ようやく始動

近くにある神社の「残り戎」に朝から行ってきた。
十日戎という行事やら習慣やらは関西に昔からあるようだが、何故か縁が薄い。
毎年どうしたことかその周辺日程に用事があって覗いたことがなかったのだ。
仕事を抱えバタバタした状態ながら敢えて行ってみた理由は、厄年の札の処分である。
いかに不信心な私でも、お札をむげに捨てることはできない。
元日にも別の神社を覗いてみたが、集めて火にくべている様子はなかった。
十日戎の期間内であれば受け付けてくれるだろうということで持ち帰っていたのだが。
宵戎、本戎は休日と重なってかなりの人出があり何かと心配だったので、残り戎に。
お札を回収する場所がちゃんと案内されていたので、安心して置いてきた。
おみくじを引いたところ、末吉。
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何事も自分からはしないほうがよいとのお告げだった。まるで厄年。
まあ積極的に出歩いて人と会うのは、去年だけで一生分やった気もするのでかまわないが。
それぞれの項目を見ても、芳しいことが書いてあるのは学問のみ。
おとなしく勉強でもしておけということか。
去年いい図書館を見つけたことでもあるし、それもいいだろう。


今年の仕事始めは7日だった。
例年は年越しで何か抱えていたり三が日に海外から受注したりしていたので、珍しく遅い。
しかし副業と本業がほぼ同時にやってきたので、濃厚ではあった。
ほぼ四日半、休まず稼働。睡眠時間は取れたので調子は悪くないが。
どうにか各方面に無理のでないような調整ができる一年にしたいものだと思うなど。

言葉なき便り

年末の買い出しから帰宅すると、宅配便の不在連絡票が入っていた。
差出人は郷里の伯母である。
ものを受け取ってみると、ずっしり重い箱だった。
冷蔵庫の一段をまるまる占領するダンボール箱いっぱいに、地元名産の蒲鉾。
のし紙も添え状も入っていない。
時節柄、紅白の板物と伊達巻きも入っていた。
二人で食べきれる量ではないので、季節物はダンナの実家へ運ぶことに。


私は電話が苦手なので、頂き物のお礼は手紙で済ますことが多い。
しかし今回は何か引っかかるものを感じたので、敢えて夜に電話をかけてみた。
品物は何の変哲もない蒲鉾だし、送られて不審に思う由もない。
ただ何となく、声が聞きたくなったのだろうと感じたのだ。
電話の第一声は、「この前は(家に)いなくてごめんね」だった。
帰省する時はできる限り顔を見せに行くことにしているのだが、先月は会えなかったのだ。
手土産だけを母が後で届けたこともあってか、こちらよりも気にしていたらしい。
その後どうということはない近況を話す声はやはり嬉しそうだった。
そして、努めて明るい声で話そうとしている。
恐らく何か気落ちすることがあったのだろうが、敢えて聞き出そうとはしなかった。
ちょっと聞こうかなと思うと、牽制するような間で「年だから」と苦笑いが入る。
そうじゃないでしょ、と出かかったのを飲み込み、一通り話を聞いた。
気分転換で長姉の旧居にほど近いその店を訪ね、いつもと違う空気を吸ってきたのだそうだ。
本数の少ないバスを乗り継ぎ、何区間分かはリハビリがてら歩いてきたという。
そうして蒲鉾を見たら、私の好物だったと思い出して送ったのだと。
全く彼女らしい。
元気でやっているからご心配なく、としか伝えようがなかった。
「若いからって無理をため込んではいけないよ」
「どこか調子を崩したら、徹底的にちゃんと治しなさいよ」
こちらが見えているかのように、耳に痛い言葉を投げてくる。
何も伝えてなくとも、お見通しなのだ。
そして自分のことは棚に上げて、こちらの心配ばかりする。
夏に顔を見せたときの「あんたは変わらないねえ」と言っていた表情を思い出した。
しばらくしたら、変わらない顔を見せに行こう。
それしかできないことは解りきっている。

筆跡は語る、のか?

癒しスタジアムなるイベントに参加すると称して、岐阜の旧友が来阪した。
どんなイベントなのかも分からないまま、乗り換え案内がてら同行することに。
彼女は既に特定のブースで予約がしてあるとのことで、一時間ほど「その辺ぶらぶらしといて」。
ビューティースタジアム同時開催とかで、前世占いからネイルアートまで凄まじい混沌の世界。
とりあえず二週ほど見て回っても時間は有り余っている。
せっかくの滅多にない機会なのでと思い、開運筆跡診断なるものを受けてみた。
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占い横町の一角?
葉書に自分の住所氏名と「様」を記入し、その筆跡を「心理学で」診断してもらうというもの。
後から聞いた話では、「筆跡心理士」という商売があるらしい(苦笑)
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青字が鑑定してもらった字、黒字は私のメモ(お目汚し失礼)

一通り書き終えて差し出すと、「先生」は開口一番に「ふるかわさん、情の人ですねぇ」としみじみ。
自分では、義理と人情を秤にかけたら義理を取るほうだと思っていたので意外だった。
診断の根拠は、「様」の最後の「はらい」が余分に長いことだという(写真参照)。
この字の書き方のとおり、余韻を引きずってしまうとのこと。
他に指摘された箇所は箇条書きにしてみる。


・一行目の後半が右(紙の縁)に寄っている:精神的に疲れている
・偏と旁の間隔が狭い:他人がつけいる隙のない「自分の芯」を持っている
・紙面に対して字が小さい:自分から前に出て行くタイプではない
・「とめ、はね、はらい」が徹底されている:責任感があり、自分でけじめをつけられる
 (一方で、こだわりが強く自分を追い込んでしまいがち)
・字画に「ひねり、ひっかかり」がない:素直に物事をとらえられる
・木偏の縦画が横画から十分に長く出ている(写真「様」の字):出るべきときは出られる
・横画の閉じが甘い(写真「智」の字):交渉の詰めが甘い


総合診断としては、
・情にもろく一途なところがある
・完璧主義でこだわりが強く、専門職に向いている
・売り込みや交渉は不向き
とのことで、職業を答えたら愉快そうに大笑いされた。
開運アドバイスがもらえるのかと聞いたところ「何をしたい?どうしたい?」と逆質問。
特に夢やら展望やらはないが、人に迷惑をかけず生きていければ、と素直に答えてみた。
「それならこのままで大丈夫。それでも困ったときには誰かに話を聞けばよろしい」とのこと。
そして最後に悪戯っぽく、「どうせ何をしろと言ったところで聞きやしないでしょう」。

紅葉狩り遠足

国保組合のイベントで、宇治の森林公園界隈を歩いてきた。
参加者は事務局の人々を含め総勢27名。
山の肌寒さを心配していたが何のことはない行楽日和で、ゆえに紅葉は進んでいなかった。
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宇治川の透明感が素敵
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一番きれいだったモミジ


知人夫妻も参加していたが、特に固まるということもなく各人が写真を撮りつつゆるい団体行動。
初めてお会いした方や事務局の人々も皆さん気さくで、気まずくなったり恐縮したりということはなかった。
山道だったり階段だったりと変化に富む総行程8.8kmの遠足。
とりたてて写真が好きでもない私ですら携帯カメラを手放せないぐらいなので、皆さん歩きに来ているのか景色を撮りに来ているのかといった勢いだった。
これもデジカメや携帯カメラの普及あってこそかなぁ、とぼんやり思う。


文化芸能国保組合というぐらいなので、参加者(<加入者)の顔ぶれに興味があったのが実は参加の動機だった。
昼食休憩中ひょんなことから事務局の方に参加者名簿を見せていただき興味津々。
文楽関係者、司会業、カメラ関係、デザイン関係…どれが誰だか分からないが面白かった。
人数比率ではカメラ関係の方が多かったように思う。
まあそりゃ翻訳業なんて加入者の時点でそんなにいないわな、と思っていたところ。
「翻訳業の方…元々そんなにいらっしゃらないんですが、ここのところ増えてきましたねぇ」
その経緯を聞いて思わず噴きだしてしまった。ほぼ完全に私のせいだ。
この国保組合、インターネット上で情報を公開していない。
現在ホームページを準備中だそうだが、誰がどう加入できるのか公式情報は流れていないのだ。
なので、先日このブログで紹介した記事を頼りに訪れた同業者が少なくとも3人…。
「あんまりおおっぴらに紹介しないほうがいいですか?」と聞いてみたところ全然かまわないとのこと。
「むしろ健康で若い方が多く加入してくれると安定につながりますし、大歓迎です」とのお墨付きを頂いた。
ただ職域組合なので加入条件を満たす必要が云々。
だからこそ、そういう情報は公開したほうが何かといいのではと思う次第。
実に意外なところで自分の影響力?に気づくなど。

進路

関西学院大学「言語コミュニケーション文化セミナー・入試相談会」に行ってきた。
「人間の言語本能と文法現象」の講義はとても面白く、夢中でメモツイートをした。
終わってから見直してみると、公式ページにある概要以上のものは出てこないことに気づいたため、ここでは再掲しない。
それから院の概要と在学生によるキャンパスライフ紹介などを聞いて、個別相談会へ。
実は相談会の直前まで、かなりここの大学院に挑戦する気でいた。
言語学って面白い、掘り下げてみたい、あれもこれもやりたい!と思っていたのだが。
いざ「ご相談は?」と聞かれると、実は何も言えない自分がいた。
やりたいこと、研究したいテーマ、進学の目的、どれもまとまっていない。
先生も先輩(?)も決して邪険にすることなく話をしてくれたが、要は心が決まってからにすべきだと。
興味のあることを洗い出して、入門書を読んで、師事する先生を検討するようにとのこと。
言われてみれば至極ごもっともなのだが、その瞬間は少し落ち込んだ。
結局のところ、私のしたいことは恐らくキャンパスにはない。
恐らく、としか言えない散逸ぶりが切ないところだが、まずは入門書を漁るところから始めるか。
「本当にここでお役に立てそうなことがあるなら歓迎しますよ」の一言が耳に痛かった。

名刺

再びUstream出演をすることになり、出向いたはいいが名刺を忘れた。
弁護士先生にお会いできる貴重な(少なくとも初めての)機会なのに我ながら迂闊だ。
頂戴した名刺のアドレスにメールをしたものか、書くことがなくて迷ってしまう。


先生はさておき、初対面の方はもう一人いらした。
進行役の社長がかつて講師を務めたセミナーつながりだそうだが、自称「駆け出し翻訳家」。
話を聞いてみると確かに翻訳業務歴は短いようだが、明らかに私より年上だった。
その方から頂いた名刺に、とりあえず目が点。
見たことのない肩書きが踊っている。
当人いわくお遊びで、ちょっとした洒落でつけたものだそうだ。
なるほど名刺交換そのものを話のきっかけにするには役に立つのかもしれない。
でも私には真似できないなと思う。
名刺で遊び心を表現するのは大人の余裕なのかもしれないが、露骨に遊んでいいものか。
渡した相手が見直した時に「あいつがあれか」と思い出してもらう印象として選べない。
よほど話し上手で相手に溶け込めるなら、うまく使いこなせそうなものではあるが。

「ツイてましたね」

原稿を待つこと丸々半日、未明に日程変更の憂き目にあった。
変更後の案件について電話があったのは昼前。
さんざんな目に遭わされたので(とは明言しないが)以降の案件もろとも断る。
何ともやるせない気分を抱えていたところ、携帯が鳴った。
「いろいろと大変だったようで…よかったらお茶でもと思ったのですが」とのメールが。
とても救われたような思いがして、すぐに「嬉しい!」と返信を打った。


車で迎えに来てくれたので、目的地を問うこともなく気軽に乗り込む。
見慣れない景色を過ぎて着いた先は、かなり大きなカフェだった。
一階部分の半分ほどが焙煎工場、残り半分が珈琲豆の販売コーナー。
吹き抜けで焙煎工場を見られるようにした二階部分がカフェとして営業していた。
ミルやらドリッパーやら、本格すぎてついていけなさそうな器具がカウンターに並ぶ。
到着した時点では禁煙席が塞がっていたので、しばらく店内を眺めながら待った。
案内された席は一人掛けソファが向かい合わせになっている贅沢な造り。
一人掛けと言っても、女性なら二人はいけそうな大きさだった。
ふかふかさのあまり半分ほど沈みながら注文伺いを待つ。


かなり前から参加を予定しておきながら、先週の案件がひっかかって出られなかったイベントの話を聞く。
まあおおよそ想像していたとおりだったので、妙な安心感を覚えた。
大規模なイベントは遠くで羨んでおくぐらいが丁度なのかもしれない。
少人数でちんまりやろうという企画もちらほらあるようなので、そちらには誘ってもらえたらと思う。
こうして卓を挟んでまったりと話し込むほうがよほど楽なのだから。


気づいた頃には一時間ほど過ぎており、ぼちぼち帰るべき時刻に。
「このお店に禁煙のソファ席があったなんて、…今日はツイてましたね」
そのツキをくれたのは間違いなくこの人だと思う。
まあそういう人にこういう間で声を掛けてもらえたのが、私のツキだったかもしれないが。
支え助けてくれる人に恵まれ、幸せだと実感した次第。

密会ごっこ

ある程度以上の案件を仕上げた時には、密やかに「打ち上げ」を挙行することにしている。
とは言え一人仕事の打ち上げなので、たいていはダンナと近所でパフェを食べて終わりなのだが。
今回は人生初(!)お友達と半日も遊んできた。
先日から何の気なしに「今度カラオケご一緒しませう」と言っていたのが結実してしまったのだ。
まさに瓢箪から駒。


歌いに行ってしまうと会話する暇もないから、ということで、まずは会食。
コースとまでは行かないが、少しだけ贅沢な釜飯御膳にした。
選んだ理由は「胃に優しいから」そして「時間がかかりそうだから」。
お互い飽食気味で、料理そのものよりも会話優先といった感じだった。
納得してそういうお店を選んだぐらいなので、当然のように話は弾む。
ただ、四方山話や趣味の話といった明るい話題はほとんどなく、むしろ身の上話が多かった。
一人で抱え込んでいると暗くなってしまうような話でも、何故か笑顔で発散できる関係は貴重だ。


食後、いざカラオケ屋に移動。妙な緊張で、二人ともおかしな笑いが顔に張り付いている。
自分の意志で遊ぼうとしているだけなのに、何故か「どうしてこうなった」と思ってしまう。
相手も同じ顔をしていたので、恐らく似たような感情だったのだろう。
なかなかその緊張が取れず、一曲目では声が真っ直ぐに出なかった。
一曲目は準備運動なので、声域ど真ん中で高低差が少ない旋律のものを選んでいるのだが。
まあ状態はお互い様だったので、それでよしとする。
選曲は特に「縛り」なし。気の向いた順に好きな曲を入れていくと、全くかぶるものがなかった。
全く知らない曲を聞くのも悪くない。
「こういうのが好きなのね」という気づきみたいなものもあるし、新しいものを知ることも面白い。
何より、他人様の歌っている姿を観察するのが面白かった。(意地が悪いかもしれないが)
選曲も発声もノリノリなのに、表情だけ深刻すぎるほど真剣。
だからこそなのかは分からないが、話す声からは想像しがたいところにある美声を拝聴できた。
自分の番にはひたすら歌い、相手の番には聞いているだけ。
本気で遊ぶのは本気で楽しい。


地下街のお店でおやつ休憩。
ほんの一休みして解散かなと思っていたが、気がつけば5時すぎ。
1時間ぐらい話し込んでしまっていたらしい。
仕事の引き合いメール着信に促されたような形で席を立ち、やっと?駅で解散。
それにしても、こんなことってあるのね。
些か魂が抜けたような気がしないでもないが、心底から楽しかった。

献血あれこれ

自営業でも定期健康診断を、とは言われるが、普段なかなか行く気になれない。
市町村主催のものは日程が不都合だったり、医療機関のものは費用負担が問題だったりする。
まして人間ドックともなると、何万円もかかって時間も縛られ、診断項目はさして多くない。
それを補うであろう存在として勝手に重宝しているのが、献血時のおまけ検査である。
赤十字からの連絡ハガキによると、検査の手法や精度は医療機関並みだという。
各項目について、数字の読み方から標準値まで詳しく列記された説明つき。
そんな血液検査がほぼ好きな時に予約なしで受けられるのはありがたいと思うのだ。

今日は、神戸の南京町で夕食の約束があったので、隣の三宮駅で献血することにした。
献血ルームはJR三宮駅前すぐのミント神戸なる瀟洒なビル、しかも上層階にある。
美しい眺望とまではいかないが、港が見下ろせて開放感のあるところだ。
冷暖房と各種飲料が完備なのは珍しくないとして、ここには何とパソコンがある。
インターネット接続されたパソコンが2台と、持ちこみ用にケーブルとコンセントの用意されたデスクが1箇所。
決して広くはないのだが、呼ばれるのを待つ間に退屈しなくて済み、非常によい。
採血室には20台ほど椅子かベッドか判断つけがたい代物が並べられている。
正面には液晶テレビ、背もたれのちょうど頭を置く部分にはスピーカー搭載。
イヤホンほどではないが耳の近くで音声が聞こえるため、好きな番組を視聴できる。
とは言えテレビを見る習慣のない私には、好きな番組を聞かれても答えかねるのだが。

今日ちょっと気になったのは、「血小板の型の登録」について。
血液検査の担当者が、検体を小分けしながら問診票に目を通していた。
「どこか東日本で型の登録をされていますね。兵庫県でもお願いします」と言われたがぴんとこない。
東京に住んでいた頃どこかのセンターで登録されたのかしら、と答えると
「血小板の型の登録は都道府県単位で行うので、これ…太枠の中を書いていただけませんか?」
登録申請書なるA5ぐらいの帳票とボールペンを渡された。
献血者が自ら手間を掛けて登録を申請するというのも不思議だが、それより登録手続きが存在するということのほうが解せない。
申請した覚えがない東京のどこで私の型が登録されたのだろうか。
まあそうそう悪用のしようがない個人情報だろうとは思うが、何か引っかかった感覚が抜けない。


それにしても献血ルームは個性が豊かというのか品質基準がないというのか、場所によって待遇がまるで違う。
大阪駅前のG25ではキタの街が一望できる広い窓と充実した図書類、選べる粗品。
有楽町の交通会館ではブルーシールアイスクリームがほぼ常備。
渋谷Shibu2ではドーナツ類の軽食が選べて個包装の焼き菓子も多い。
その一方で、献血バスかと思うほど狭くて薄暗いルームもあるのだ。
どこで献血しても一回は一回、というのが何だか不条理に感じる私は、やはり不純だろうか。

雨は降れどもブックフェア

天気予報では雨、ホテルを出た時点で、降り出す直前のような湿気を感じる重い空。
できるだけ荷物は作りたくないので、傘を買うことなく電車に乗った。
平日の10時台だというのに、りんかい線は信じがたいほどの満員運行。
中学生用の定期券を首から提げた女の子が東京テレポートで降りていった。
今や大人が有給休暇を取るより気軽に子供が学校を休んでしまうのか?
同様に降りていく子供が数人。そのこと自体は問題でもないが、電車が全く空かないのでつらい。


今回の東京滞在の主目的は、東京国際ブックフェアの視察(?)である。
人混みに揉まれつつ国際展示場に着いたが、ブックフェアをのものは去年よりむしろ空いていた。
他の展示会が2-3件あったので、乗車人数がふくれあがっていたらしい。
受付登録をしようとして、手元の招待券が一般公開日専用のものであることに気づく。
むざむざ交通費だけ負担して見ずに帰るのも癪なので、自分に珍しく主催者スタッフに問い合わせてみた。
「本当は違うんですよ」とか言いながら業者用の登録欄つき招待券を出してくれた彼のせいではないが、最初からこれを送ってくれるはずだったのにと気分は晴れない。
業者用の招待券には登録欄があり、職業を選んで名刺を貼り付けることになっている。
その職業一覧に、ちゃんと翻訳業があるのだ。(記載は「作家・翻訳家」なのだが)
翻訳して面白そうな原書がないか探すので、大義名分は十分だと思っている。
が、去年は中国ブースが事実上なかった。
書籍の展示もなければ担当者も見あたらない、空っぽの棚と看板があるだけだったのだ。

何があったのかは分からないが、今年も同様でないことを祈りつつ入場。
今年はちゃんと?出版社がいくつか集まって、書籍の展示と商談会をしていた。
若い女性スタッフが応対してくれたのだが、向こうの人らしかったので日中ちゃんぽんで会話。
展示されていた書籍が伝統文化やら地図やら「中国の資料」といった感じのものばかりだったので、企業経営の本があるかと聞いてみたら「没有(ないよ)」。
次に目に付いた茶芸の本がなかなかよかったので値段を聞いたら「45元だから、13掛けて…」違うだろ。
ブックフェア価格が必ずしも安くないのは問題ないとして、日本円で値札を用意していない。
値段が定義されていないので、その本そのものの担当者がいないと売ることもできないのだ。
これには些か閉口したが、まあ中国なので致し方ないのだろう。

そんなわけで、今年も翻訳対象書籍の獲得という目的は達成できなかった。
とは言え、せっかく来た本の祭典なのだから、よそも見て回りたい。
非営利事業の啓蒙パンフレットから定価の書かれたグルメガイドまで、色々なものが「お持ち帰り自由」。
近年の学校用教科書を覗いて感心したりと、おまけは十分に楽しめた。
唯一ながらたまらなく厭だったのは、宗教系出版社の大音量CM。
同列にいた台湾企業を覗きたかったのだが、気持ち悪くなって退場してしまった。
ブックフェアも民間企業主催だから場所代さえ払えば出展させるのだろうが、あれはひどい。