小椋商店

テレビなどの取材も入ったことがあるらしい名店(?)
一匹ずつ鉄の型で裏返しながら焼く「天然」型のお店。
種類は自家製あん一種のみ。100円也。
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型は一つ2kgあるそうだ。裏返して置くたびに渋くいい音がする。
数人の列ができていたものの、「並んだのは初めて」との声も聞かれた。
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しっぽが長い。本物の鯛よりも長いような気がする。
ちょっぴり焦げた香ばしさが漂う。
甘ったるい芳香ではないが、食後にもほんのり指に残った。
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鯛焼き自体が薄いのだが、この写真で伝わるだろうか。
撮影している間にあんこの水分が回ってしまったらしく、折角のしっぽがかりっといかなかった。
しかし、このあんこが滋味。他店のものより塩が利いている。
ややゆるいので火傷に注意が要りそうだ。
が、前述の事情により、冷めるのを待ってはいけないと思う。

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便利さの裏返し

携帯電話が故障した。
同じ機種(biblio)を持っていない人には想像も付かないであろう不具合。キーが消えた。
しかも縦配列の時だけ、3の列が一つも点灯していない。
(この電話機、画面の縦横に応じて違うキーとして使える特殊な仕様になっている)
そう言えば去年そうして歯抜けになったとかいう体験談を聞いたところだったので、修理へ持ち込むことに。
ところが電話屋で門前払いを食らって唖然。
「修理中の代替に貸し出す端末がないから」受け付けられないという。
幸い一代前に使っていた別機種が自宅にあるので、取りに戻って再挑戦した。


と、今度は「おサイフケータイはお使いですか?」ときた。
モバイルSuicaの残額が約2000円だと云うと、窓口の人が困り顔で電話をかけ始めた。
「機種変更のお手続きをこのお電話でお願いします」と受話器を渡されたまではよかったが。
一度目、「大変混雑しております。おかけなおしください」
二度目はコールセンター以外につないでくれたようだが「まずアプリを立ち上げてください」
…つまり電話では何も解決しない。
アプリ操作で機種変更をする手続きなら去年もやったので知っているのに。
電話でも手続きできるのかと思っていたら肩すかしを食らった。
尤も、関西勤務の人にJR東日本のサービスを知っておけというのも酷な話なのかもしれないが。
ともあれ端末内のカードを右から左に抜き差ししつつ、「機種変更」手続きを終える。
本体に記録していた電話帳の内容を旧機種に移してもらうべく二台とも差し出したところ、
「こちら(旧機種)にも電話帳はございますよね?」
上書きはできないので自分で全部抹消してくれと言う。
消すのは造作ないが、その後からデータ云々の承諾書に署名というのが何とも後味よろしくない。
単純に手際の問題なのかもしれないが。
「あの、SDカードの移動はなさいましたでしょうか」
「さっきしておきました」
「流石」…流石?


そうこうしているうちメールの着信あり。
何やら待たねばならなさそうなので、軽く返信しようかと思ったら入力しづらいのなんの。
横配列が欲しくて今の機種にしたぐらいなので当然と言えば当然。
入力しづらいのは純粋に仕様であって致し方ないことなのだが。
慣れとは恐ろしいもので、以前ずっと使っていた機種なのにまるで手になじまない。
恐らく慣れた頃に修理が終わるのだろう(苦笑)。

きょうのおべんきょう

自分の仕事環境をネタに(PC持参)、業務効率の向上手段があるのか学ぶ機会を得た。
本来はTradosをもうちょっとスマートに使いこなしたいという希望だったのだが。
Tradosそのものは手の入れようがないので、いじるならWordのほうだろうという話に。


私が使っているのはWord2003とTrados2007の組み合わせである。
TradosをインストールするとWordに作業用テンプレートが登録され、マクロとボタンが追加される。
(Windows7だと勝手に追加されてくれはしないのだが)
普段はボタンで呼び出せる程度の機能しかお世話になることもないのだが、
たまーに原文の書式設定か何かで「訳文の生成」処理がエラー終了するときは
t4winClean.main」というWordマクロがいわゆる「訳文の生成」をやってくれる。
(作業中の文書から原文を消去してくれる)
例えばこの機能も、自分でボタンを割り付けてツールバーに登録すれば多少は便利だ。


Tradosとは無関係な話ながら、もう一つ感心したのがフォント設定のマクロ化
案件によっては、訳文に特定のフォントを適用することが求められることがある。
従来は雛形ファイルに訳文を貼り付けて書式のコピー&ペーストをしていたのだが、
上付き文字や下線などの書式が消えてしまうという難点があった。
目視で直すのも心許ないが、ここで再びWordマクロの出番だという。
簡単な記録マクロでよい。
例えば、全角文字列は「MS明朝」半角のものは「Arial」、サイズ10ポイントのとき。
適当な文字列を選択した状態で「新しいマクロの記録」を呼び出し上記設定をそのままなぞって「終了」でよい。
適当な名前を付けて保存し、ユーザー設定でボタンを割り付ければ完成。
フォント設定だけでなく見出しなどのスタイルでも同じことができそうだ。
自分の仕事環境をネタに(PC持参)、業務効率の向上手段があるのか学ぶ機会を得た。
本来はTradosをもうちょっとスマートに使いこなしたいという希望だったのだが。
Tradosそのものは手の入れようがないので、いじるならWordのほうだろうという話に。


私が使っているのはWord2003とTrados2007の組み合わせである。
TradosをインストールするとWordに作業用テンプレートが登録され、マクロとボタンが追加される。
(Windows7だと勝手に追加されてくれはしないのだが)
普段はボタンで呼び出せる程度の機能しかお世話になることもないのだが、
たまーに原文の書式設定か何かで「訳文の生成」処理がエラー終了するときは
「t4winClean.main」というWordマクロがいわゆる「訳文の生成」をやってくれる。
(作業中の文書から原文を消去してくれる)
例えばこの機能も、自分でボタンを割り付けてツールバーに登録すれば多少は便利だ。


更に話は飛躍してATOK辞書登録
長い固有名詞や頻出単語を短い読みの用語として登録する、など誰でもやりそうなことだが、
私は取り扱い分野が定まっていないので迂闊に短い読み仮名を設定できない。
例えば「データベース」の読みを「デベ」と決めると、「デベロッパー」などが入力しにくくなる。
別の文字を拾うという解決方法もあるが、自分が学習する必要がありそうで好きになれない。
そういうとき、いっそ一時使用のつもりでユーザー辞書ファイルを作ってしまおうという話だ。
単発案件用で使い捨ててもよいし、同じ分野や用途の案件が来たら使い回してもいい。
使い終わったら標準の辞書に設定を戻しておくのが肝。
うまく使えれば、表記揺れを防止できるため一種の用語管理にもなる。
翻訳そのものであれば用語管理専用ソフトも使いうるが、副業にも活かせるのがありがたいところ。
次にちょっとした規模の副業をもらったとき、思い出せたら試してみようと思う。

たいかしの天音

吉祥寺「有職たい菓子本舗 天音」の支店らしい。
つぶあんと白あんがあり、一つ168円也。
鯛焼きで消費税を納めるほどの売り上げが?と思ったら製造者が阪急百貨店だった。
それにしても、大阪で売るからって「東京鯛焼」なるのれんはいかがなものか。
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士林夜市の「大阪焼」を思い出してしまう。
店頭在庫は保温していないらしく、注文したら一つを焼き型に戻してあぶってくれた。
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「はね」が特徴だという。はね、とは、このバリのようなものだろうか。
確かにこのバリのようなものはカリカリしている。ただし中心に近いほど微妙な柔らかさ。
あんを引き立てるためなのか、薄めに焼くためなのか、生地にはあまり味がなかった。
甘くふわっと香りの立つ庶民派とは違うようだ。
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つぶあんは文句なしにうまかった。
黒糖が利いているのか、こってりした甘み。食感はむしろさらっとしていた。

テーブルマーク おいしさ一品たい焼 (冷凍食品)

テーブルマーク(旧加ト吉)の冷凍食品。2個入りで105円。
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鯛と言うよりブダイの顔っぽく見える。
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見た目が平面的な割にはカリッと解凍できた。
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写真では伝わりにくいが、皮の厚みが左右で違う。
総じて言えばお値段相応。
単価50円だから許そうかという気にはなるが、また買おうとは思わない。
あんこがややパサついていたのが主な原因。甘さは普通。
鯛焼きたるもの、皮の食感がちゃんとしていないと、と再認識させられた一品。

不思議な差分翻訳

随分と珍しい条件の仕事が来た。
文章の内容はどうということはない国家規格なのだが、
A・新版、旧版の原文と旧版の訳文を支給
B・差分の訳を旧版の訳文に上書き
C・訳文(納品物)での変更箇所の明示、変更履歴管理は不要

D・原稿の変更箇所はAcrobatで指摘(参照用PDF支給)
とまあ、悪くはないものの、個別の条件を見ただけでもちと首を傾げてしまう。
A・新版、旧版の原文と旧版の訳文を支給
原文は新旧ともPDF、訳文はWordファイルで渡された。
幸か不幸か原文PDFはテキストが埋め込まれた形式で、文字列の検索やコピーが可能。
いかんせんリッチテキストに書き出してWinAlignで処理する気は起きなかった。
書き出してから無駄な改行を削除したりする手間が惜しかったためである。
と言うのも、文書全体で約120枚あるうちの約30枚のみが担当箇所で、かつ短納期だったのだ。
約12000字を4日間で、ということだったが、のち1000文字ほど追加。
(支給された訳文が一部欠落しており、担当者がその部分を見つけ出せなかったため)
B・差分の訳を旧版の訳文に上書き
C・訳文(納品物)での変更箇所の明示、変更履歴管理は不要

訳文ファイルを新規作成するのではなく、支給された旧版を更新するようにとの指示。
上記のとおり約30枚のみが担当箇所で、それ以外の部分は編集無用とのこと。
更新せよと言われても変更箇所が誤字の修正だったりして結果的に変らない部分も多かった。
なので変更箇所は飛び飛びになっているのだが、明示しなくてよいというのが解せない。
上から下まで読み下して確認するつもりなのか、変更箇所の管理をする気がないのか。
会社としてどういうつもりなのかが不気味に思えた。
D・原稿の変更箇所はAcrobatで指摘(参照用PDF支給)
これが実はかなり厄介だった。
参照用PDFは奇数ページが旧版、偶数ページが新版となっているのだが、
章節の移動があったりして見開きで比較できない箇所が多かったのだ。
差分箇所には下線が引いてあるという情報だけを頼りに何枚めくったものか分からない。
致し方ないので、まずは担当箇所の新版のみ抽出して訳文と比較することにした。
原稿PDFで下線が全くない箇所は飛ばし、下線が見つかったら該当の訳文を探して比較。
情報が足りないと感じたときだけ旧版の原稿PDFを調べた。
機械的に取得された差分ゆえに当然なのだろうが、比較単位が文字列であり単語でも文でもない。
誤字脱字の修正、言い回しのみの変更など、訳文に反映できない箇所が結構あった。
それでお金がもらえて幸せと思うべきなのか、無駄にすり減った神経を労るべきなのか。

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そして誰もいなくな…るのか?

ついったーを不特定多数が集まる公園に喩えたことがある。
誰もが適当につぶやいていて、何か気になればそこに反応する広場。
実際の広場と違うのは、つぶやきの「音量」に大小がないことだ。
自分が見ている限り、誰のつぶやきも同じ大きさで響いている。


だが、受け取る側で感じる濃淡は、やはりある。
気になっている人のつぶやきは真剣に追ってしまうし、自分への返信は大事なものに思う。
そうしていくうち、ゆるい仲間ができたり、ちょっとした友達が出来たりした…つもりだった。
なのに、そのみんながいない。
正しく云えば「みんな」ではなく、あの人とあの人がいない。
たった数人で、合計してもそれほどの件数にはならないのだが、いないと寂しくて堪らない。
他のみんながどれだけいても、声をかける気になれないでいる。
そして今いなくなっている人々も、似たような心境を抱えて去っていった。
うっすらとした居心地の悪さ、自分だけが場違いなような孤独感。
ついったーに参加する動機は人それぞれで、必ずしも交流だけではないはずだが。
だが、特定の交流が途切れたことで空いた穴は大きい。
画面を閉じても、家を出ても、その穴を塞ぐ術を見いだせずにいる。


ほんの一年前は覗きもしなかった世界。
半年前に熱病のように盛り上がり、冷めてきて訳が分からなくなった。
落ち着いた辺りで戻ろうと顔を出してみたら、戻るべきところなどなくなっていた。
そもそも二次元に居場所を求めること自体が不健全なのだろうが、ではどうしたらよいものか。
ついったーに触れる前の自分に戻れるかと言うと、分からない。
その頃の方が幸せだったろうとも思えないのだ。
自分が誰かに放り出されたのではなく、自分のいる世界から人が立ち去っただけのこと。
…留まる決断をしたわけでもないのに、ついて行くことができなかった。
彼らにとっての私は何だったのだろうと虚しく立ちつくしているだけ。
出て行こうとも思いながら、どこへ行けばいいのかも分からない。


心当たりのある方、ご連絡いただけると泣いて喜びます。

にらめっこしない自由

疲れ目と肩こりは職業病だと決めつけていたのだが、直接の原因はパソコンにかじりつく姿勢だ。
仕事がある時はそれもやむなし。
しかし、ふと気づいてみると、仕事もないのにパソコンに張り付いている時間が長かった。
何ら生産的な活動をするでもなく、ついったーを覗いたりメールを待っていたりするだけの時間。
その上、仕事の打診がしばらく入らなかったりすると機嫌が悪くなるので始末が悪い。
これでは自分が昔から忌み嫌うテレビっ子と何ら変わらないではないか。
さりとて他にすべきこともしたいことも思い当たらない、とばかり何年を浪費したことだろう。


そもそも何のためメールを待っているのかというと、すぐに読んで返信するためだった。
考えてみると、すぐに読むという目的にはパソコンは要らないのだ。
携帯でも読めるように転送しておけば、仕事部屋どころか自宅を離れていても問題ない。
原稿が添付されていたりして携帯ではおぼつかない状況になって初めて着席すればいいのだ。
そんな簡単なことに気づいたのは、ごく最近のことだった。
外出時にはだいたい転送設定にしているのだが、それでほとんどの場合は事足りたのだ。
所用があったり散歩をしていたりする間は、特に意識してメールを待っているわけではない。
それでもちゃんと読むことはできるし、しかもメールが届けば携帯が鳴って知らせてくれる。
恥ずかしいほど些細なことだが、少し自由を得られた気がした。
そして、パソコンをしばらく離れてみると、特に何もしていなかったのだということに気づく。
何故そこまで執着していたのか全く見当も付かないほどだ。
勤めていた頃はいたずらに離席するわけにもいかなかったので多少の正当性もあった。
しかし自由業である今、そんな必要はないのだ。
やることさえきちんとやればよいのであって、規律も勤勉さも要求される謂われはない。
気分ごともう一回り自由になろう。
特にやりたいことがあるわけではないが、さしあたって散歩を楽しんでいる。

二万翁

昔からある庶民の味。小豆1個60円、カスタード1個80円也。
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いまどきの高級型と違い大量生産ではあるが、焼きたてを食べられれば問題なし。
手際よく何匹分も生地を流し込んではあんを載せていく風景も見物だ。
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しっぽ部分が大きく、かりっとした食感が楽しめる。
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あんこたっぷり、というわけではない。
むしろ皮の香ばしさと焼き上がりの香りで頂きたい。
甘さ控えめなので、食べ歩き向き。
#あんこの比重が高いほど口の中をやけどする危険性が高い

かねます食品 たいやき白玉あずきあん(3ヶ入り)

鯛焼き屋の商品ではなく、家庭向け冷凍食品。
1袋3ヶ入りがジャスコで198円だった。
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白玉は不要だったのだが、他に選択肢がなかったので購入。
結果は惨敗であった。
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凹凸のなさがこの写真でお解りいただけるだろうか。
どこもぱりっとしていない。
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そして良くも悪くも白玉の自己主張が強い。
あんより白玉の比率が高く、鯛焼きに小豆の味が届いていなかった。
これじゃない。以上。