遂に出た帰国指示。やっぱり中退になるのか…..。

何だかチェックに時間がかかると思いきや、我が老師@大阪からのメールが届いていた。
やっと卒論の提出期限と口頭試問の日程が決まったとの連絡である。
ついては公式の仕様書に基づいて論文を改訂するようにと重い”おまけ”が付いていたのだ。
年末に書き直しても間に合うので、論文そのものには大して問題ないようだった。
問題は提出の日程。一月十八日、本人が提出…..それまでに帰るようにとのこと。
折りもおり、当学院の期末試験初日である。もうちょっとで結業なのに、退学!
まぁ中間試験がつまらなかっただけ、受けずに帰る口実ができたと思うしかないか。

そして実力テスト。まぁ私なんてこんなもんさ(泣)。

ついに問題のテストの日がやってきた。日本とは違い、朝九時から開始である。
受験票とパスポート(何故か必須)、筆記具以外は持ち込めない。持ち込むとその辺に放られる。
二十分ほど前に受験番号と試験会場の照合を受け、席についてヘッドホンの品質を確かめた。
聴き取り問題はただでさえ最大の難所なので、機材のせいで苦労させられては堪らない。
あれよあれよという間に時間は過ぎてしまい、気がついたら終わっていた。
日本で六月にもらったのが初等C級だから、せめて中等C級ぐらいは欲しいところ。
目標は中等A級だったのだが、はてさてどこまでいったことやら…..。

テスト前日だというのに遠出。いいのか?

実は漢語水平考試があるのは明日の朝からである。でも勉強する気になれない。
実力テストの為に試験勉強をするなんて、そもそも主義に合わないのだ。
それに今週はどうせ頭が働いていないので勉強しようにも何も覚えられそうにない。
いつもの通り学校の勉強と「互相」だけは済ませたが、もう何もしたくなくなった。
テストを受ける人達は当然かまってくれないので、もう受ける必要のない人の所へ遊びに行く。
既に最高レベルのお墨付を国家教育委員会からもらってしまっている人は暇なのである。
遊ぶといってもひたすら喋っているだけなのだが、話題の広い人なので全く退屈しない。
街に行きたいと冗談半分で言うと、意外にもすんなりつきあってくれることになった。
上海書城で篆刻用の石を買いに行きたかったのだが、出不精なせいかずっと機を逸していた。
ついでにその向いの外文書店でタロットがあるかないか探そうという目論見である。
先に外文書店へ行ったが、カードは見当らないようだった。ことのついで参考書を見る。
帰国後の勉強に使うため口語の本とテープを選び、語法の本もおすすめのものとやらを買った。
テストが目前だというのに来年の心配をしているとは我ながら悠長なものである。
書城で石を買うのに時間は余り要らなかった。迷わず安い物だけを見ていたからである。
日本の友達とこっちの友達と両方に一つずつハンコを作ってあげることにした。
帰りの道は予想に反して混んでいた。タクシーより徒歩の方が早いのではというほどの渋滞。
上海では「低速料金」なる料金の加算制度があるので渋滞はことのほか神経に障る。
行きの車代を既に出してもらっているので、帰りの分は私が払った。
しかし肯徳基(けんたっきぃ)についていってまんまと一食おごってもらってしまう。
悪いなぁと思うべきなのか、素直に喜んでいいものか…..。

不規則な生活が続き、眠くてたまらない。爆睡。

未明四時頃まで人様のパソコンをいじって過ごしていたため、ばちがあたった。
仮眠を取って授業に出たはいいものの、目が碌に見えない。しかも足までふらつく始末。
集中力の限界を感じ、こんな状態で授業に出るのも悪いと思ったので午前中で早退した。
元々が異常なほどに早寝早起きの習慣である私に夜更しは相当な毒であるらしい。
昼食を摂ってすぐ床に就いたら、目が覚めた時には既に五時を回っていた。

上海情報をネットに流すグループの会合に参加。誤解されてるぅ?!

この学校でパソコンを持っている人達のグループがあるから行かないか、と誘われた。
何でも上海には日本人のための生活情報が余り出回っていないので先鞭をつけようとの話。
そう大人数での活動でもないと聞き、とりあえず会合に顔を出してみることにした。
会場は近所の料理屋。お昼を食べつつ自己紹介やら活動概要やらの話をしようという。
私に声をかけた某新聞社の記者さん以外は二十歳前後の学生ばかりだった。
初めて顔を出す面々のために以前の議事録が配られ、しばらく説明が入る。
ぽつぽつと人数が増え、十人は越えただろうか。ついに自己紹介の時間になった。
ホームページの作成歴が有るのは私を入れて三人。パソコンを持っていない人すらいる。
少なくとも一人は知っている話なので先週末のことを言うと、一同から歎声?
何故か中身の詳しいことは私に聞くべし、といったような話になってしまった。
そして回ってきたのは「技術サポート担当」などという仰々しい肩書。
やばいぞ、ここのみんな私を誤解してるってば!

週末のお仕事の続き!せめて上海語はやめてくれ…..。

自分の愛機すら碌に管理できないのに人のものなんて、と起きた時は気が重かった。
しかし運よく製品版のマニュアルを持っている人がつかまってくれて、愛機は午後に復活。
ドライバの詰め直しと「互相学習」を経て、そろそろ約束の時間ということになった。
外部の人間が学院の敷地に入るには門の隣で登記が必要なので、本来の待ち合せは正門である。
しかし会客室が余りにも人でごった返していたため、私は先日の彼の部屋にお邪魔した。
どこにパソコンを置くつもりでいるのか予め見ておきたい気もあったからである。
日曜の話では、業者は四時半に現れるはずだった(私の語学力ではそう聞こえた)。
しかし電話があったのは五時。しかも今まだ店にいるという。じゃ更に数十分?
平日の五時台では町中が混んでいるはずなので、一時間ぐらいかかるかもしれない。
部屋に戻っていてもいいと云われたが、どうせ他にすることはないのでその場に残っていた。
そして喋りつつ待つことげに八十分、お呼び出し放送が入る。「客人あり、急げ」
客はこっちだろっての(笑)。ともあれ業者に登記手続を促さねばならないので急行。
納品に来たのは先週いたお兄ちゃん二人である。一応それなりの技術はあるらしい。
ちゃっちゃと部屋に運び込んで据え付けから電源の確保まで終えると、二人は私を振り返った。
先日の経緯で、私にしか話が通じないと思っているらしい。そそくさと概要を説明する。
私は買い手の要求を商品が満たしているか確かめねばならないので話は聞き流して電源を入れた。
日本語版95、起動できる。WORD、見たところ問題なし。じゃインターネットは?
ここでひっかかった。ダイヤラーが起動できない。中文版との競合がおきているようだ。
とりあえず「接続できてないみたいだけど、どうしてくれるのよ」と文句だけつける。
二人はしばらく上海語でぼそぼそ言ったのち、中文版の接続環境をいじりだした。
私にも何か云ってくるのだが、訛りがきつくて今いちよく聞き取れない。
しかしやっていることは理に適っているので買い手の心配を余所にしばらく傍観した。
で、ともあれ接続そのものの問題は解決。しかしモジュール不足とやらでIEが機能しない。
「足りないファイルがある!どうしてくれるのさ」私はこればっかり(笑)。
店側は「正式版じゃないから仕方ないんだ、サイトは中文版で見てくれ」との返答。
おいおい、それじゃメールとサイト閲覧は排他使用だっての?
しばらく考えた挙句、まぁ後から解決できる問題だと判断。「じゃ、もういいわ」
正式版の持主からファイルを移入すれば多分どうにかなるだろうから議論しても無駄だろう。
後は私が何とかします、なんてかっこいいことを買い手に言ったぐらいにして任務終了。
さ、問題はこれからぢゃ(笑)。

いらんとこをいじってしまい再セットアップ(泣)!

色々と考えるところあって愛機をいじっていたら、無意識に何かを消してしまった。
気づいてみると、「プログラム開始エラー」だけで何も使えなくなってしまっているではないか!
しかも消したファイルが何なのかも訴えてくれないので、最終手段に出るしかない。
まさかこの異郷でまでシステムの再セットアップが要るだなんて思いも寄らなかった。
本体にバックアップファイルが残っていたから何とか作業は順調に進んだものの、
最後の最後に来て落し穴。再起動直後に入れるべきWINDOWSの製品番号がない!
流石にそんなものまでは控えていないので、万事休す窮状に陥ってしまった。
折りも折り、実家の母がメールチェックする時間である。
何も連絡がなければ心配するだろうしと、思い切って初の国際電話(苦笑)。
しばらくメールが書けないことを伝え、いちかばちか製品版の番号を探してもらう。
あいにく肝心のマニュアルに限って大阪に運んでしまったらしく、ないとの返事。
どうすりゃいいのさ(泣)。

遅ればせながら現地プロバイダと契約。そして報酬(?)

毎週の通り「互相学習」を終え、ふと昨日のことを思い出した。
折角モデムがあってもアカウントがなかったらインターネットはできないではないか。
私もついでに従量制の契約をしてもいいやと思い、昨日の彼に電話してみる。
どうせ登録には三日ほどかかるのだから、今からでも早くはないだろうと提案。
そういえばそんなことも聞いていたとばかり、割とすぐ出かけることになった。
知りあいが一人チラシを持っていたので覚えていたプロバイダの代理店は印刷屋である。
店は小さく、副業で大手一社の窓口業務だけ請け負っているような感じだった。
契約には四種類ある。年定額、月定額、月極従量制、完全従量制の全てが登録料は百元。
私はどのみち向う一月程度しか滞在しないので月極従量制を申し込むことにした。
一ヶ月に二十五時間まで接続できて月会費が百元というものである。
完全従量制は鬱陶しいし定額で使うほどはまりそうにもないということで、彼も同じものにする。
ともあれ二百元ずつ払い、領収書に連絡先電話番号を書いてもらう。
費用の納入もここで扱っているとのことで便利そうだった。開通は水曜日の予定。
昨日の買物で助かったから、と望外にも夕飯をおごってもらえることになった。
遠慮すればいいものを、厚かましくものこのことついて行く。
時間が半端だったので何気にマクドナルドで一服。でも二時間ほどいたような気がする。
よくもまあ色々と喋っていたが、ほとんどパソコンとは関係のない話題ばかりだった。
一方的に底の浅い知識をひけらかすより気分もよかったのでよしとする。
日本料理屋で好きなものをとっていいと云われたので「経済定食」を注文した。
関西の方はご存知だろうが、おそばにかやくご飯がついている例のあれである。
味も良かったし店員の態度も良かった(普通ここでは期待できない)。満足。

電脳城で人様のパソコンを買う。漢字だらけで交渉に詰まる。

午後、パソコンを買いたいという知りあいのお供で電脳城とやらに足を運ぶ。
私は足代の責任がないからいいようなものの、タクシーで三十分以上かかるという遠出だった。
そして、林立する百貨店の隣に「電脳城」なるこれまた似たようなものが二軒。
買う本人、その友人、通訳(?)の中国人、そして私の一行四人はとりあえず手前の建物へ。
通訳に来てくれた女の子は自分でも持っているらしく、おすすめのメーカーを教えてくれた。
とりあえず国産では一番の有名どころで、値段はピンキリ揃っているとのこと。
但し、余り詳しくはないので中身には干渉しないという。交渉だけしてくれるらしい。
つまり私にお鉢が回ってきてしまった。要求すべき条件を次々に列挙せねばならない。
ああだこうだと言っているうち、店員さんが上海語バリバリで話しかけてきた。
彼女に訳してもらうと、難しいことは隣の建物にある支店で聞けとのこと。迷わず移動。
先に行った店が見るからに「パソコン屋」だったのに対し、隣の支店は「部品屋」だった。
中ではマニアがかったお兄ちゃん数人がボードの取りつけ作業らしきことをしている。
既に詰めてあった条件で彼女に声をかけてもらうと、彼等は意外に流暢な標準語で答えてきた。
但し用語がやたら入っているので彼女にも解釈の仕様がないという。
#中国人はいくら日本語ができてもカタカナ語には弱いのがお約束である。
私は書いてさえあれば用語も判るので、やむなく矢面に立った。標準仕様を書いてもらう。
当然ながら、用語も全て漢字である。しかも仮名用法ではなく意訳ばかりなので少々ややこしい。
他の三人が理解しない以上、機能の取捨選択が私の一存において決まってしまう?!
最初の条件は日本語WINDOWS95・WORDが入っていること、かつ中国語入力ソフトがあることだった。
それにモデム類もつけてもらい、できるだけ安く抑えるのが私の使命である。
日本語WIN95は正式版が手に入らないとのことなので、同時に中国語版も入れてもらうことになった。
中国語入力は中文版WORDがあるからいいとして、では費用をどこで抑えるべきか。
買う本人が論文とインターネット少々さえできればいいと言うので、まず型落ちのCPUを選ぶ。
どのみち私のノートを上回る性能になるぐらいでいいのなら、最新型の必要はない。
オプションは内臓モデム以外ほぼ完全に削り倒した。サウンドカードすら抜く。
技術屋のお兄ちゃん達の後ろからお店の偉そうな人も出て来て、苦笑まじりの商談になった。
店「そんなに削ったらつまんないよ?」私「いいんです。無欲ですから」店「……」
流石に海賊版のソフトを店頭には置いておけないのか、組込は工場で行うという。
土日は工場が休みなので更に一日かかって火曜に納品ということになった。
ちゃんと動作することを確認してからしか買えないと当人が言うと、お兄ちゃん困った顔。
運ぶからには納品して代金を得るのだと主張して引っ込まない。しかし買物は高い。
結局、納品の時に試運転してまずいところは即座に直すということで商談は成立した。
しかし当人は機能の説明を聞いても解る自信がないそうなので、私もつきあうことになる。
立会人だなんてエラソーだな、私…..そして火曜に続く、はずである。