昨日のテスト疲れのせいか、今日の朝イチは学生が少なかった。
先生も試験監督だったのか妙に同情してくれて、授業の開始を遅らせたほどである。
が、癪に障ることに、昨日の「総合考試」とやらは成績に全く関係ないらしい。
「単なる学力水準の参考」にするだけなんだったら本試験のあとにしてくれっちゅうに(怒)!
やっと教室の席が半分ぐらい埋まったところで、先生がおもむろに来週の予告。
泛読の試験は月曜の午後一時半からで、内容は半分が授業と一緒で半分が新しいもので…..。
木曜の授業はなくなる、ということだった。何だか楽そうで、それはそれでいい。
次の時間には、精読の試験が木曜の朝八時半からだということを聞いた。
また出題の内容から傾向までご丁寧に解説してくれたのだが、ありがたくない。
選択式のが多いってことは、つまり特に勉強の必要がない訳であって、嬉しくない。
何故ならこの本試験は「昇段試験」であって、落伍者をふるい落すためにあるのだ。
見るからにやる気のない連中にはいっそ出ていって欲しいので難しい問題も必要だったりする。
午後にはまた聴き取り試験が月曜の朝八時からで内容は本とは違って…..の解説。
余りにばらばらだらだら説明されるとだるくなってしまう。
何でまとめた日程表を配るって頭がないんだ?中国人。
ほとんど抜き打ちで「総合考試」。これってHSKまんまやん!
今日テストがあるらしいということは、先週末の掲示で知った。
但しそこにあった情報は「必須参加朝八時半から第二教学楼にて」のみ。
会場の教室やら席次やらは月曜の授業中に受験票を渡されて下見の余裕もない。
先生も「今更あがいたって意味ないよ」としか云ってくれなかった。
テストが何時までなのか、午後の授業はどうなるのかも知らないまま当日を迎える。
八時ちょっと過ぎに受験票の場所へと移動。見慣れない顔ぶれが多い。
どうやら私のクラスと隣のクラスがごっちゃになって受験するらしい。
そして各人の机の上には怪しげな音のする黄色いヘッドホンが置かれていた。
手にとって見ると、FM某と表示されている。朝っぱらからこんなもん放送するのか?
さながら小学校の運動会BGMのような曲が流れてくるのだ。これは一体…..。
しかも気に入ったのか隣の席のフランス人が適当に歌いながら踊り始めた!
流石に試験監督のお姉ちゃんが踊りは止めたが、音楽は鳴り続けている。
それが忽然と止んだかと思うと、「総合考試へようこそ!」のメッセージが聞こえてきた。
問題数やらマークシートの使い方やらの聞くまでもない説明がとうとうと流れる。
しかも男声と女声の二度、全く同じ説明が…..これってHSKまんまやんけ。
さらにまんまだったことには、説明が切れた途端に聞き取り問題が始まっていた。
そういやそうだったと気づいた頃には既に第三問。むざむざ六点は無駄にしたな、私。
幸い残りの問題が適当に判ったので惨事には到らなかっただろうと思うが、
HSK受けたことない人は相当びびってるな、とほくそ笑んでしまえるのが経験者の強み。
鬱陶しいのは、各分野ごとに回答時間が固定されていることである。
語法の部分がさっさと終わっても読解に手をつけてはいけない規定なのだ。
焦る→時間が余る→眠くなる→次の問題、が三度も繰り返された。
だるだるで会場を後にした。はいいが、しっかり午後の授業はあるらしい。
ただでさえ眠いってのに口語の授業なんて、喋る気も起きやしないのに…..。
本学の子を相手に第一回「互相学習」。何だか話が違うぞ?!
二時半に本学の二人と待ち合わせだったので、十分頃に学院の門まで行ってみた。
すると何分か遅れたのはともかくとして現れた中国人が三人いる!一人は誰だ?
どこで勉強しようかと一人に聞くと、実はこれから授業があるので都合が悪いという。
何だか話が違う。一体どうなってるのかと思いきや、代わりの子を紹介するからと言われた。
問題の「三人目」は彼女たちが私に引き合わせようと連れてきた後輩だという。
二人はその子の名前を教えるや否や、すぐ授業なのかそそくさと帰ってしまった。
実は日本語のうまくないのが二人も来てどうしようと案じていたところなので一安心。
しかもよくしたことに、二人よりこっちの子の方がお友達になれそうなタイプの子だった。
一年生だというだけあって使える単語は少ないようだが、聴き取る力が優れている。
遠慮なく普通の速さで日本語を話しても彼女が既に習った単語ならば判るらしい。
まずは初対面だということで、軽く自己紹介と四方山話から始めた。
教科書の内容から話がいきなり漢詩に飛んだりしていたのだが、不思議と苦痛に感じない。
きっと気が合う相手なのだと(多分お互い)どこかで感じたのだろう。
将来は通訳になりたいという彼女の目はいい感じで好奇心に満ちている。
本学の学生だけあって利発さも十分。本当に敬意をも持って仲良くなれそうな気がする。
次回以降いつやろうかという話になって、彼女は週に一度か二度がいいと言う。
本来なら財経大学の子もいるし週に一度でいいかと思っていたのだが、
思いのほか彼女が気に入ったので(笑)火曜と土曜の二度にしようともちかけてみた。
火曜は午後から勉強で、土曜は朝から…..勉強、気が向かなければおでかけ(!)に決定。
今度の土曜が非常に楽しみだ。と思ったが、中国語で表現できなかった。
私って実は存在そのものがやばいのか?公安へ急行。
再発行の学生証をもらいがてら学生課で「Fビザをもらいそこねました」と言ってみた。
すると話した相手がパスポート紛失事件を知っている先生だったので妙に心配してくれて、
それじゃ今どうしているのか、大丈夫なのか、と聞いてくる。しかも深刻そうに。
手元の滞在ビザとやらも十九日まで有効なので私本人の方がむしろ呑気だったほどだ。
私はどうにかあと一回で滞在期限を延長できればいいかなと希望していたのだが、
先生は何かわちゃわちゃ云いながらも公安局外事科(ビザの発行元)に電話してくれた。
あいにく係がいないらしく電話がつながらないそうなので、その場は引きとって授業へ。
放課後にまた学生課を訪ねてみると、何だか解らないが話は既についたという。
でどうなったのかと聞いたら、紹介状を持ってすぐに公安へ行けとのお達し。
中国人は滅多に急ぐということをしないので、どうやら余程の事態らしい。
その紹介状とやらは他の先生が一筆したためて判を押してくれた。
何の変哲もない印刷物に私の名前と用件が少し書き込まれているだけの小さい紙だが、
大学名の判が押されているといわゆる黄門様の印籠ほどの御利益があるのだ。
これと写真と元々のビザ申請用紙を持って公安へ行けば何とかしてもらえるはずだという。
幸い必要なものは手元に揃っていたので、善は急げとばかり校門からタクシーを拾う。
高くついても便宜には代えられない。これが外国人の泣き所!
さて外事科のビザ申請受付で紹介状を出すと、何故か居留証窓口に回された。
こっちの人が電話の相手かしらと思って素直に従ったのだが、違っていたらしい。
おっちゃんは紹介状を見て暫く黙っていたが、ややあって何やら申請書類をくれた。
必要事項を記入したら、ここではなく一番端の窓口に行けという。
何でたらい回しにされるのか不可解でならなかったが、謎は行ってすぐ解けた。
端の窓口のおっちゃんは日本語が解るのだ。ちょっとだけ安心した。
臨時居留証を作っていいのかと聞かれたが、いいか悪いかの判断材料はない。
それで一月末までいられるのか尋ねたら、大丈夫との返事。云ったな?おっちゃん!
もし何処かで引っかかったらこいつのせいにしたる!←これは中国では常識らしい。
ともあれ一週間後と書かれた引換え券をもらい、悠々とバスで帰途に就いた。
天下に知られる景勝地「西湖」を歩いて縦断。ちょっとだらだら。
於:杭州→上海
二泊もしながら、杭州観光そのものに割いた時間はものの半日しかない。
しかもほぼ北端の霊隠寺からほぼ南端の六和塔まで内容はもりだくさんの予定。
バスを待つのも鬱陶しいので飯店からタクシーで霊隠寺に直行し、有名な磨崖仏だけ
鑑賞して寺そのものには入らず。せかせかと再び車を拾い、岳飛の廟へ。
週末のせいか寺といい廟といい人出がものすごく、歩いているだけで疲れる。
ことに岳廟の見せ場である「墓前に引き出された敵将の像」などは覗くのだけにも数分かかった。
そしてよく見ると銅像の一部がへこんでいる。傷みの激しい物にいたってはハンダで埋めてある!
どうやら観光客がひたすらなでるので摩滅してしまったらしい。「現行犯」を見る。
目的地のうち関心の高い物から二つを踏破してしまったので、漸く余裕が出る。
折角ここまで来て湖を鑑賞しないのも勿体無いからということで「蘇堤」を歩いて縦断することにした。
本当は遊覧船にでも乗って湖の中から見るのがいいらしいのだが、人いきれが厭なので回避。
中国での人ごみは何をなくすか分かったものではないので通行人の少ない堤を選んだ訳である。
詩人として有名な蘇東坡の指揮で作られたという堤は既に舗装されて久しいようだった。
だらだら四十分ほど写真を撮りながら歩き、南岸の近くにある「花港飯店」で昼食。
名物の東坡肉をつついて一服。これで食堂がもう少し空いていれば嬉しかったのだが。
午後は南側の観光地である六和塔とHuPao(虎が走るの意)泉を見学。
塔からの眺めは霧のせいもあって余り楽しめなかったが、空気がよくてほっとした。
そして泉は山を少し登ったところから湧いている。とても水がきれいで見ほれた。
中国人観光客はこぞって源泉の水を飲んでいたが、流石に飲む気にはなれなかった。
帰りの汽車でお手洗いが使えない心配があったからである。
シャングリラでの一服を経て杭州東駅、そして上海へ。現実に戻る時が来た。
夜景が多くなるにつれ、気が沈んでくる…..明日からまたいつものあれか。
近所の「インターネット屋」体験。ちょっと愕然とする。
昼下がり、今週の「互相学習」も終わり手持ちぶさたになったついで先日の店に行った。
割安感のある「国際網絡」とやらを三十分ほど試してみるつもりで店の人に声をかけてみた。
「上網?」と聞いてきたのでそうだと答えると、一台のデスクトップ機をあてがわれた。
現地製なのかキット制作なのか本体は得体が知れない。でもWIN98が入っていた。
傍らには33600bpsのモデムが無造作に置かれている。外付CD-ROMもあった。
見る間におっちゃんが勝手に接続する。とはいえ単なるダイヤルアップだったが。
一分ほど待って接続できたはいいが、検索エンジンが全てアメリカ版なのに参った。
中国版もいくつかあるのは知っていたので無理に探し出したが、役に立たない。
ものの見事デッドリンクだらけなのだ。何なのだこのつまらなさは!
現地のプロバイダぐらい探し出さないともとは採れないのだが、一時間で諦めた。
これじゃ部屋で高い接続料かかってでも日本経由で探した方が早い!
近所の「インターネット屋」を覗く。でも立ち寄らず(笑)。
普段メール送受信だけなので余り気にしてもみなかったが、実は通信費は結構な額である。
グローバルローミングとやらの御利益にあずかっているので電話代こそかからないが、
その接続手数料(?)が一分につき三十円も取られるのだ。
利用方法は上海市内のアクセスポイントにただダイヤルするだけなので至って簡単。
SMTPサーバーとダイヤル先の設定をいじれば、他に手続きは不要という手軽さである。
まぁ国際電話で日本のどこぞに接続するよりは安いのだろうから致し方ない。
因みに中国-日本間の電話料金は標準で一分につき二百円ぐらい(レートによる)。
上海の市内通話が三分につき今で七円ぐらいなので、まだ割安感がある。
問題は、電話回線の質かアクセスポイントの処理能力か接続に時間がかかること。
たった一通のメールを受信するのに四十秒ほど待たされる時すらある。
心もちサーバの反応も遅く感じられるので、本当にメールチェックぐらいにしか使えない。
そんなわけで日記の追加掲載もためらわれてしまうのだ。
もし現地のプロバイダが見つかるなら乗り換えようかとも思ったのだが、ない。
寮の並びに「電子網絡、国際網絡」「電子郵件」との看板をあげた店はあるのだが、
覗いてみたら接続料は一分につき三角(五円ちょっと)、しかもサイト閲覧だけらしい。
そしてメールは一通につき二元半(四十円弱)という奇妙な別料金制だった。
どうやらインターネットカフェに相当するサービスがあるだけで、プロバイダではないらしい。
かくなる上はその辺の店で検索してプロバイダを探し当てるしかないのか?!
「花園飯店」で昼食。げに二ヶ月ぶりの洋食!
今日は「今月の打ち上げ」とのことで、市内の5ツ星ホテル「花園飯店」へ赴く。
ここのレストランで二ヶ月ぶりの洋食にありつけるという話だ。
師匠は慣れているそうで何気なくすすっと歩いて行ってしまうが、怖くてなかなか進めない。
回転扉にはボーイが数人ついているし、やけに広い通路は高そうな絨毯で思わず息を呑んだ。
ここは金持ちの来るところだぁ、余りにも分不相応すぎるぅぅ!と心が悲鳴を上げている。
多少は覚悟していたはずなのにやはり怖じ気づいてしまった私。
しかし料理は思ったほど高くない。ランチタイムとやらのせいかは定かでないが、
カジキのグリルにサラダと主食、それに飲み物が付いて九十五元。許せる値段ではある。
学食で出るのは中華かつ肉料理ばかりなので魚がいいとばかりそれを注文。
サラダは各自で取るようになっていたので、久々に生のトマトを拝んだ。
パンを頼んだら、三種類を籠一杯に詰めて係の人が現れた。とりあえず二つもらう。
フランスパンよりロールパンの方が硬かったのでやや意表を突かれた気分。
そしてメインディッシュ。七ミリ前後に切られたカジキの網焼きが出てきた。
二枚の重なる部分に刻み葱が載っていて、バターソースが回しかけてある。
そして付け合わせがカレー味の馬鈴薯と温野菜のサラダ。流石にどれも美味。
問題は、葱が長葱だったことである。繊維がナイフでは切れない。
音はしていなかったと思うがカチャカチャ頑張っていると、師匠に「もういいよ」と言われた。
なまじちゃんとできないなら恥ずかしいからフォークだけで食べていいとの仰せ。
身の程を一気に思い知らされた気分で思わず泣きそうになった。来なけりゃよかった。
出際に他の客を目にして閉口する。私どころでなくめちゃめちゃな食べ方ばかりだった。
建物も出すものもサービスも一流だって、客が一流だとは限らないということか。
まぁ私なんかが紛れ込んでるんだから致し方ないが、妙に後味の悪い思いをした。
学生課の仲介で復旦本学の学生さん達とご対面。困惑。
昨日の通知こそ、学生課が仲介する本学の「互相」学生と対面させるというものだった。
しかも昨日の夜に手渡されたってのに期日は今日の四時半。会議室集合、時間厳守とある。
申請からげに一ヶ月は経っている。今更と思いつつ、興味はあるので出席してみた。
と、驚いたことに中国側の面々が既に揃って円卓を囲んでいるではないか!
当地の人々はことごとく時間に無頓着なものだとばかり思っていたので結構たまげた。
そして日本人学生達は律義にも四時半ぴったりに入って来る。全部で七人。
更に他国出身者(英語で中国語の説明を受けるらしい)が更に数人いたが、詳細不明。
中国側は思うに二十人ほどいたのだろう。ともあれ日本人より多かったことは確か。
円卓の周囲は塞がっていたので、我々には窓際の比較的いい椅子を勧められた。
椅子が柱を挟んで東西に五客ずつ置いてあったので、まず私を含む五人が東側に座った。
少し時間をおいて中国側の日本語学習者が椅子持参でわらわらと我々の前に集合。
男性が二人に女性が四人。反して日本側は男性が一人に女性が三人。
柱の向こうを見ても中国側が三人に日本側が二人。どう見ても数が合わない。
まさか浮いた学生が空しく引き下がるとも思えない。本学の学生は非常に勉強熱心だからだ。
とりあえず各人がたどたどしく自己紹介して、相手を限らずみんなで適当に喋る。
そのうち、柱の正面に座っていた二人の女の子が私に改めて名前を聞いてきた。
当地で作った名刺を二人に渡し、代わりに名前を書いてくれるよう頼んでみる。
彼女達は親切にも名前に仮名をふってくれて、かつ連絡先も併記してくれた。
標準語の発音もいいし、なかなか気の利くところもあっていい子達だなとひとまず感心。
唯一最大の問題は、二人とも日本語がうまくないということである。
較べては悪いのかもしれないが、財経の彼女の方が上手だと認めざるを得ない。
幸い私の拙い中国語でも聞き取れるらしいので止む無く「商談」は中国語で進める。
ここでもまた「発音が正しい」と喜ばれた(中国人にはよく言われる)。
私にはいまいち理解しきれていないのだが、どうやら二人が同時に来るらしい。
恐らく中国語を教えてもらう暇なんぞなくて「日本語の授業」になるのでは…..。
まぁ説明に使う中国語だってそう簡単ではないだけに実力養成にはなるのだろうが。
停電、そして騒音被害。全くどいつもこいつも!
今日は何の事前告知もなく、午前八時前から停電だった。
おかげで黒板の字も教科書も良く見えないため、六時間の授業は苦痛そのもの。
さらに寮の公共給湯器も電熱器を利用しているので帰ってもお茶も飲めない。
生水の飲めない中国で「お湯断ち」というのは結構むごいものだと実感した。
お湯がなくても喉は容赦なく渇くので、止む無く近所のスーパーで「キリンライチ」を買う。
飲んで一息ついた頃にようやく電力が回復したらしく、一安心して部屋に戻る。
と、一難去って何とやら。隣のTVの音がやかましくて仕方ないのだ。
壁越しですら中国語の発音どころか言っている内容まで聞き取れる音量である。
ここのTVは何故か電源を入れた直後フル音量になってしまう作りなので、
見ている最中もしくはスタンバイ状態の時にに停電に遭うと
回復してしばらくがその大騒音に見舞われるというのが原因。
私は節電のために主電源を断つ習慣が身に付いているが、
リモコン操作だけで「切った」と思っているとこういうことになるのである。
耐え難いので管理人に電話をかけたら「ここは学生サービス部じゃない!」の一喝で切られる。
普通ならここで何とかしてくれるはずなのに、当直が性悪だったようだ。
言われたんだから聞いてみようかと学生サービス部に電話してみたら、部屋番号を聞かれた。
不審に思いつつ教えると、何故か私の名前を呼ぶ。こっちの話なんざ聞いちゃいない。
とにかく購買の横に来いとのことなので、致し方なく行ってみた。
すると私を待っていたのは全く今回の件とは関係ない学生課からの通知が一枚。
それだけ持って帰るのも不本意なのでそこにいたおばさんに窮状を訴える。
曰く、停電にはつきものの日常茶飯事なので処理の手配はしてあるそうな…..。
不承不承そのまま戻って数分後、よりによって最初の電話の相手が処理をしていた。
どうせやる羽目になるんなら最初から話を聞いてくれりゃいいだろっての(怒)。
