足裏の角質をこそぐもの

輸入品こもごもの航空小包が届いた。
中身はAndroid携帯、胡弓の箱/弦/教材/弱音器、色鉛筆、マッサージローラー、そして「修脚刀」。
ばらばらに売られていても、まとめて送ってくれるサービスならではの詰め合わせ。
携帯と胡弓関連については、使い方がすぐには分からないのでひとまず保留。
使い方の分かっているマッサージローラーと「修脚刀」を試してみた。
前者はイボのついたシリコンローラーに持ち手がついただけの代物だが、意外といい。
シリコンが硬くないので、無駄に痛さを感じることなく強めにころころできる。以上。
そして、使い方は分かるが名前の分からない「修脚刀」。
実はそもそもが中国製ではなくドイツ製で、容器に8言語ぐらい載っていたのだが。
本来の輸出対象国から外れているのか、日本語も中国語も見あたらない。
そうなると頼りは英語になってしまうのだが、掲載位置が悪かった。
開封時にちょうど英語の箇所が破損して読めなくなってしまったのだ。
辛うじて分かった英語での名称は「Corn Slicer」だった。
「Corn」辞書を引くと見出し語の後半にひっそりと「うおのめ、まめ」とある。
しかしこれを日本語で「うおのめ取り器」と称するのはいかがなものか。
#だれもそんなことは言っていない
一方、中国語(ネットショップで表示されていたもの)の「修脚刀」はなかなかよい訳だと感じる。
日本語(?)にすれば「フットケアナイフ」。
いずれにせよ(私の知る限り)日本国内で市販されてはいないので問題はないのかもしれない。
どうして売られてもいないのに知っていたかというと、小児科でお世話になった記憶があるからだ。
小学生の頃、家庭薬で直せなかったうおのめを、小児科で削ってもらったことを何故か鮮やかに覚えている。
長じてから足裏のつま先部分がひどく角質化するようになり、何度か皮膚科にも行った。
しかし皮膚科は軟膏を処方するばかりで削ってくれない。
削ってくれなくても治れば問題はないのだが、軟膏はまるで効かなかった。
それでここ数年アレが欲しいと思いつつ、アレの名前が分からなくて難儀していたのだった。
転機?は年明けの台湾旅行。
整体院で足裏の手入れを「護脚」と称して受け付けていたのだ。
具体的に何をされるのかぴんと来ないまま頼んでみると、アレが登場してぴんと来た。
帰国後、中国の通販ページで「護脚」を検索。
やはり漠然としたキーワードらしく、クリームやら靴やら様々な商品写真が出てくる。
ところが、「もしかして」のキーワード一覧を見ると「修脚刀」とあるではないか。
クリックしてみると、果たしてアレだった。
中略、今に至る。満足。

褒めて伸ばす

「僕は前向きだとか楽天的だとか言われるけど、ママ上(※)の言動の影響かなぁ」とダンナが言う。
※識別のため、我が家ではダンナの母はママ上、ヨメの母はハハ上と定義している
例えば、ダンナがケーキを焼いて持って行ったとき。
飾りの仕上がりに不安を持っていたのだが、そこに言及はなく、「ふんわりして美味しいやん」との評価だった。
ダンナ曰く、ママ上は欠点をいちいちあげつらわないらしい。
そして褒めるべきポイント「ふんわり」と「美味しい」を探し出して、それしか言わない。
彼女はケーキ作りが得意なので、どうすれば良かったかを訪ねたら色々と教えてくれた。
しかし彼の「失敗」を指摘することはついぞなかった。
何につけ、子供のしたことを評価する態度はこんな感じだったという。
なるほど「褒めて伸ばす」というのはそういうことだったのか。
私は、改善点を指摘したほうが本人のためだろうと思ってしまいがちだ。ちと反省。

春のとりまつり

つい友さん二人と、大和郡山市で開催の「春のとりまつり」へ行ってきた。
(写真は携帯百景にて)
100個ぐらいの鳥かごが所狭しと並べられ、投票を待っている。
鳥の種類ごとに部門が分けられており、部門ごとに投票するための券片が16枚綴り!
16あった部門のうち1~3が十姉妹という、かなり不思議な出品の偏りだった。
しかも文鳥が鳩といっしょくたに「その他」部門…文鳥の方が一般的に人気なのでは。
違いすぎたり似すぎたりでどの部門も甲乙つけがたい難しさ。
投票基準が「気に入った子」だそうなので、結局どの部門も元気のよさで投票してしまった。
何しろものすごい人出なので、じっくり見ている余裕がない。
中でも目を引いたのは「ペンギン」という品種名?の錦華鳥。
くっきり色分けがされていて、美しいというよりかわいらしかった。
顔が白い錦華鳥もなかなか面白い(だじゃれでなく)。
不思議な色というと、美声インコの「プラチナ」という色目も美しかった。
灰色がかっているのではなく、うっすらと、ごくうっすらと青みがかっている。
名前の通りさえずりも美しいし、観賞用とはこういうものを言うのだろうなと感心した。
かれこれ一時間半ほど滞在して退場。
小鳥がもらえる抽選会が午後にあったようだが、目の毒なので?回避した。


会場までの往復は長かったが、ずっとお喋りしていたので退屈はしなかった。
お二人とも私よりずっと小鳥に詳しいし、愛情も深い。
道の長さを実感したのは専ら足の裏だった。
歩き疲れではなく、電車立ち疲れ。
大阪から奈良まで立って乗るのは意外に大変だった…。

進まない日

昼前にゲーム翻訳の案件が来た。
いつもと違うのは、ゲーム内の文字列ではないこと。
取扱説明書らしいのだが、前置きが長すぎてちとつらい。
普通、日本のゲームだったらストーリーに何頁も割かないのではと思う。
これでは文芸分野だ。
#そこの会社には工業分野で登録されている
元から知っている物語が背景なのでどうにか追いつくが、予備知識がなかったら、さぞや辛かろう。
漢文だらけ、固有名詞だらけで、しかも固有名詞が一般名詞とだいぶ紛らわしいのだ。
夕食後にどうにか作業が進み出したと思っていたら、時速換算1頁。
朝刊経済面が時速2~3頁であることを考えると、かなり手こずっている。
しかも報酬は朝刊の7割…経済的にはあまりおいしくない。
報酬と難易度に相関がない悲しさ。
結局こちらには引き受けるか断るかしか選択肢がない。
ま、内容が面白いのでよしとするか。

頼むのも人間、引き受けるのも人間

ついったーの話題。
字幕翻訳をしている人が、登録してから5年も経つ会社に声を掛けられた。
・露骨に学生の尻ぬぐいと言っている
・大量で短納期
・他社での通常料金を提示したら渋られる
という、見るだに黒い案件。
しかしその引き合いの時点で、彼女は引き受けようか少しだけ迷っていたらしい。
「皆さんならどうしますか」と呼びかけがあった。
私はすぐさま反応して「私なら断ります」と書き込んだのだが、他の人はどう考えるのか気になった。
すると、続く2~3人も同様の反応。
「翻訳の相場を破壊したくないので断ります」との書き込みを見て安心。
願わくばそういう人が多くいてほしい。
決して不当に高い料金をむしり取れというのではないし、そんなことはこのご時世ほぼ無理だ。
ただ、せめて、不当に安い料金で翻訳を提供しないでほしいと願うのみ。
・安くて低品質→客先が品質に期待してくれなくなる
・安くて高品質→相場が崩壊する
正直なところ、品質に期待しなくてよいのであれば日本人が和訳をする必要もないと思っている。
そうなると、特に中国語の場合、翻訳料金は簡単に倍以上も安くなる。
日本人として自然に感じる文章という品質の提供が、日本人翻訳者の価値であるはず。
分かればいい、という程度なら今日び自動翻訳でも結構いけるのだ。
なので、私が恐れているのは「分かればいい」水準を求める客先が増えていくことだ。
何だか自分が古くて狭量な人間のように感じてしまうが、否定はできない。
結局、件の彼女は再打診を受けたときに断ったという。拍手。


夜になって、違う方面からまた気になる「つぶやき」が入ってきた。
日本語が絡む翻訳は日本人にしか発注しないよう規制を望み、働きかける人がいるという。
それはいくらなんでもおかしい。
和訳ならまだしも、外国語訳を日本人がするべき理由は特にないはずだ。
しかも競争で仕事を勝ち取るならまだしも、競争を自ら阻害するという発想が信じがたい。
本質的に国際業務であるはずの翻訳で食う人間が鎖国してどうするの。

売るのも人間、買うのも人間

某家電量販店へ、ゲームソフトの物色に行った。
手元にある「ユーディーのアトリエ」は、シリーズ次回作「ヴィオラートのアトリエ」と同額の2680円。
前者は8年前、後者は6年前に発売された作品だが、
今年あれだけ話題になったFF13より高く売られていたのが興味深い。
新しければ高く売れるというわけではない、ということが証明されている。
たいてい、中古価格が高かったゲームほど面白い。
ということは、価格に影響するのは面白さ>新しさ・話題性、だと思われる。
ダンナは「中古市場は正直だねぇ」と苦笑し、結局どれも買わずに店を後にした。


一方、買い手にとっての価値で相場ができているように見えないものもある。
自宅近辺の不動産は、マンションがやけに高く一戸建てが割安に見えてしまうのだ。
似たような立地条件にありながら、築20年のマンションが新築と大差ない価格で売りに出されている。
一戸建てならば古いほど安くなっていくのに。
広告に出ている価格があくまでも売り手の希望価格である、ということは経験として知っている。
それにしても、まるで価格を下げようとしないというのは理解しがたい。
殊に空き家だと、時間が経てば経つほど価値は下がっているはずなのに。
これでは買い手がつかないのも無理はない、と思う一方、どうなってしまうのか少し気になる。

特殊な空間とりみカフェ

とりみ(鳥見)カフェ ぽこの森」に一人で行ってきた。
ガラス越しに鳥を眺めながら、紅茶や軽食を楽しむカフェという定義である。
実際どうなっているのかというと、お店のいわゆる個室席部分がそのまま庭籠になっている。
庭籠部分は襖で裏方とつながっており、「鳥社員」は交代制だそうだ。
今日はサザナミインコとオカメインコが出るのでコザクラインコは出ないとのこと。
コザクラは攻撃性が強いからですか、と聞くと、案の定そのとおりだった。
自分でも飼っている手前、ひいきはコザクラなのだが、
身近に見る機会のないサザナミインコが前面に出てきているのでよしとする。
もう彼だけでいいです、と言いたくなる面白さ。
他の小型インコとは似ても似つかぬ、のっそりと、ゆっくりとした動作。
店員さんいわく、サザナミの中でも青い方がのんびりやなのだとか。
開店の少し前に着いていた私は、他のお客が来るまで店員さんと話をしていた。
流石に3年もやっているだけあってか詳しいのなんの。
それでも男性の方は調理担当で、女性スタッフの詳しさには敵わないのだとか。


しばらくして男女2人組が2組やってきた。
どうも両組とも女性が鳥好きで、男性は女性に引っ張られてついてきた模様。
庭籠に張り付くようにして眺めながら「かわい~」を連発する女性と、席を動かない男性。
「鳥を愛でる連れを愛でる」趣だった。
こんな構図の人間模様が見られるのは珍しい。
花鳥園だと実際に鳥とふれあえるので、たいていの人は「外野」にならない。
とりみカフェはガラスを隔てて眺める施設なので、人間の温度差がよりきわだつのだろう。
ふと、ダンナもこんな目で普段の私を見ているのではないかと思い当たった。
申し訳ないような、後ろめたいような。


料理類が出てくるのは決して早くないが、主役は「鳥社員」なので誰も気にしていない風情。
食事中なのに「○○ちゃんが○○してる!」と席を立ってしまう人すらいた。
同調する女性、保護者のような苦笑を浮かべて見守る男性。
そして女性同士(知り合いではなさそう)が鳥の話題で盛り上がる不思議な展開。
まったりとしていうるうち、気がつけば一時間が過ぎていた。
混んできたら出ようかと思っていたところ、折良く?男女2人組が来店。
諦めて引き返しそうにしていたので、「のきましょか?」と申し出て席を立った。
喫茶店で席を譲ったのは初めてだ。

誰かが間違っているらしい

連休前に引き受けた翻訳の原稿には「速記原稿」とあった。
講演会の全発言を書き起こしたものらしい。
中国語は話し言葉と書き言葉がそれほど違わないのだが、今回はひどかった。
・句点から句点までの間が一文とは思えない長さ
・話が何度も重複する
・構文を素直に訳すと文意が逆になり、前後とつながらない
・固有名詞がどう見ても怪しい
発言者が言い間違えた(または音声としては普通に聞こえた)のか、速記がおかしかったのか。
私の理解が追いついていない可能性も残念ながら否定できない。
それにしても、日本人が講演した内容だったら元原稿を見た方が早いのではと思う。
「答案」が手元にある状態で私の訳文を見たら、お客さんはどう思うだろうか。
訳が間違っていると責めてくるだろうか。
思いがけず、文字しかないことのつらさを感じた。
せめて講演録の音声があれば、どこで話が切れているのか、どういう語調だったのか、判断材料が増えたものを。

いい子にしてたよ

博多土産を手に、ダンナの実家へこまを引き取りに行った。
いつもならリビング横の和室に置かれている「別荘」が、今回はサイドボードの上。
まるでこの家の飼い鳥のようにリビングになじんでいた。
そして、いつもならさんざん喚くところで意外にも鳴かない。
出して欲しそうに止まり木を行ったり来たりするだけで、本当にこまなのかというほどだった。
あまりひどいと遠慮して言ってくれないのかもしれないが、期間中いい子にしていたとのこと。
部屋中を飛び回るでもなく、騒ぎ立てるでもなく、平和に3泊4日を過ごしていたらしい。
移動の前に少しだけ出してやると、義父母のところへは行かず我々の手元で遊んでいた。
少しは家族としての認識があるらしい。

なんにもない一日

旅行の最終日なのだが、すっかり「外こもり」で観光らしいことはほとんどなし。
朝食後、チェックアウトぎりぎりまでホテルの部屋で過ごし、博多はうろつかず地下鉄へ。
昼食を天神の新天町で摂りがてら、少し散策した程度だった。
PCを背負ってごそごそ移動するのにも抵抗があったうえ、右足の小指に違和感。
心当たりはないのだが、誰かに踏まれたような痛さが治らない。
ダンナも疲れているようなので利害は一致していた。
早々に福岡空港へ移動し、ラウンジへまっしぐら。
ビジネスルームと称してPC環境の整った別室があるので、その一角に陣取る。
羽田や伊丹のラウンジにあるビジネス席より幅がゆったりしており、なかなか快適だった。
そんな環境に籠もって何をしていたかというと、翻訳仕事である。
28日に連休明け納期の仕事をもらっていたのだが、流石に昨日まではほとんど進めていなかった。
せっかくの旅先で籠もって進める必要があるほど大量ではないので開いていなかったのだ。
朝晩の暇にちょこちょこ作業してはいたものの、いつもより早く寝たり朝湯に浸かったりしていた。
それはそれで快適だったので何ら悔いはない。
動きたがらない自分のせいかとダンナが気にしていたが、そうではない。
ビジネスルームのような「仕事ぐらいしかすることがない」環境というのもたまには悪くないな、と思った次第。
かと言って通勤0分の生活も捨てがたいので事務所を借りようとまでは思い至らないのだが。
開発合宿のまねごとで無駄に外泊カンヅメ仕事でもしてみようかしらん。