいることは事実だ。
自分がどうしてきたか、どうしていくか、どうしていきたいかを考え直してみたいと思う。

買えるけど買えない

大阪のIKEAに行ってみた。
一通り歩くと2kmあるという動線は、最初から順路が決められている。
博物館よろしく、通路に矢印が描いてあるのだ。
これといってお目当ての品があるわけでもなかったので、おとなしく順路に従って「参観」する。
12帖のモデルルームから75平米の家全体モデルまで、使用見本も数多い。
「この部屋の家具が全部で6万円」などという展示まであった。
ふうん、と感心はするものの、欲しいという気分にまでは至らない。
とても色鮮やかでおしゃれな家具や内装の数々なので、目の保養にはいい。が、欲しくならない。
一緒に歩いていたダンナに話すと、「うちには似合わないよねぇ」と。ごもっとも。
ゼロから居住空間を作るなら、色々と買い進めていくのも楽しいことだろう。
しかし結婚して9年、現住所に越してきて2年も経つ我々には、現実的な話には見えない。


そこで感じたのは、自分の欲しいものは物ではなくて空間だということだ。
個別のクッションやら座卓やらが欲しいとは全く思わなかった。
システムキッチンを見ると惹かれたのだが、それが丸ごと欲しいわけではなかった。
つまり、私が欲しいのは台所そのものなのだ。
システムキッチンを買うお金ならあるが、買っても置く場所がない。
よしんば置けたとして、使いようがない。
そういうものばかり欲しいのだ。
しかし家を買うとなると敷居が高い。
数年は具体的な構想もなくぼんやり夢見て暮らすのだろうか。

小鳥茶ミット

新大阪駅にほど近いカフェで「小鳥茶ミット」に参加してきた。
愛鳥同伴のオフではなく、愛鳥写真持参の茶話会というお約束。
現像した写真がなければSDカードにデータを入れていくだけでもいいとのこと。
参加者の一人がデジタルフォトフレームとネットブックパソコンを持ち込んでいたのだ。
私はSDカードにこま写真を移して行ったのだが、借りた機材ではうまく再生できなかった。
フォルダ構成がよくなかったのか、中国語ファイル名が他の箇所にあったのが悪かったのか。


気兼ねなく注文できるようにとの配慮から、各人に伝票代わりの番号札が渡される。
それとは別に、名札も幹事が用意してくれていた。
今回の幹事はsaquma0330さん。
気遣いが服を着て歩いているような奥様である。
車があるからということで、駅と会場を何往復もしてみんなを送迎してくれた。
彼女が車を駐めてきて一同が揃ったものの、特に開始の挨拶はない。
送られた順に店に入り、既に談義を始めていたからだった。
当然、話題の中心は愛鳥と時々ついったー。
鳥好きの面白いところは、他人の愛鳥をそのままいいように鑑賞することだ。
写真を回覧しながら、これがかわいいだの、この写真がすごいだのと盛り上がる。
さて私の持参したこま写真が出せないぞ、と思っていると幹事から助け船が。
なんと、その手には分厚いこま写真の束!
6月に預かってくれた時ちまちまと撮り貯めていた写真だそうだが、30枚はゆうにある。
まるで彼女の愛鳥のような顔でファインダーに収まっている、うちのこま。
一通り見て回覧に出すと、「あれ、耳ないの?」と笑い声がした。
「ないですよ、ハムスター違います」
私のついったー用画像はネズミ年の年賀状に使ったいたずら合成写真なのでネズミ耳が付いている。
それに見慣れている皆さんは、こま写真に耳を期待していた…はずはないのだが。


話題として盛り上がったのは、鳥を飼うのがあまり一般的ではないことらしいという話。
ほとんどのインコが小型犬より長生きであることもあまり知られていないようだ。
愛鳥を亡くして落ち込んでいるところを他人に笑われたとかいう残酷な体験談もあった。
みんながみんな、「こんなにかわいいのに」とえもいわれぬ表情をしていた。
ただ、少数派故なのか愛鳥家の結束は固いような気もする。
かつての同僚とインコ話で仲良くなった経験を話すと、皆さんが力一杯うなずいていた。


イラストがお得意なお二人に色紙が渡った。サインペンで色々と描いてもらって寄せ書きしようという企画。
寄せ書きする予定で、アイコン写真を切り貼りする道具も用意していたのだが。
気づけばもう夜6時を過ぎており、全員で10枚に書き込みをする時間はなさそうに思われた。
しかも色紙のイラストが、その回りに何かを書いてはかわいそうな完成度。
結論として、各人が気に入った物を1枚ずつそのまま持ち帰ることになった。


余談。先月の同業者オフとは打って変わって、私が話の主役になることはなかった。
愛鳥家は愛鳥自慢に集うのであって、情報交換に集まっているわけではないのだった。

書き入れ時は唐突にやってくる

先週、副業でお世話になっている会社の関係者から引き合いがあった。
ここ数年やっている某社の定期アンケートについて。
作業量こそ具体的な数字があったが、例に倣って?報酬は「去年の同社と同等で」である。
それで引き受けてしまう私も私なのだが、後で調べないといくらだか把握できていない。


去年までは終日そちらの作業に没頭できたのだが、今回はそうはいかない。
毎朝やってくる朝刊翻訳は急に休めないので、朝はそちらに集中せざるを得ないのだ。
こういうとき、時間の拘束が痛いと感じる。
嘆いていても仕方ないので、暇を潰しつつ原稿を待っては片付ける。


幸い、ダンナに余裕があるようで家事をしてもらえることになった。
買い物も夕飯の支度もお任せ。ありがたいことだ。
半端に手出し口出しするよりは完全に任せた方が彼も楽だとのこと。


これなら午後の時間をまるまる使えるぞ!と思っていると。
ついったーで初めて中文和訳の引き合いが来た。
原稿を見た上でこちらが条件面を提示できるという話だったので一安心。
素直に今週は稼働できない旨を伝えたが、問題ないとのこと。


とか何とかやりとりをしていると、なじみの翻訳会社から定期案件が来た。
こちらは定期と言っても毎月あるとしか分かっていないのだが、ご指名なのは分かっている。
客先からの評判がいいとまで言われているので、急ぎでも忙しくても断れない。
副業に本業が割り込むという奇妙な事態に陥りながら、どうにか訳文を提出した。


とまあバタバタしているが、実はよくあることだったりする。
どういうわけか、S社に仕事をもらうと、その後しばらく本業が繁盛するのだ。
何かの本に「運気を上げるには強い人と付き合え」とあったが、こういうことだろうか。

誤解のないように

実務翻訳では、一部の分野を除き「誤読を招かないこと」という原則がある。
習ったことがあるわけではないので、不文律かもしれないが。
(文芸や広告など、ダジャレや複数の含意を持たせた原文の場合は例外)
まあ文章の目的として、通知事項をまっすぐに伝える(曲解させない)のは当然といえば当然だ。
当然なのだが、日常で読み書きする文にも適用するのは案外と難しい。
このブログしかり、ついったーしかり。
他意があるようには見られたくないので、そう見えないように腐心しているつもりなのだが。
感想のつもりで添えた一言が本文をさしおいて一人歩きしてしまったり、議論?の元になったり。
自分が播いた種ならば収集のつけようもあるのだが、他人発となると始末が悪い。
冗談が冗談を呼んで、いつの間にやら私が一部でアイドル化してしまった(らしい)。
ノリのいい、軽口を叩ける人々は好きなのだが、…、これには些か疲れた。
私(のID)として扱われている対象が、どこまで私本人を指しているものなのか分からない。
アイドル化したコレはどこまで私なのだろうか、皆さん何を見て会話しているのだろうか?
初めは軽くほいほいとつられて遊んでいたが、ふと「誰かに失礼では?」と思うと何も書けなくなった。
勉強会の前日に飲み会をしましょう、という本来の主旨に集まった人、不快ではなかろうか。
一方で、私にアイドル的な何かを期待してくれた人に失望を与えずに済むだろうか。
もう少し大人にならないと、うまく立ち回れないようだ。

分業と家事分担

親に怒られそうだが、我が家には主婦がいない。
お互いに自由業で終日在宅なので、家事は「やれるほうがやる」ことになっている。
とは言え食事の支度は私、片付けはダンナというところはほぼ決まっているが。
実際「やれるほうがやる」運用になっているのは、ゴミ出しと買い物である。
前者は回収車が来る前に起きている方がやる、というだけで特に問題ない。
少し工夫が要るのは後者、買い物の要件整理である。

要件整理なんて大げさだと思われる向きもあるだろうが、他人に頼むには引き継ぎが重要である。
私が行く時は、向こう数日分の主菜を覚えておくだけで何とかなる。
主菜に必要なもの、冷蔵庫の在庫、食材の使い回しがひととおり把握できているからだ。
一方、ダンナに頼む場合は上記情報を可視化しないと買い物に過不足が生じてしまう。
決して彼が悪いのではない。日常の管理者が私である以上は、私が引き継ぎをして当然なのだ。
買い足すべき品物だけを整理して「買い物リスト」にまとめる。
購入先が分かれる場合は、お店ごとにまとめて書く。
それに加えて、量り売りの品物は目安量も書くべきだという教訓が得られた。
明文化するほど、まとめるほど、どこかの工場っぽくなっていく、我が家の冷蔵庫。
#冷蔵庫にホワイトボードを貼ってあれこれ書き込んでいる

めずらしいいきもの

最近どうしたことか、私を師匠と呼ぶ目上の方が増えてきて面食らっている。
所詮ついったー上の話なので、そういうネタなのかなと流したり受けたりして遊んでいるが。
・いつでもいる←やや依存症気味
・発言に刺激を受ける←ちょっと好き勝手に言いすぎ?
・和む←こま(写真)の功績
・書き込み(特に反応)が早い←あまり考えずに書いている
・会って話すと縁起がよい←これは当人も(相手から運を頂いていると)感じる
……ここまで並べると、どんな珍しい動物なんだ自分、と思ってしまう。
まあ好きでやっていることなので、ついでに誰か一人でもいい気分にできるなら幸いだとは思う。
私だって皆さんがいるから顔を出していて楽しいので。

おともだちができたね

今日は、ついったーでよく話をしている同業の方々と昼食を楽しんできた。
男性2人と、女性が私のほか1人で総勢4人。
年齢は恐らく私が一番下だったと思う。
平日の昼間に集まれるのは自由業の醍醐味。
顔を合わせるのは初めてだったが、誰もそんな感じがしない。
特に自己紹介をすることもなく、いつもの話題の延長線上にある話やら相場の話やら。
家庭環境が全員バラバラで、日常の話だけでもかなり興味深く面白かった。
オフライン(非公開)でしか言えない話も勿論たくさんあった。
決して第三者の悪口や中傷ではないが、「大人の事情」で外には出しがたい内容。
共通の知り合いがいたり、似たような仕事上の苦労があったりと、話題は事欠かなかった。
話が合うせいか、女性ばかりがまくしたてるということもなく、男性が黙り込むこともない。
ごくテンポよく気分よく、箸も会話も進む。
アルコール抜きで盛り上がれるのは東京に限らないらしい。
正午に入ったはずの料理店を出たのは午後3時だった。
中華のオーダーバイキングという業態のせいかコーヒーの類がなかったので、喫茶店を探すことに。
夏休みとあって街はごった返していたが、幸い地上4F地下1Fという大きなドトールにありついたので着席。
JTF(日本翻訳連盟)やらJAT(日本翻訳者協会)やら、同業の集まる組織は複数あるが、
話を聞いていると、どうも個人翻訳者にとってはJTFよりJATのほうがとっつきやすいらしい。
JAT主催の勉強会、PROJECT Tokyo 2010も面白そうだ。
名前の通り会場が東京なので参加をためらっていたが、申し込んでしまった。
かなり規模が大きいとのこと。250人ほど集めた実績があると聞き、より興味が出た。
参加ついでに東京の同業仲間と集まろうか、などなど画策中。


帰宅後、「大阪で友達ができるとは」との一言を発見。
確かに、皆さんが仲間であって友達な感じがする。
私は昔から人間関係が苦手で、なかなか友達と呼べる相手がいなかったが、そうは見えないとのこと。
だいぶ積極的で陽気な人柄になってきたらしい。
ありがたいことだ。

こまのお客さん

先日こまを預かってくれた方が、こまの顔を見にいらした。
いつでも遊びに来てください、とは言っていたものの、お互いに間が合わず今に至る。
ちょうど中国から取り寄せたエコバッグが届いたので、引き取りがてらいかが?と声をかけていたのだ。
去年まで来客など数えるほどもなかった我が家に、今は遊びに来てくれる人が二人はいる。私の客人か、こまの客人かは分からないが。
預けている間は遊んでもらったりもしていたくせに、どうも誰かさんは覚えていない様子。
赤の他人を見るような顔こそしなかったが、しばらく彼女に近づかなかった。
まるでべったり懐いているかのように、私の肩を離れない。いつもなら、部屋中をさんざん飛び回っているところなのだが。
それならそれで、と例のエコバッグを取り出すと、何かのスイッチが入ったらしい。
そそくさと肩を降りて、バッグに乗り移った。しかもエコバッグではなく客人の鞄。
私は慌てて追い払おうとしたが、彼女は全く意に介さず、笑顔でカメラを取り出した。
「一応こっちから見張っておきますが、革の部品はかじられないように気をつけてください」
「いえいえ大丈夫です、昔ユニクロで買った鞄なんで」
…大丈夫の意味がこちらの意図と違う。
見る間にこまは好き勝手にちょこちょこ走ったり飛んだりと暴れだし、ますます手乗りらしくなくなってきた。
全く接客らしいことをしてくれず、私は困っていたのだが。
小桜インコを飼っていない彼女は、それを眺めるだけで満足なのだという。
「うちの子、全然こういう遊び方をしてくれなくって。必ず相手してやらないと怒るから、眺めていられないんです」とのこと。
「こんな有り様で良かったら、懲りずにまた来てやってくださいね」と返事するのがやっとだった。