マイペース

先週あたり何かと他者に振り回されるような日々が続いていた。
振り回されて迷惑だと感じるならば自分が毅然としていればいいこと。
特に迷惑でもないならば振り回されているなどと意識しなければ済むものだが。
なかなかどうしてそうも行かず調子を崩していた。
世間様に言うところの三連休でそこそこ復調したので自分のペースなるものを考えてみる。


一般にマイペースというと「ゆっくり」がついて回る気がするのだが、私は例外なのだろう。
「のびのび」でもない。むしろ「かっちり」だ。
意識してゆっくりと時間を過ごすことはできるようになってきたが、それともまた違う。
ことを進めるにあたってゆっくりしていられない性分と言う方が近い。
短絡的で性急というほどではないつもりだが、何事もさっさと進めるのが好きだ。
事前に見積もった工数以内で片付くと気分がいいのは誰でも同じかもしれないが。
ただ、その工数を見積もる手間はしっかり取っている。
あまり厳密に線を引いてしまうと首が絞まるのは春先に学んだので、余裕分も考慮。
その余裕分の「予算」の中で外出したりもできるようになってきた。
何年もこの仕事をしていて恥ずかしい話だが、なかなかできなかったことである。
仕事以外は何でも後回しにしてばかりいたのだ。
たいていはそれで済む程度の案件ばかりなので「え、仕事してたの?」となっていた。
それが、まとまった規模だったり納期見合いで作業量が指定されたりすると話は変わる。
どこまでを何時までに、と線を引いておいて進捗管理をしないと落ち着かない。
そのペースの計算、配分、実行(、再計算)が私にとってのマイペースだと気づいた。
恐らく、似たような業態の人々にとっては当然すぎて意識することもないものなのだろうが。

下請け稼業と家族商売

珍しい電話をもらった。
「下請け専業の翻訳会社なんですが、一緒にお仕事しませんか?」というもの。
請けそびれた案件の発注元翻訳会社から紹介されたのだという。
普通は登録翻訳者募集の場合、応募者がメールで履歴書等を送付する運びになっている。
ところがこの会社、社長が電話してきて副社長に代わってハイ完了だったのだ。


驚いたのはそれだけではない。
・人間関係にこだわる
 社長の自己紹介からして「?」だった。
 「細く長く付き合う気しかないんです」と言われても当惑するばかりだ。
・基本報酬が他社の半額
 実は下請け専業の他社にも登録しているのだが、そこより更に安かった。
 最近の受注事情で値下げせざるを得なかったからと云って、支払額4割引とは。
・関係者がみんな同姓
 こういうのを家族経営と言うのだろうか。
 我が家では互いの仕事に全く手を出さないので好対照かもしれない。


まずは実際の仕事を請けてみないと取引先としてどうなのかは判断しかねる。
従来の取引先にも人間関係にもなかった種別の人々なことは確かだが。
それを理由に取引を始めないというのも勿体ない気がして条件を提示してみた。
正直、気は重い。
厭な予感が的中しないことを祈る。

翻訳学習セミナー

中日翻訳のセミナーがあると紹介を受け、得がたい機会なので参加してみた。
とある通信講座のスクーリングという位置づけながら、何故か部外者も聴講可能。
半年の講座を振り返り、ありがちな誤訳を原因から解説という話だったようだ。

原文の理解力
単語の意味/文法構造/文章の趣旨/背景事情
・同じ表現でも文章の趣旨/背景事情によって意味(=訳語)は変わる。
【前提と先入観の誤解に注意】
・文法成分「把」はすぐ目的語を取る構造であることに注意
・「政府官員」は官僚≠公務員。辞書を引くこと。
・外国から来た人≠外国人。中国の国情(背景)による。
・背景に見える表現を訳語として差し込む手法もあり。
→文脈における意味、文章全体の主張に照らしてどう訳すべきか?

訳文の表現力→日本語としていい(→自然な、通りのいい)表現
・原文の漢字を全て訳文に盛り込むと堅い/くどい→言い換え表現は?文全体の意味は?
(ここでも文の成立背景を考慮する)
・漢字に囚われないで日本語を考える
・「彼ら」に女性が含まれる場合もある(文脈による)
・日本語としての語順を優先する(原文を引きずらない)
 数量表現が文頭に来るのは中国語の性質によるもの
→いい訳語は日本語の辞書で引いてみた時しっくりくる
・未経~の訳に「いまだ」は不要

語彙と語感
・新しい単語を見かけた時すぐ連想検索する
・80後は80年代生まれ(90後、もあり)
・「警察」=警察官(人を指す、組織ではない)
・外国/外国語由来の言葉は原語で検索してみる
・固有名詞の扱いに注意。日本の団体には「日本」と添え書きされている場合あり
・『ビジネスマンの英語』村松増美・小松達也
 「記憶力が衰えるのに反比例して判断力は増す」→ゆえに単語ではなくフレーズを覚える

語感の違い
・医者に相談する/医師に相談する
・「いそしむ」には自分を高める意味合いがある(c)金田一春彦

・日本語の見出しは体言止めが多い
・中国語の代名詞、副詞、接続詞、方位詞は誤解を招かない限り削る
「あなた」は訳出しない(→日本語では発しない)ほうが無難

中国人の日本語学習(受講生の体験談)
・体育会系、体で覚える感覚の取り組み→日本人は頭で考える
・使える会話を重視、言葉を口から出す感覚をたたき込む
・教科書を暗唱-暗唱の時間がある-できるまで残らせる
・中1で文字と発音、高2まで文型と会話、高3で天声人語→卒業時に日検1級
・中国人は言語習得に壁がない←多彩な方言が混在する環境
・自動詞と他動詞の扱いを教えるのが困難だった
「誤解が解く(←解ける)」「交流を進みたい(←進めたい)」
・自然な日本語には子音しかない音節もある。「とりあつかい」の「つ」、「かたな」の「か」など。

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なかのひとのはなし

某メーカー社内翻訳者という立場から語るという面白い話を聞いてきた。
すこぶる面白かったのだが、生々しい内容はあちこち角が立ちそうなので割愛する。
2月に東京で行われたセミナーの内容とも重複しているそうなので、
個人的に気になったことだけ、備忘がてらまとめようと思う。


講師の所属先は企業集団のマニュアル類制作部門「機能会社」。
印刷会社、翻訳会社、個人翻訳者と取引関係にあるという。
特に重要な取引関係は印刷会社とのものであり、翻訳会社はさほど重視されていない。
そもそも「仕事としての翻訳」が企業集団全体として重要な地位を占めていないのだそうだ。
まあそれはそうだろうと思う。
やや意外だったのは、グループ内企業の翻訳が何でもそこへ発注されているわけではないこと。
遠くの「機能会社」を通じることなく、自社近郊の翻訳会社を使う場合もあるのだそうだ。
そうして作られていった訳文の改版が「機能会社」に出されると悩ましいというのは想像に難くない。
差分だけを訳出する場合、該当箇所の対訳を別途管理しておく必要が出てくる。
具体的には翻訳メモリに放り込んでおかねばならない。
放っておくと原稿の注釈や赤字として書き込まれた差分が一人歩きしてしまうからだ。


翻訳メモリの管理というのが社内翻訳者の業務としては大きいのだが、やはり面白くはないそうだ。
管理方針の文書化やら引き継ぎの手順化やら、管理のための管理がそのうち要るのだろう。
一致率の数字だけを追うと痛い目に遭うといった失敗談もあった。
社内翻訳者に必要なのは翻訳実務能力よりプロジェクト管理能力と作文力。
確かに自社と外部翻訳者/翻訳会社をとりもつ立場であるからには管理能力が要るだろう。
そして誤解なきよう本来の読者に伝わるよう文を修正する能力。
ごもっともではあるが、会社員の能力そのものだなというのが正直な感想である。


まるで立場の違う個人翻訳者に最も頷きやすかったのは「信用」の重要性。
品質・価格・納期の三大要素よりも信用のほうが採否に関わるのだという厄介な命題だ。
三大要素は必要条件であって十分条件ではない。
では「信用」はどうするべきなのかと言うと、答えはない。
答えがないのが答えだ。

翻訳の処理速度と処理能力

何か大事なものを犠牲にしてしまった気はするが、ともあれ問題の案件は終わった。
複数の打診や仮押さえは来ているが、もう調整不能に陥ることはない。
遊ぶなら今のうち、と言いたいところだが相手がいないのはご愛敬。


今回、何が問題だったかと言うと、根底にあるのは処理能力の概念である。
「この仕事いつまでにできますか」のことだ。
普通は、原稿の量を一日あたりの処理量で割った答えが相当する。
処理能力≒見積もり工数=原稿文字数÷一日あたりの処理量
ここで曲者なのが、一日あたりの処理量だ。
文の内容によっても変動するし、そのときの体調や外部要因によっても前後する。
それでもおおよそ自分の処理量は把握できているものだが、私の場合
公称処理量:原文5000字/日  -通常の1営業日で処理できる量
最大処理量:原文8000字/日  -夜までかかって処理できる量
限界処理量:原文12000字/日 -何らかの犠牲の下に処理できる量
である。
英文和訳をされている方は上記を2で割ってワード数だとお考えいただきたい。
「公称」でも人並みよりは速いほうだと思うのだが、いかがだろうか。
案件の規模が大きい場合は「公称」の数字で所要日数を見積もり回答しているので問題ない。
また、何らかの事情で飛び込み案件が発生しても、これぐらいの負荷ならまず耐えられる。
が、そもそも単発短期案件が多く、こちらから何日くれとは言えない場合がほとんどだ。
所要日数がこちらから提示できない場合は、引き受けるか断るかの二択にせざるを得ない。
それでもたいていの場合、最大処理量を連日でこなす羽目にはまず陥らないでやってきた。
最大はあくまで最大であり、訳あり短期案件の場合にしかまず発揮しない。
ところが、今回に限って、限界処理量を最初から求められていたのである。
尤も、長くない文章であれば早く出すことはできる。
1日や2日なら限界処理量を超えることも物理的には可能なのだ。
今回それが4日になってしまい(以下省略)。
そもそもの原稿量が聞いていた量の倍だったので、計算が狂うどころではなかったのだが。


教訓として言えることは、限界処理量はあくまで一日の限界だということだ。

覚悟

独立して仕事をしている以上、繁閑の並があることは覚悟の上のはずだった。
暇すぎてどうしようもない事態は経験があるものの、今回はちょうどその逆である。
今でこそ日記を書ける程度に立ち直れたが、未曾有の多忙に苛まれていた。
文字通りの忙殺。


ことの次第はこうである。
「来月、100枚ほどの案件を3つ出しますので2週目から4週目まで空けておいてください」
というメールが来たのは2月23日。
この時点では退屈もせず鬱屈もせず、調子よく単発業務をこなせていた。
もしかすると3週間のうちに300枚前後を翻訳するという日程自体が非常識かもしれない。
しかし、100枚を3日で片付けてしまった取引実績のある相手だったので、まあいいかと引き受けた。
精度より速度が優先と言い切られると切ないものはあるが、割り切ってしまえばそれまでである。
具体的な作業日程は3月の第1週に確定するとの話だった。そこまではいい。
さて第1週の終わり、4日の晩になって件の担当者から原稿が届いた。
話が違う。
100枚が3件だから引き受けられると判断したのに、1件で200枚あるのだ。
しかも納期が1件100枚として想定していた10日の朝に指定されている。
流石に無理だと回答して交渉に持ち込んだところ、
「7万字を3日でやってもらえたので、あてにしてしまっておりました」とのこと。
平静なら呆れて済ませるところだが、この時ばかりは虚しくなった。
人間扱いされていると思えなかったのだ。
無茶な条件を飲んで取引をしてしまった自分のツケと言えばそれまでだが、それにしても耐え難い。
その無茶な条件だった前回でさえ、普通はありえないと強調してから引き受けたはずだった。
相手は全くそんなことおかまいなしだったということか。
最短3日でできるものを6日と回答することは罪か。
しかもその最短は、他のものをほぼ全て犠牲にして叩き出した記録である。
100mを7秒台で走れてしまったようなものだ。
それを、200mだから14秒台で走れと要求されていることになる。
たとえ私が今より優秀だったとしても、無理なものは無理だ。
交渉は苦手ながら懸命にかけあった末、どうにか延長できた期日が16日の朝。


どうしてそこまでして納期を延ばす必要があったかというと、3月は定期案件が来るからだ。
定期案件とは言え、何日に何枚やってくるのかは決まっていない。
ただ、断れないことは明らかだった。
よりによってその定期案件が、例年の倍の量である。
取引上こちらを優先しなければならない事情があるので、他の案件を最短納期で仕上げるのは無理という判断があった。


しかし災難はそこでは収まらなかった。
7日に件の担当者から「最終納期16日で調整できました」と連絡があったのだが、
その条件として最終章から訳せと言うのだ。
確か最低でも16日を確保すると息巻いていたはずだったのに、はともかくとして、
週末に稼ぎ出した時間が全て水の泡。
持てる全ての時間と精力を注いで頭から訳していたのが愚行だったというのか。


思わず脱力したところに、定期案件がたたみかけてきた。
50枚強、納期は14日。うち3枚ほどは即日納品指示。
これには流石に壊れてしまった。
途方もなく暗い支離滅裂な愚痴をぶつけてしまった方、ごめんなさい。
私でもだめになるときはだめになるんです。


作業中、何度となく気を取り直そうと努力しては挫折した。
状況が状況なので胃が痛くなり、心身ともに衰弱の悪循環にはまること2日。
どうにか日程が読めてきたところで気分も楽になってきた。


どのみち、手元の原稿を訳すほかないのだ。
改めて腹をくくった。
もう大丈夫。

きょうのおべんきょう

自分の仕事環境をネタに(PC持参)、業務効率の向上手段があるのか学ぶ機会を得た。
本来はTradosをもうちょっとスマートに使いこなしたいという希望だったのだが。
Tradosそのものは手の入れようがないので、いじるならWordのほうだろうという話に。


私が使っているのはWord2003とTrados2007の組み合わせである。
TradosをインストールするとWordに作業用テンプレートが登録され、マクロとボタンが追加される。
(Windows7だと勝手に追加されてくれはしないのだが)
普段はボタンで呼び出せる程度の機能しかお世話になることもないのだが、
たまーに原文の書式設定か何かで「訳文の生成」処理がエラー終了するときは
t4winClean.main」というWordマクロがいわゆる「訳文の生成」をやってくれる。
(作業中の文書から原文を消去してくれる)
例えばこの機能も、自分でボタンを割り付けてツールバーに登録すれば多少は便利だ。


Tradosとは無関係な話ながら、もう一つ感心したのがフォント設定のマクロ化
案件によっては、訳文に特定のフォントを適用することが求められることがある。
従来は雛形ファイルに訳文を貼り付けて書式のコピー&ペーストをしていたのだが、
上付き文字や下線などの書式が消えてしまうという難点があった。
目視で直すのも心許ないが、ここで再びWordマクロの出番だという。
簡単な記録マクロでよい。
例えば、全角文字列は「MS明朝」半角のものは「Arial」、サイズ10ポイントのとき。
適当な文字列を選択した状態で「新しいマクロの記録」を呼び出し上記設定をそのままなぞって「終了」でよい。
適当な名前を付けて保存し、ユーザー設定でボタンを割り付ければ完成。
フォント設定だけでなく見出しなどのスタイルでも同じことができそうだ。
自分の仕事環境をネタに(PC持参)、業務効率の向上手段があるのか学ぶ機会を得た。
本来はTradosをもうちょっとスマートに使いこなしたいという希望だったのだが。
Tradosそのものは手の入れようがないので、いじるならWordのほうだろうという話に。


私が使っているのはWord2003とTrados2007の組み合わせである。
TradosをインストールするとWordに作業用テンプレートが登録され、マクロとボタンが追加される。
(Windows7だと勝手に追加されてくれはしないのだが)
普段はボタンで呼び出せる程度の機能しかお世話になることもないのだが、
たまーに原文の書式設定か何かで「訳文の生成」処理がエラー終了するときは
「t4winClean.main」というWordマクロがいわゆる「訳文の生成」をやってくれる。
(作業中の文書から原文を消去してくれる)
例えばこの機能も、自分でボタンを割り付けてツールバーに登録すれば多少は便利だ。


更に話は飛躍してATOK辞書登録
長い固有名詞や頻出単語を短い読みの用語として登録する、など誰でもやりそうなことだが、
私は取り扱い分野が定まっていないので迂闊に短い読み仮名を設定できない。
例えば「データベース」の読みを「デベ」と決めると、「デベロッパー」などが入力しにくくなる。
別の文字を拾うという解決方法もあるが、自分が学習する必要がありそうで好きになれない。
そういうとき、いっそ一時使用のつもりでユーザー辞書ファイルを作ってしまおうという話だ。
単発案件用で使い捨ててもよいし、同じ分野や用途の案件が来たら使い回してもいい。
使い終わったら標準の辞書に設定を戻しておくのが肝。
うまく使えれば、表記揺れを防止できるため一種の用語管理にもなる。
翻訳そのものであれば用語管理専用ソフトも使いうるが、副業にも活かせるのがありがたいところ。
次にちょっとした規模の副業をもらったとき、思い出せたら試してみようと思う。

不思議な差分翻訳

随分と珍しい条件の仕事が来た。
文章の内容はどうということはない国家規格なのだが、
A・新版、旧版の原文と旧版の訳文を支給
B・差分の訳を旧版の訳文に上書き
C・訳文(納品物)での変更箇所の明示、変更履歴管理は不要

D・原稿の変更箇所はAcrobatで指摘(参照用PDF支給)
とまあ、悪くはないものの、個別の条件を見ただけでもちと首を傾げてしまう。
A・新版、旧版の原文と旧版の訳文を支給
原文は新旧ともPDF、訳文はWordファイルで渡された。
幸か不幸か原文PDFはテキストが埋め込まれた形式で、文字列の検索やコピーが可能。
いかんせんリッチテキストに書き出してWinAlignで処理する気は起きなかった。
書き出してから無駄な改行を削除したりする手間が惜しかったためである。
と言うのも、文書全体で約120枚あるうちの約30枚のみが担当箇所で、かつ短納期だったのだ。
約12000字を4日間で、ということだったが、のち1000文字ほど追加。
(支給された訳文が一部欠落しており、担当者がその部分を見つけ出せなかったため)
B・差分の訳を旧版の訳文に上書き
C・訳文(納品物)での変更箇所の明示、変更履歴管理は不要

訳文ファイルを新規作成するのではなく、支給された旧版を更新するようにとの指示。
上記のとおり約30枚のみが担当箇所で、それ以外の部分は編集無用とのこと。
更新せよと言われても変更箇所が誤字の修正だったりして結果的に変らない部分も多かった。
なので変更箇所は飛び飛びになっているのだが、明示しなくてよいというのが解せない。
上から下まで読み下して確認するつもりなのか、変更箇所の管理をする気がないのか。
会社としてどういうつもりなのかが不気味に思えた。
D・原稿の変更箇所はAcrobatで指摘(参照用PDF支給)
これが実はかなり厄介だった。
参照用PDFは奇数ページが旧版、偶数ページが新版となっているのだが、
章節の移動があったりして見開きで比較できない箇所が多かったのだ。
差分箇所には下線が引いてあるという情報だけを頼りに何枚めくったものか分からない。
致し方ないので、まずは担当箇所の新版のみ抽出して訳文と比較することにした。
原稿PDFで下線が全くない箇所は飛ばし、下線が見つかったら該当の訳文を探して比較。
情報が足りないと感じたときだけ旧版の原稿PDFを調べた。
機械的に取得された差分ゆえに当然なのだろうが、比較単位が文字列であり単語でも文でもない。
誤字脱字の修正、言い回しのみの変更など、訳文に反映できない箇所が結構あった。
それでお金がもらえて幸せと思うべきなのか、無駄にすり減った神経を労るべきなのか。

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誰かに届け

大昔の話だが、大学入試の二次試験は英語と小論文だけだった。
どちらも、特に小論文には正解がない。
そもそも問題文が実質一文字だったりしたのだ。
恐らく明らかな誤答もなかったのではないか。
原稿用紙の使い方、誤字脱字、文の構成ぐらいしか客観評価のしようがなかったろうと思う。
つまり事前に対策が打てるのもその程度。
ある意味、努力のし甲斐がない試験だった。
英語のほうは多少とも回答を見直す余地があったものの、小論文は書き上げてしまうと動かせない。
途中からやりなおして書いても一貫性に欠けるだけだ、という判断も働いていた。
正解のない、しかも配点が高い(らしい)問題を前に当時の私が考えたことはただ一つ。
万人受けは目指しても仕方がない、誰かに惚れ込ませよう。
何人かいるであろう評価者のうち一人か二人が「この子は合格だ!」と思ったら私の勝ち。
実際どなたが目を掛けてくださったのかは分からないが、幸いその大学に合格した(以下略)。


何故こんなことを思い出したかと言うと、実はこの判断には汎用性があるのではと思ったからだ。
ついったーでもそう、ブログでもそう。もっと言えば翻訳だってそうではなかろうか。
実務文書は誰が見ても分かりやすいに越したことはないが、実際の対象読者は限られている。
限られている対象に特化して見やすくまとめたほうが、訳文としての評価は高い気がしてならない。
その最たるものが社内文書、社内報。
内輪らしい略語を使っていないと後から言われても、何をか況や。
場合によっては読み手のことなんて全く考えていないであろう原文に遭遇することもある。
そういう時こそ腕の見せ所、用途に照らした訳文をひねり出す作業こそが楽しいものだ。
いかんせん、そういう楽しさは得てして経済的合理性と矛盾するのだが。

無理してみた

東京に出ている間、抱えていた仕事を処理する暇がなかった。
納品できるほど暇では仕方がないので、まあいいことなのだが。
水曜納期の案件を月曜と火曜で片付け、水曜と木曜は穴が開いたように呆然としていた。
恐らく、その案件が手元になかったら、もっとひどい喪失感に苛まれていただろうと思う。


先週納品分の続きだとかいう打診が入るも、割が合わない条件だったので断る。
原文単価1.5セントはあまりにも安く、到底やる気になれない。
(その件では結局「日給30ドル」になってしまった泣くに泣けない経験がある)
まあ海外案件を断ってもそのうち国内でいい条件が、と思っていたら今度は単価3円。
国内で3円もひどいし、まして「難易度が低い」アンケート回答だったのでこれも却下。
アンケート回答は個人的に心がすり切れるので負荷が高く感じるのだ。


武士は食わねど高楊枝、と言うが、さてどうしたものかと思っていたところに電話。
一時期いい関係にあった翻訳会社の営業からだ。
その会社には、すばらしいコーディネーターがいて懇意にしてくれていたのだが、独立してしまって今はいない。
その穴を埋める人材がいないのか、営業担当から打診があるというのはゆゆしき事態。
何がゆゆしいのかというと、調整役がいないことである。
ともあれ、案件自体には問題がないようなので、それまでのつきあいも考えて引き受けたのが木曜の午後5時半。


納期は22日水曜の朝、すなわち火曜日いっぱい。
分量は中国語原文約5万文字(原稿PDF102枚)あるのに、丸5日しかない。
しかも「土日でもいいので分納してくれ」という条件つき。
この時点で「やっぱりこの人は分かってないな」と軽い疲労感が漂い始めていた。


1日に1万文字の中国語を和訳する負荷がどれくらいのものか。
参考までに私の通常の処理能力を挙げておく。
公称5000文字、緊急時8000文字が1日の処理可能な分量である。
つまり、今回の案件は軽く能力の限界を超えている。
だが、だからこそ引き受ける気になった。
些か不遜ながら、恐らく他の同業者にはまずできないだろうという読みがあったからだ。
別にその営業さん、その翻訳会社が失注しても私個人が困るということはない。
うまく行けば貸しを作れるぐらいのものである。
厭な予感のドキドキと、限界に挑戦するワクワクが交錯した。
試みに「ちょっと色を付けてくださいよ」と言ったら通ったので、勢い受注確定。


舞い上がっていても仕方がないので、まずは原稿の整理に着手する。
例に倣って支給原稿はPDFだが、納品形式はWordが指定されている。
幸い、今回のPDFはOCR処理しなくても文字が拾えた。
拾った文字を空のWord文書に貼り付け、余分な改行を消す単純作業が約4時間。
半分ほど終わったあたりでWord原稿も支給されたが、あてにならないことは一瞥で分かった。
ヘッダーにあるべき文字列が紙面の中間になど、実用的にあり得ない。
要は営業さん、見る相手のことまで考えてくれていないのだ。
「念のためチェックをお願いします」と言われても、そんな報酬も時間ももらっていない。


単調な文の貼り付け作業だが、原文を何度も目に(頭に)入れるという意義はある。
訳出開始までに、一通り全文の概要を把握しておくことができるのだ。
化学分野ということで経験の有無やら何やら聞かれたが、事業計画書なのでそれどころではない。
人事、会計、立地条件、化学物質の特性、行政手続きと、ほぼ何でもあり状態。
つまり翻訳メモリが余り役に立たない。地味に一大事だ。
手を付けてみないとペース配分が分からないので訳出に取りかかり、約一晩。
飽きてはついったーに顔を出していたので、「夜勤」の人々に珍しがられるなどした。


作業の合間に洗濯や料理をするのは休憩がてら。
自分でも信じがたいぐらいの早さで訳出が終了した。
受注(の瞬間)から丸4日。
少し寝かせてからてにをは確認をするつもりなので、達成感はまだない。
空の目薬瓶だけが残った。