雨が降ったりやんだり。休みなので出不精になる。

ずっと気づかなかったが、実は台風6号の影響らしいと後で判明。
道理で雨風が異様に強いと思った。…..ニュースが聞き取れない哀しさ。
風しかない間ちょっと窓を開けていたら、部屋の奥の扉がぱくぱく動いていた。
雨が網戸を濡らし始めたので、止む無く硝子窓を閉めて扇風機をつける。
部屋には天井から大きな扇風機が吊るしてあるので、つけると結構しのぎやすい。
休みぐらい電力を使わずに過ごしたかったのに、蒸し暑くて泣き寝入り。
ここの寮では電気料に使用制限があり、50kwを超えたら残りは自己負担なのだ。
ただでさえ前半に空調びたりの生活を送っていたので請求書が怖い(笑)。

一週目の授業が終わったせいか、テンション低下。

流石の私も余り長くはハイでいられないらしい。慣れのせいもあるかも。
気晴らしに近所の市場を覗く。ここでは南北の通りごとに一個所ずつあるらしい。
かなりの活気と悪臭のるつぼ(笑)だ。きっとここに入れない日本人は多いだろう。
隅っこでは三畳大の鳥篭に烏骨鶏と鳩を飼っていた。捌いて売るらしい。
この辺と魚売場が主な臭いの発生源であろう。でも混沌として分からない。
よく魚売場で蛇を見掛ける。見慣れたが、どうして水に浸して置いてあるんだろう。
野菜売場ではおっちゃんが冬瓜を輪切りにしながら叩き売りしていた。
もう旬は過ぎているらしく、身と種の間がスカスカしている。
見回すに、旬なのは茄子と真菰(太い草。筍のような食感)らしい。
茄子は日本の物より長く、色もピンクがかった薄い紫である。柔らかそう。
隣に積んである大根が茄子より細くか弱いので笑いを誘うが、元々なんだろうか。
そもそも中国語では”大根”と言わないのでどうでもいいのかもしれない。
果物も、訳の分からないものが平気でたくさん並べられている。
柿や梨ぐらいなら亜種なんだと思えば理解できるが、何の類いともおぼつかない物もある。
路上でも売っている人が多い”海棠果”とは何ぞや?
大きさは李ぐらい、色と形は林檎の未熟果を思わせるが…..薄緑ところにより赤。
あいにく多量にまとめ売りしているので、冷蔵庫もない私には買えない。

実家からの小包を郵便局まで取りに行く。

宿舎には何故か配達票が入っていただけだったので、取りに行くはめになった。
しかもいつからか知らないが三日以内に受け取らないと保管費が一日で百五十元!
さっさと行かねばとは思うものの局は歩いて二十分強…..。
しかも九月の後半とは思えぬ炎天下、風ひとつない中をである。
受け取り窓口で配達票を見せたら、身分証とサインを要求された。
日本の学生証を出したら何故かその学校名と学籍番号まで書かされた。
でも、そんなもんで受け取れて来られたのは実は幸せな方らしい。
師匠いわく、本当は当地の学生証が必要なはずだとか。
でもまだ発行されてないもんは使いようがない。無理に押し切った感もある。
帰ると日本の文通相手から封書が来ていた。
手紙なら宿舎まで届くのに、何で小包は届かないんだろう。

「写作」と「口語」の授業。

とりあえずひととおりの授業を体験したことになる。まぁ何とかできそう。
それにしても入学したての私にすら先生の良し悪しが分かってしまうとは…..。
口語と精読の先生は似たような速さで喋っているのに、分かりやすさが違いすぎる。
目立って口語の授業内容が簡単だという訳でもない以上、きっと先生のせいだ。
訛りの作用も考慮すると、どこ出身の先生かという問題も侮れない。
写作の授業で原稿用紙を買ってくるようにとの指令。
いわく、購買部では売っていないのでどこかで適当に調達すること。相場は二元。
ところが、近くのやや怪しい日用品屋に行ったら何と一冊六角だった。
ちゃっちゃと四冊をそこで買い、二冊を師匠に進呈する。だって安いから。
教訓:店は覗いてなんぼ。

とうとう胡弓を買ってしまう。

今日は午前中で授業が終わったので、午後から師匠と買い物に出た。
…..と書くと簡単そうだが、今日の授業はしんどいことこの上なかった。
何がというと、校舎の移動である。朝二時間を本学で、残りを学院でという日程。
本学〜学院の間は1km以上ある(推定)。しかも階段の上り下りつき。
本学二号棟の三階から学院一号棟の四階まで移動するのに与えられた時間は十五分!
ずっと要らないと思っていた自転車がほしくなってしまうひとこまだった。
汗が引くころに授業も終わったので、いざ師匠の部屋へ。
私の持っている扇子と同じ物を買いに行くという。どっちにするのやら。
売り場の案内がてら同行し、一緒に品定めを云々してみた。ちょっといい気分。
そこで友諠商店の楽器売場に行ってしまったので、胡弓を買ってしまったのだ。
馬の毛でできた弓を引き、鉄の弦をこするだけ。原理はいたって簡単である。
でもなかなか音らしい音が出ない。多分いい音が出せるまで一週間はかかるだろう。
しかも材料の蛇皮(ニシキヘビらしい)ワシントン条約に引っかかる為、
そのうちこいつを抱えて遠路はるばる個人使用証明を取りに行かねばならない。
奏法を習うのにも手続きをするのにも、何につけ要るのが会話力(泣)。
せいぜい勉強さしてもらいまひょ。

とうとう授業開始。思わぬところで知遇を得る。

先に渡されていた本とは別の教材を使った授業だったので、予習は徒労に終わる。
教科書の本文は至って分かりやすく何の問題もないのだが、指名されると答えられない。
何故なら、頭の中が大阪弁で動いているから…..やばいでこれ。
でも何とか先生の言っていることは聞き取れるので、この学習班に残るべきか迷う。
本は簡単だし、話は聞けば何とかわかるが自分の思っていることを表現できない。
少ない語彙でどうしましょうかと先生に尋ねたら、「慣れりゃ何とかなるさ」とのこと。
教科書は分かるかと聞かれて頷いたら、「じゃ上の級に移る?」って…..逆ぢゃあ(泣)!
在学期間の長い学生ばかりの班らしく、なじみにくさを感じながら帰宅。
ところが、お昼にでもしようかと外に出たら同じ班の人に行き当たった。
なじみにくくてどうしましょう、と問い掛けたところで意気投合。
よくしたことに、彼女は何と三国志関係のライターさんだった!
「こういう話ができる相手いなくって」と喋り出したらかれこれ三時間。
彼女の三国志部屋も見せてもらい、更に友諠商店(外国人御用達百貨店)で買い物する約束までする。
こういう人に出会えてしまうと、必要以上に安心を感じてしまう私である。
名前はちゃんと聞いたが、敢えて”師匠”と呼ばせてもらうことにした(笑)。

ポートマンシャングリラ上海にお茶しに(笑)行く。

四人で同じ卓についたが、国籍がみんなバラバラ。英語で会話する。
ドイツ、ノルウェー、オーストラリア。それでも通じるものは通じてしまう。
時には中国語、時には英語。いたずら半分に日本語も教えてしまったりした。
点心類をとって軽食といったところだが、お茶で満腹になってしまった。
どうして客一人にポット一杯(約600ml)も出すんだよぅ(泣)!
しかも自分では注いでいないのに、気がつくとカップが満杯になっている。
至れり尽くせりってこういうことなんだろうか。まぁプーアル茶だからいいけど。
点心は文字どおり飲茶のつまみ程度で、お昼として食べている人々にやや譲った。
ホテルの茶園だからか、どれを食べても味つけが薄くて上品に感じる。
が、牛ミノの煮込みだけはコテコテに辛かった。味噌と唐辛子の連続攻撃。
甜点心(デザート類)が甘過ぎないのは有り難くて一同かなりウケていた。
「甘いものは入るところが違う」のは世界中の女の子で共通らしい。ひと安心。
それにしても減肥茶でお腹が一杯なんて、何だか情けない。
私は痩せたいのか?太りたいのか?

我が老師(注:”老けている”という意味はない)の同窓生と初めてお会いする。

うちの先生は、私が思う以上に私のことを心配してくれているらしい。
何かあったら頼るようにと、大学に残っている同窓生に連絡しておいてくれたのだ。
そのうちの二人には、紹介状まで書いてくれている(内容は知らないが)、
両人とも本学の先生なので私のいる国際文化交流学院に直接の関係はないが、
夜に連れ立ってわざわざ訪ねて来て下さった。勿体無い話である。
当地に不案内な私を歩かせるよりは、とのお気遣いらしい。
一人は日本語が分かるので、私の中国語が不十分でも何とか会話になった。
「こっちには慣れたか」「友達はできたか」と、親がするような心配ぶりだった。
うちの先生もそういうお方なので、類が友を呼んだということなのだろうか。
中国式お友達の作り方と少しの上海語を習う。
お友達の作り方①とりあえず本学の学食に行ってみる。
②何げに中国人学生のそばで食事を始める。
③隣が友好的な子ならばきっと話し掛けてくる(笑)。
④「日本人の留学生です。お友達が欲しいんです」と言う。
何とこれだけ。中国式というよりは復旦大学式と言うべきなのかもしれない。
何故なら前述のように普通の中国人は無愛想だから…..。
復旦大学の学生さん達は好奇心のかたまりで、しかも割と留学生が好きらしい。
これは是非、そのうち試してみねば!

開学典礼(入学式とはまたちょっと違うらしい)。

偉い人(学長と主任)の話には英語翻訳がついた。偉くない人はそのまんま。
でも偉くない人の方が中国語は明快で発音も聞き取りやすかった。
そしていよいよクラス分け。E−1班に決まった。中級の上、らしい。
中級教材の、しかも何故か下巻をもらった。細かいレベル別なんだろうか。
先生のうち一人が私の講座の先生と知り合いらしい。少しほっとする。
だからってわざわざ部屋番号まで聞くかなぁ、先生が。
だが聞いたところによると中国の先生ってそんなもんらしい。
他の先生にしても非常に面倒見がよく(家庭的?)暖かい印象の人が多い。
典礼の講話でも「皆さんを自分の子供のように」云々のたまっていた。
異郷の徒である我々には有り難い話である。
でも中にはいるんだろうな、「鬱陶しいよ、そんなの」なんてほざく輩が。

学則と法律関係の御説教を聞く。

学校からの話は先に配られている冊子の概略なので聞くまでもなく
公安の話は短期滞在の私には必要のない手続き関係のものだったが、
必須参加とあるので止む無く午前二時間、午後一時間。
感心なことに、どちらにも英語・日本語・韓国語の通訳(?)がついた。
中国語でも英語でもある程度までは内容が分かるので、
日本語訳を聞いているとどうしてもそのアラが気にかかってしまう。
てにをはがメチャメチャだったり語尾が揃わなかったり。
揚げ句、訳語がなくてとばしている部分まであった。
何て雑な訳し方してるんだ!と最初のうちは思ったが、そのうち慣れた。
冷静に考えなおしてみると、それだけ日本語が難しくややこしいんだろう。
よく言えば繊細かつ優雅、悪く言えば閉鎖的で融通がない。
それを平気で喋っていられる日本人って、実は偉いのかもしれない。