苦手意識は持っていなかったのだが、センター試験で最低点を叩き出したのは国語だった。
よくそれで合格したものだと大学の同期にはさんざん笑われたものだ。
自己採点では古文と漢文が満点、現代文が恐ろしく悪かったのを覚えている。
つまりは文の「意図」が読めていなかったということだろう。
それが今や日本語を売る商売で食べていられるのだから不思議なものだ。
人の話を鵜呑みにしやすく、何でも字面どおり額面どおり受け取ってしまう帰来がある。
それと裏表で、言われていないことの察しが悪い。
だから「気が利かない」し、人にも好かれない。
…というようなことを刷り込まれてきたような気がする。
断っておくが、誰が悪いのではない。
「お察しください」文化になじめない性分なのだ。
ほぼ何でもかんでも自分の言葉で整理しないと気が済まない。
今でも時々「(そんなことを)分析してどうするの」と言われる。
確かに実用的な分析ではないのだろうし、いちいち失礼なのかもしれない。
恐らく愚痴をこぼすようなもので、線を引ければ少し落ち着くだけのことなのだ。
何でもかんでもとりあえず否定してかかり、悲観的な言葉を投げつける人がいる。
そうした言葉を浴びながら、いちいち真に受けてきた結果なのだ。
真に受けたのは自分の情動であるし、某かの判断が働くべきところだから自分の責任。
しかし未だにその責任が自分に対して負いきれずにいる。
どうしてやったら自分は素直になれるものだろうか。
いろいろはんぶんこ
昼前から大切な人に会ってきた。
親友と称しても失礼ではなかろうが、彼女に言わせると「兄弟」(姉妹ではない)。
予定が詰まっていて多忙だと言いながら、手みやげまで用意してくれていた。
席に着いてから料理が出てくるまで時間があったので、冒頭から物々交換の勢いに。
彼女が赤い鯛焼き、私が白い鯛焼きをとったので、半分こしてしっぽ部分を交換。
示し合わせたかのように作業が順調で、互いに噴き出してしまった。
対面こそ半年ぶりだが、日頃から会話があるので近況報告は特になし。
その行間にあったような、文字にはならないようなところが主な話題だった。
文字にできるほどまとまっていなかったこと、敢えて指摘するまでもないようなこと。
聞いているこちらがこわばるような深刻な事態でも笑いながら流してしまう。
笑いながら流すことに意味があるのは分かっているので、ところどころ一緒に笑った。
とは言え、いちいち文脈を考えて調子を合わせていたわけではない。
お互いに間合いが読めるので、特に意識せずともそうなるのだ。
世代も生活環境もまるで違うのに、何とも不思議なほど、馬が合う。
初めて耳にする話題でも、相づちは「やっぱりね」になってしまってばかりだった。
その状況でこの人だったらこうするだろう、というのがまず想定から外れないのだ。
「そういう性分だからねぇ」と笑いあうことしきり。
悲しい話もいくつか聞いたが、意外と涙は流れなかった。
そうでしたか、そうですね、と頷くことしかできなかったが、それで充分だとも分かっていた。
つまりはそういう間柄なのだ。
彼女に言わせると、私は自己評価が低すぎる。また笑いながら叱られた。
そこだけは意見が合わずとも譲れないそうだ。
買いかぶってくれても何も出ないよ、と私は本気で思っているのだが。
他の人には下にも置かない扱いをされると窮屈で仕方ないのに、ここでは苦笑止まり。
彼女の説得力が秀逸なのか、私が勢いに呑まれているのか。
いずれにせよ楽しいのでよしとする。
「ご近所だったらもっとおしゃべりできるのにね」
「仕事になりませんって」
「そりゃそうだわ、ならないならない」
だいたいそんなことを言い始めると席を立つ時間。
励まそうと思っていたのが、逆に元気をもらいすぎてしまったかもしれない。
分かる痛み
横浜中華街で旧友と会ってきた。
同郷と称するには些か遠い、彼女の実家は避難区域内。
その辺りの状況を聞くとはなしに聞き、語るでもなく話してもらった。
友人本人は関東にいて無事だったが、彼女のお母さんの話。
3月11日は何も知らされず、翌朝6時に突然バスで「説明会」に連れて行かれた。
まだ辺りが暗いうちだったので、地震やら津波やらの爪痕も目にせず知らぬまま。
急な移動指示だったので着替えも持たず、戸締まりも確かめず行ったらそこで4泊。
避難先も決して環境が整っているわけではなく、情報源は音質の悪いラジオのみだった。
漸く状況が見えてきた時点で、ぼちぼち各人が身内を頼って離散。
車を出せる人に便乗させてもらい、お母さんはそこを離れたそうだ。
それ以来、その家には帰れていないという。
当然、預金通帳も印鑑も家にあるままだ。
なりゆき、着の身着のままやってきた親を友人が迎え入れることに。
手持ちの服を譲ったり、新しく買い足したり、世話を焼くのも大変だったようだ。
何しろお母さんの精神状態が人災のせいでパニックになっている。
パソコンやら携帯やらで目を離すと不安で騒いでしまうらしく、
文字通り目を離せない日々が2ヶ月ほど続いたという。
「やっと一人で留守番させられるようになったけど」と彼女は紫煙を吐いた。
地銀のキャッシュカードは7-11でも使えるのだが、「教えても理解できない世代」。
同郷の人々が新宿の支店に押しかけるため、混雑で本人確認すらままならない。
本店に問い合わせる事情もあって処理が何日もかかっていたそうだ。
一人でいると不安で仕方ないのに、身内にも会いたがらないという。
賠償金の類が「もらえるんでしょ」「もらえるんだってねぇ」の一言に傷ついてとのこと。
実情としては手続き関係も周知されていないし、連絡が来ても煩雑なのだそうだ。
生活支援物資を受け取るためにFAXを送信せよと言われても避難民の誰ができるのよ、と。
事故から3ヶ月も経った今頃、茶碗1個タオル1枚を配られてどうせよと。
しかし一部のみ受領したり辞退したりすることはできないそうだ。
「役場だって大変なのは分かるからねぇ」責められないよ、と苦笑いする。
一方で、そうした支援物資に嫉妬する人もいるのは事実で、それも分かるから責められないと。
派遣の工場労働者なんぞ失業しても手当なしだから「それはそれで分かる」。
上記の「もらえるんでしょ」も悪意は全くないので「それはそれで分かる」。
しかし、悪意がなくとも言われる方は傷つくのだ。
取りに戻れないお気に入りの服、「新しくなっていいじゃないの」と心から思えるか?と。
内外の事情を知っている人も汲める人も少ないからね、と次のタバコに火を付ける。
「大事なモノがあるってのも、こうなっちゃうとよしあしっていうか分からないよね」
多くの人がそれぞれの立場でそれなりに悩み、苦しんでいる。
なまじどの立場も分かってしまうと、いたたまれない気分になるのも無理からぬ話。
実は私自身、彼女にかけるべき言葉が見つからなくて今まで不義理していた。
この文脈だと余計に卑怯で申し訳ないが、と言うと「そんなもん、それでいいんだよ」と。
そんなものかもしれない。
夢と仕事と当たり前の毎日
商店街を歩いていたら、死んだ魚のような目をした女の子とぶつかりそうになった。
こちらの前方不注意ではなく、その子がふらふらと寄ってきたのだ。
目を合わせるでもなくそらすでもなく、彼女は小さなチラシを渡そうとした。
美容室某ですと言っていたようだが聞き取れず。
一つの商店街で三度ほど同じ目に遭った。
固まって存在している訳ではないが、美容室がたくさんある通りなのだ。
競争ってそういうことか、と少し遠く思った。
振り返ってみれば、あのチラシ配りはきっとみんな美容師だ。
小ぎれいな身なりに瀟洒な髪型で、しかし生気なく街角に立っていた。
暑い中たいした人通りもないので、気力が萎えるのも無理はない。
ただ、彼らに会ったからといってその店に入ろうと思えるか?
むしろ印象を落としているのではと他人事ながら気になった。
手に職があっても、腕に自信があっても、お客が来なければ始まらない。
それはサービス業であればほぼ共通だろう。
ではどうやってお客(→仕事)を呼び込んだものかというと。
まずは見込み客に存在を認知してもらうこと、だから彼らは街頭に立つのだろう。
呼び込みの仕事は不本意だと顔に書いたままでも。
私は街頭で呼び込みをしても仕方がないので、就職活動まがいのことをする。
フリーランス翻訳者の求人があれば応募して、履歴書と職務経歴書を送るまでだ。
すぐに話が進む場合もあれば、立ち消えてしまうこともある。
忘れた頃にお声が掛かることも珍しくはない。
いきなり仕事をくれる会社、テストを送ってくる会社、白紙で見積もりを要求する会社。
その相手をする時、ちゃんと生きている顔をしていたい。
伝えるべきことを伝えて、立てるべきところは立てて、自分はこうなのだと示したい。
まがりなりにも一つの夢が叶って、この仕事をしているのだ。
どれほど夢を見ようと追いかけようと、自分が生きるのは現実にすぎない。
だからこそ、真面目にやる意義があるし、それなりの手応えもある。
初心を忘れるなとは言うが、そういうことか。
どこまでが商品なのか
「バリニーズオイルリンパマッサージ」なるものに行ってきた。
腕は悪くないらしく、痛さの割には全身ほぐれた感じがするのだが、満足度はいたって低い。
施術中の態度がひどかったのだ。
入店時は1人しかいなかったが、3人いるらしい店員は全員中国人。それはいい。
日本語がいまいち聞き取りにくいのも問題ではない。
施術中の態度が許し難かったのだ。
・携帯電話でだらだらと喋っている。
・他のお客の応対に出てしまった。
後から来た人の方へ張り付いてしまい当人は戻ってこなかった。
・時間差でやってきた交代人員が一言の挨拶もなし。
・店員同士が大声で話している。
中国語だから分かるまいと思っているのか、シフトや取り分など仕事の赤裸々な愚痴。
聞き取れない人は気にならないのか、後から来たお客の一人は日本人だが常連らしかった。
いっそ中国語でまくしたててやろうかとも思ったが、じきにその気力も萎えて実現せず。
確かに提供すべき商品(サービス)はマッサージであり、技術自体に問題はなかった。
しかし、その商品性として客がリラックスできる状態というのは過大要求なのだろうか?
たかが数千円のサービスに期待をしすぎたのだろうか?
心に余裕を持って接しないといけないなとは思うものの、余裕がある時に行く業態ではない。
せめて他山の石としよう。
納品先に対して露骨に不快感を招くようなメールを出した覚えはないが。
手短に用件を書くだけのことが多いので、あるいはぶっきらぼうに見えているかもしれない。
反応を早く、やるべきことを確実に、というだけでは何か足りないかもしれない。
とほく昭和のおほん時
古い歌を聴いていると、電話の使い方で時代を感じることがある。
「ダイヤル回して手を止めた」
平成生まれの子にダイヤルを回すという概念が分かるだろうか?
確か電話のかけ方は学校では習わなかった。
家庭でそれとなく教わって知るものだとしたら、電話の発信は最早ダイヤルではないはずだ。
尤も親世代はダイヤルを知っているだろうとは思うが、伝えうるものだろうか。
「手で覚えてる電話番号」
携帯電話ではメモリに連絡先を記録してしまうので、誰の番号もまるで覚えなくなった。
メモや電話帳、連絡帳などで電話番号を管理することもない。
ましていちいち特定の人の番号を入力することは考えがたい。
「夜更けの電話あなたでしょ」
携帯電話やナンバーディスプレイ対応の固定電話では、こんな風情はない。
あなたでしょ、ではなく、確実にあなたであるか否かが表示されて客観的に判定できる。
電話ひとつかけるにしても、細かな幾多の手続きや障害がある。
こうした風情や気分を、前提を共有しない世代にうまく伝えることは可能だろうか。
古典の授業のようにまとめて説明するのも無粋な気がする。
もののあはれと同列に黒電話が並ぶのも何かおかしい。
おかしいと思うのは、私が昭和の人間だからだろうか。
レコードに触れたことがない私でも「針が下りる瞬間」を理解できるように、
なんだかそういうものなんだろうなと分かるものだろうか。
まだ登場人物が生きている、半端に昔の話。
どこまで断絶なく、説明なく、共有できているのだろうか。
素直に
最近やっと少し素直になってきた気がする。
従順であることは簡単だが、意識して素直になるのは難しい。
実は特に意識しなければ造作ないことだった。
できるできないとか考えるからできないとかいう感覚が生じていたのだ。
自分に素直になることはできても、自分に従順になれる訳はない。
従えている「自分」は誰なのかということになってしまうから。
だからなのかは解らないが、誰か/何かに対して従順になることは造作ない。
せいぜい少しの不都合か悲しみがついてくるだけで、目をつぶったままでいることができる。
ただ、目をつぶっていることに疲れを感じると急にむなしさがこみ上げるだけ。
素直でいいのに、と誰かの声がする。
誰?とか考え出したら多分もう素直ではない。
解っているし、気にしなければいいのだ。
少なくとも悪いことではないのだから。
無題
あの日から、ついったーには半端な優しさと安易な怒りが飛び交っている。
誰が悪いというわけでもないが、ゆえにもどかしく苦しい。
恐らく自分の悪さ弱さがそこに透けて見えるから、気分が悪くなるのだ。
一種の同族嫌悪みたいなものか。
それでも「人」との接触を断ちたくないという気持ちが捨てきれず、
こちらに書いたりそちらを覗いたりという日々が続いている。
見まごうかたなき個人の日記であるここでさえ、書くのを自粛している項目は多い。
まがりなりにも公開される文書である以上、書くべきでないこと。
特定の読者を意識して、書くのを控えること。
逆に、敢えて特定の読者を想定して書いていることもある。
そんなことして何かの役に立つのか、気持ちが伝わっているかは全く分からない。
伝えようとしている/したという自己満足しか生まないだろうか。
自己満足だけでも、あるだけまし。
さしあたって自分の見ている方向が前だろうから。
進んで傷つく人々
両親に声もかけず立ち去ったこと。母が泣きじゃくりながら電話をよこしたこと。
ダンナと話していたら「何で東北人は自分から不幸になりたがるんだ」と訊かれた。
無論、私が母と顔を合わせられなかった経緯も私の意図も彼は承知の上である。
「でもさ、それってみんな傷つくだけなんじゃないの」
まあ間違いではない。
無事に帰ってきたお礼を兼ねて義父母へ挨拶に行った時も、義父に変な顔をされた。
「家まで行っておきながら顔も見せなかったんかい」
見せる顔がないという論理を説明する気は起きなかった。
どれほど整理して伝えようと、その文脈が関西で暮らす九州人に伝わるとは思えない。
説明や理解の能力の問題ではなく、言わば前提とする思考回路が違うからだ。
敢えて言葉にするなら「そういう民族/生き物ですから」ということになる。
不幸になるのは自分だけでいい。
自分が耐えてあの人が少しでも楽になるならそれでいい。
黙っているだけで隠せるものならば、心配はかけないでおきたい。
ごく簡単に整理すると、あの国の人々はそういう前提で生きてきた。
少し前まで自分の個性と混同していたが、これは民族性のようなものであって私に固有のものではない。
むしろ私はそういう意識の低い異分子だ。
だからこうして、他人事のように文字を並べられる。
本来これは説明してはいけないことなのだと思うが「悪い子」なので敢えて記しておく。
一人でも無駄に傷つくことがないように。
表現
何かを表現することは、別の何かを表現しないことである。
大学で習ったのか翻訳スクールで出てきたのか思い出せないが、時々ふと思い出す言葉だ。
文字であれ映像であれ、一度にいくつものことは伝わらない。
まして、どのように伝わるかは受け取り手によっても変わってしまう。
翻訳仕事では特に、このことを念頭に置いて言葉を選ぶことにしている。
できるだけ、異なる解釈のしようがないように。
そして、できるだけ、自分が素直に原文を解釈するように。
ここで言う「素直に」は「鵜呑みにして」ではない。
翻訳は他人の言葉を他人に中継する仕事ゆえに、自分も受け取り手の一人である。
ぱっと見て発話者が何を言っているのかは、語学力の範疇で解釈する。
そこから先の「実は何を言いたいのか」が、私の存在(介在)意義なのではなかろうか。
場合によっては訳出しないほうがよい箇所も出てくるのだ。
単純な原文のミスや言語の性質によって内容が重複するとき。
文書の目的としてそぐわない内容のとき。
勿論この場合は申し送りを付けて翻訳会社の判断を仰ぐが、実績として却下されたことはない。
そういう仕事柄、元々の性格とどちらが先か判別不能だが、普段から言葉を選ぶ傾向が強いことは確かだ。
それでも時には間違うだろうし、意図しない受け取り方をされる可能性は否定できない。
冒頭にも記したとおり、表現できるものは捨象の結果だからだ。
字面ではなく、捨象する内容が不適切だと傷はより深くなる。
肝心なのは、その時/それからどう対応するかではと思う。
原因が何であれ、誤解は放置しておきたくない。
一度の失敗が取り返せなくては、余りに哀しいからだ。
どうにかなる/できる可能性のあることを放置して後悔するのは御免だ。
こちらで招いた事態でありながら一方的にも程があるとは思うが。
自分の意思さえ満足に伝えられないようでは…。
できる限り誤解を避けるべく補足しておくと、この記事で自分を含む誰をも責めるつもりはない。
…などという内言はさらりと文脈に埋め込めるようになりたいものだが。
