先日、西日本セミナーで出会った人に「上海ってパジャマで出歩く人がまだいますよね」と声を掛けられた。
確かにその光景を初めて見たときは私もたいそう驚いたものだが、実は今いる街でも見る光景だ。
「日本なのに……!」と驚いた記憶はある。
意外なほど若い子たちが、パジャマで歩くどころかチャリンコに二人乗りしていたりするのだ。
上海ですらパジャマで歩く若者はいないのに。
そういえば商店街の奥にある「市場」の雰囲気も中華圏のそれに似ている。
やたらごちゃごちゃとしていて照明が少なく、それでいて何だか明るいのだ。
違いはと言えば売り子の年代ぐらいなものか。
値段が表示されていないのにお客も気にせず買い物をしていたり、色々な匂いが混ざっていたり。
ふと「ここで日本語って通じるのかしら」と思ったことすらある。
普通に考えれば日本語しか通じないはずなのだが。
ふゆやすみのじゆうけんきう
特に今が冬休みというわけではないが、手空きなので自由研究?に手をつけている。
ProZでGB規格の経験ありと謳っている手前、依頼がなくとも何本か訳してみようという個人企画。
GBもJISと似たような発行形態で
・特定の版元が出版している
・取り扱い店舗が限られている(明示されているのに売っていなかったりする)
・「規格票」なる薄い冊子に1本ずつ収録(数枚しかなかったりする)
なので、本屋に行けばほいと買えるものではない。
そこで今回は、JISでいう「JISハンドブック」に相当する「标准汇编」を買ってみた。
GBの目録や索引に類するものがよく分からないので、まずは目に付いた「産業用機械の試験機」を購入。
#正しくはお買い物代行サービスで取り寄せた。
色々なことが行き当たりばったりだが、自由研究なので気にしない。
先日規格文の同一性に書いたような経験を積むのが目的なので、分野はあまり問題ではないのだ。
#と書くと英語専業の方々には驚かれ(呆れられ)そうだが
訳しあがり次第、「主な翻訳実績」に題名だけ書いていく予定。
ごく稀にここを見て問い合わせしていただける場合があるので。
鳥っぽい
だいぶ前のことだが、義妹に「おねーちゃんって鳥っぽいよね」と言われた。
「?」という反応をしたら、「その顔とか」が「あんまり大きくない鳥っぽい」のだそうだ。
・喋るとき唇があまり動かない←これは出身地のせい(推定)
・振り返るとき上体が動かず首だけ
・「くるりと」ではなく「かくっと」振り返る
・表情があまり変化しない
自覚している、ないし指摘されて頷ける要素はこんなものだ。
こうして改めて並べてみると、動きや表情が少ないということだろうか。
ついでに、鳥好きなら分かりそうな点。
・眠りが浅い
・ひたすら空気を読む。が、判断は「逃げる」「逃げない」の二択のみ。
・本人は前を向いているつもりでも、あさっての方向を見ているように取られがち。
・人間好きでもないのにヒトケがないところは苦手
・感情は目に出る
・仲間?を見かけると何となく寄っていくが、話しかけるのは苦手
趣味の単語(1)…って続くんかいな
miscellaneous という単語が無意味に好きだ。
響きがmysterious に似ているし、それでいて意味が「雑多な、その他の」だったりする。
何かありそうでいて何もない空っぽさがたまらない。
内向的すぎて学生時代にバンドを組む夢は自滅させてしまった私だが、
今なら間違いなくバンド名はmiscellaneous にすると思う。
#ピアノとベースがちょこっと弾けます。もう持ってませんが。
Tstreamなる代物
某翻訳会社から「明日Tstream指定案件が来るんだけど、できる?」と引き合いがあった。
Tstreamなんて聞いたこともないが、TRADOSの類似品らしい。
聞いたこともないソフトをいきなり本番案件で使うのはリスクが高すぎるので
「対応ファイルが使えないから」と断った。
数時間後「は~いみんな、Tstreamの説明書だよぉ」って……。
どうも同じ対応をした翻訳者が複数いたらしい。
その説明書とやらが示すリンク先を見ると、無料とも有料とも書いていない。
どうも個人翻訳者が使うソフトは課金しないようだ。
それにしても何となくあちこちが怪しいので、ダウンロードする勇気が出ない。
ただでさえこの手のソフトは特定バージョンの.NETだとかJAVAランタイムだとか要求が多くて面倒なのだ。
うっかり新しいものを入れて今の環境が潰れたらという心配がどうしてもぬぐえない。
しかも「Tstream」と入れて検索しても説明文に出会えない。
何かのプログラミング言語で使われている単語らしく、ググれたものではなかった。
そんな名前を付ける時点でちょっと……
この時代の読む力
世間では「リテラシー」とか「情報リテラシー」とか呼ばれる能力がある。
横文字が嫌いなので言い換え表現を見つけたいところだが、仮に「読む力」としてみよう。
とほく昭和のおほん時には、「読む力」は「書いてあることを誤解なく読み取る力」だった気がする。
それが誰でもこうして発言を公表できるこのご時世でも同じように通用するだろうか?
誰もが好きに文を書き殴り、そのまま晒している状態では、目に見える文意が事実とは限らない。
Wikipediaの記述を丸呑みして論文に引用することの是非はよく論じられているが、他の場合でも全く同じことが起きている。
新聞だって誤報だったり意図的な編集による偏りがついていたりする。
それ自体は何紙分か並べてみれば何となく理解することはできるだろうが、一般にそんな暇があるだろうか?
人の発言が本当、事実、真実であるとは限らない。
ある意味では常識かもしれないが、それは本当なのだろうか。
情報の整理、取捨選択、時には実用上の妥協点を探る作業までができて「読む」ことができたことになる。
家庭、学校、(身の回りの)社会のいずれでも教わる機会はなかった気がするのだが、求められている気もする。
情報を「読む力」は実は、その情報そのものを「読む力」ではないのだろうと思えてならない。
一昔前に流行った「空気」、もう少し伝統的に言うところの「行間」を「読む」必要性を感じる。
何ともせちがらいことだ。
ブログの目的
最近、ブログを毎日更新するのが目標となっている。
読む人のことを考えると書けそうにないネタによく行き当たるのだが、考え出すと、このブログを書く目的がなんだったのか分からなくなる。
特に目的を持たなくても気軽に書ける、何かを発信できるというのがIT革命とやらなのかもしれないが。
実は大昔、まだ自分でHTTPタグを付けたファイルをFTPアップロードして更新していた頃には目的がはっきりしていた。
カテゴリ「異郷日記」として残してある一連の日記がその頃のものだが、目的は親や友人への生存報告だった。
12年も前(!)の上海は色々な意味で今ほどきれいな街ではなかったので、留学を認めてもらう条件として毎日の生存報告というのがあったのだ。
実際に、生存するのも思っていたより大変だった。詳しくは異郷日記をご参照されたし。
生存報告をするにあたり、
・電話ではいまいち保存性に欠ける。しかも高い。
・郵便では何日後に届くか分からないので「毎日」の意味を成さなくなる。
・自分がすでにインターネットを使っていた(わざわざプロバイダ契約する学生は少なかったと思う)。
ということで母にメールチェックの方法だけを無理やり覚えてもらい、直接連絡はメールでということにしたのだった。
多少は公開してもよさそうな話をホームページ上の日記に載せ、少数の友人知人に読んでもらっていた次第。
当時は体験すること全てが新鮮だったので「更新のための更新」はほとんどなかった。
時々メールで感想をもらったりすると得意になったりもしていた。
帰国後に「面白いからプリントして家族で読んだ」と某親戚に言われたときは流石に恥ずかしかったが。
年が経つにつれ、事物を新鮮に感じることも減ってきた。「書けそうにないこと」も増えてきた。
それでも何とかたらたらと続けている今の目的は、強いて言えば自己紹介かもしれない。
うれしい依頼
数年前JTF翻訳環境研究会で出会った人から中国語訳の引き合いをもらった。
#先週の会にも参加していながら、何故か互いに見つけ出せなかった。
レートを尋ねられたので心持ち安めに答えると、「それでは少なすぎます」とフォローしてくれた。
まぁ今回は量が少ないので料金の変動も知れているのだが、向こうから上げてくれるとはありがたい。
それ以上に、名刺交換が元で仕事に結びついた初の案件ということで感慨深いものがあった。
遠回り
月初に出荷指示を出したはずの国際小包がまだ届かない。
通常7~10日(それでも航空便にしては遅い)というのに倍ほどかかっている。
がんばって貨物追跡ページを発見したところ、照会結果は「北京の税関を通過」。
北京の税関……北京?
わざわざ上海から出荷したものを北京で税関にかけてるの?
そりゃ遅いはずだ。
しかも追跡ページには「クリスマスシーズンのため混雑により通常期より1~3週間の遅れ」とある。
ちょいと待て。3週間も遅れたら年が明けるっちゅうねん。
ごみ136件
起きてすぐメールチェックをすると、新着のブログコメント通知が画面を塞いでいた。
またかと思って開いてみると、案の定?どれも意味を成さない文字列のいわゆるスパムばかり。
個別には下品な意味を成す文字列よりましだと思えないでもないが、件数が……136件。
一件ずつ仕分け操作をしていたが、ふと「コメントの管理」画面があったことに気づく。
めでたく途中からは50件ずつの処理に成功。
難点は、一括でざくざく削っていると既存の(まともな)コメントも削除してしまいかねないことだ。
